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TAKAMURA  作者: 大隅スミヲ
宴のあと
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宴のあと

「もし」


 篁が辻を曲がろうとしたところで、闇の中から声を掛けられた。

 若い女の声だった。


「どうかなされましたか」


 警戒をしつつも、篁はその声が聞こえた方へと顔を向けた。

 しかし、そこは闇が広がっているだけで、何も見えない。


わたくしめは、とあるお方の家人でございます。実は、この先で牛車が壊れてしまいまして、お力を貸してはもらえませんでしょうか」

「それはお困りですな」

「牛車の付の者は女ばかり。どうにもならずに困っております」

「わかりました。そこまで案内してください」


 闇の中にちらりと女の背中が見える。篁はその背中の後を追った。

 少し離れたところに、牛車が停まっているのが見えた。

 牛車の御簾は降りており、引き手のはずの牛の姿はどこにもなかった。


「男の方を連れてまいりました」


 先を歩く女がそういうと、牛車の周りがぼうっと明るくなった。

 松明の灯りを右手に持った別の女家人が牛車の横に立っている。


「どうなされたのですか」

「牛車を引いていた牛が突然暴れだして、逃げてしまったのです」


 篁の問いに、松明を持った女家人が答えた。


「それは困りましたな。どちらの御屋敷の方でしょうか」

「申し訳ございませんが、それは……」

「しかし、御屋敷の場所を聞かなければ、そこまでお連れすることはできません」

「どこかから、別の牛車を借りてくるというわけにはいきませんか」

「この時刻では、どこの屋敷も開けてはくれないでしょう」


 篁の言葉に女家人は困った顔をしてみせた。


「もしくは、どなたかを御屋敷に走らせて、別の牛車を持ってくるとかは」

ともは、二名しかおりませぬ。姫様を残して動くわけには」

「では、私がここをお守りしましょう。その間に行かれてはいかがか」

「この夜道を女ひとりで行けと申されますか」

「それもそうですね……」


 これは困ったぞ。篁は内心思った。


「やはり御屋敷を教えていただき、私が行ってまいりましょう」

「いえ、それはできませぬ」

「ではどのようにすればよろしいかな」


 半ば呆れ気味に篁は女家人にいった。


「もうよい」


 牛車の中から、女の声が聞こえた。

 篁が牛車の方へと顔を向けると、御簾が開けられ、中から着物姿の若い女が顔を出した。


「われは、このお方に屋敷へ連れて行ってもらう」


 女はそういうと、牛車からひょいと飛び降りた。

 小柄な女だった。歳は童というほどでもないが、若いことは確かだった。


「偉丈夫よの」


 篁のことを見上げるようにして女はいう。


「ひ、姫様」

「よい。下がっておれ」


 強い口調で姫と呼ばれた女は女家人にいうと、女家人は頭を下げて一歩後ろにさがった。


「そなた、名を何と申す」

「小野篁と申します」

「篁か。良い名じゃ」


 そういって姫は笑った。


「では、行くか」


 姫はそういうと、松明を持った女家人ふたりに先を歩かせ、自分は篁と並ぶようにして歩きはじめた。

 平安時代の姫の衣装といえば十二単が有名であるが、十二単は平安中期の正装であり、普段から姫が十二単を着ていたかといえば、そうではなかった。基本的には、宮中などの公の場でのみの着用であり、限られた場合でしか十二単は着られていなかったそうだ。


 暗い夜道を歩く間、篁は無言だった。

 正直なところ、何を話していいのかもわからなかった。

 隣を歩く姫と呼ばれる人物は着物からして、高貴な身分であるということがわかった。

 どこぞの公卿の娘なのだろう。

 姫の方は、篁に興味津々らしく、無遠慮に篁のことをジロジロと見ては色々と質問をしてきた。


「その太刀は本物なのか」


「髭はあまり伸びていないのう」


「どうすれば、そんなに大きな体になるんじゃ」


 などなど。篁はその姫の質問に対して、丁寧にすべてを答えながらも、周りへの警戒を怠ることはしなかった。


 しばらく歩いたところで、前を歩く女家人が足を止めた。


「もうここまで来れば、大丈夫です。小野様、ありがとうございました」


 この周辺には公卿の屋敷がいくつかあることを篁は知っていた。

 しかし、この姫がどこの公卿の娘なのかわからないように、女家人は屋敷の手前で歩みを止めたのだ。

 できた家人だ。篁は感心していた。


「こちらこそ、大したお力になれず、申し訳ない」

「篁、われは楽しかったぞ」

「私も楽しかったです」

「そうか。それはよかった」


 姫はにっこりと笑った。どこか吸い込まれそうな笑顔だった。


「では、私はこれで」


 篁はそういって頭を下げると、姫たちに背を向けた。

 おそらく女家人は、篁が見えなくなるまで屋敷に入ろうとはしないだろう。同じ立場であれば、自分もそうするはずだ。

 気を使って篁は速足で歩くと、つぎの辻の角を曲がった。


 夜空に浮かぶ月の姿は、とても美しかった。

 なにか良い歌が書けそうだ。

 篁はそんなことを思いながら、家路を急いだ。

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