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TAKAMURA  作者: 大隅スミヲ
宴のあと
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宴のあと

 夜風が気持ちよかった。

 空には丸い月が姿を見せており、篁たちはその月を眺めるようにして盃を傾けていた。

 庭に面した部屋に設けられたうたげの席。

 客人をもてなすために、篁が自ら用意した席であった。


「良い酒が手に入った」


 そういって篁の屋敷にやってきたのは、きの善峯よしみねという男であった。善峯は篁よりも年上で、現在は美濃みののかみの役についている。

 歳こそは離れているものの、篁と善峯はどこか気の合う友人であった。

 美濃守である善峯は、普段であれば任地である美濃の国にいるのだが、今回は朝廷に用事があり平安京に戻ってきたところで、友人である篁を訪ねてきたというわけだった。


 今宵の酒の肴は、篁が狩ってきた雉の肉を焼いたものである。

 滴るほどに脂の出た雉肉はとても香ばしく、そこにひしおをつけて食べるのが篁の好物であった。


「そういえば、篁殿。大内裏で面白い話を聞きましたぞ」

「面白い話ですか」

「ええ、宮内卿であられる藤原ふじわらの三守ただもり様が、お主の噂を聞いて興味を示しておられるとか」

「三守様がですか。私の噂など、ロクなものではないのでは」


 篁はいぶかし気な表情を浮かべた。

 どうせ、見上げるほどの偉丈夫いじょうふだとか、そんなたぐいの話だろう。

 そういった噂話は聞き飽きていた。


「そんな謙遜をしなくてもよいぞ、篁殿」


 善峯の口ぶりを聞く限りでは、どうやら悪い噂ではないようだ。

 しかし、いい噂をされるような真似をした覚えもない。

 篁は素直にそのことを口にした。


「しかし、私は三守様の目に留まるような、目立った働きなどはしておりません」

「三守様が見られているのは、仕事だけではないようだぞ」

「そうなのですか」

「ああ。貴殿の書や歌の才能に興味をお持ちだ」

「あれは、戯言を書いたりしているに過ぎませんよ」


 篁は謙遜するように言った。


 小野篁といえば、平安時代初期における有名な詩人・歌人であり、その詩や歌は古今和歌集や百人一首にも収められている。また、書に関しては後世の書の手本とされたほど人物であり、紀善峯の息子であるきの夏井なついも篁に師事している。

 若き頃の篁がどれほど詩や和歌、書に力を入れていたかは不明であるが、その才能はこの頃から開花していたと想像できる。


「謙遜いたすな。三守様の目に留まったということは、誇ってよいことだぞ」

「そうですか」


 照れ隠しなのか、篁は盃をぐいっと傾けて空にした。

 美濃の酒というものも、なかなか美味かった。


 宴が御開きとなったのは、亥の刻(午後9時頃)だった。

 善峯は、今夜は平安京内にある自分の屋敷に帰り、明朝みょうちょうに美濃へ戻ると話していた。

 多少は酔っていたものの、善峯も足取りはしっかりしており、共の部下もいたことから、篁は途中まで善峯のことを見送ることにした。


 亥の刻といえども松明の灯りがなければ、辺りは漆黒の闇である。善峯の部下が灯す松明だけが頼りであり、あとは月明かりしかない。

 普段から平安京内を役目で巡邏している篁は、夜目には慣れている。そのおかげで、少し先の路を猫が横切ったとしても、それを見分けることができた。


 無事に善峯を屋敷まで送り届けた篁は、ひとり朱雀大路を歩いていた。善峯の家人に松明を持っていくように勧められたが、必要ないといって断っていた。


 雲が出てきていた。そのせいで、時おり月が姿を消し、辺りが闇に包まれる。

 その時に闇の中で何かうごめくものが見えた気がした。

 しかし、近づいて行ってみると、そこには何もない。

 これは自分の弱い心が作り出している幻覚なのだ、と篁は自分に言い聞かせて路を歩いた。

 もちろん、警戒はしていないわけではない。

 弾正少忠という役目上、どんな時に夜盗などが出るかは熟知している。

 夜盗が出るのは、このように月の明かりが届かなくなるような晩であった。

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