唸る釘バット
「ラ~イ~ル゛~」
「ユ…ユラルさんっ?」
待ち合わせの公園で待っていたライルの元に、いつもの様にやって来たユラルのそのただならぬ気配にライルは慄いた。
それもその筈、ユラルの手には十歳の時から愛用している釘バットが握られているのだから。
可愛いその顔には満面の笑みが貼り付けられてはいるものの、彼女から漂うその気配はまごう事なき憤怒のオーラであった。
「よくも聖女の騎士になってくれたわね~~……」
「ヒッ!待てっ!俺にも考えがあってだなっ!」
ライルがその言葉を言い終える前に、ユラルは釘バットくん三号のグリップを握る手に力を込めた。
「あんたのマッチョな脳みそで考えた事なんてロクなもんじゃないわよっーー!!」
そして自身の言葉を言い終える前にはライル目掛けて釘バットくん三号をフルスウィングで振り掛かっていた。
「ぎゃーーーっ!?」
ライルは悲鳴をあげてそれを避けるも、空振った釘バットの風切り音の凄まじさにユラルの本気度…本気怒が伝わってきた。
しかし避けたと思ってもユラルは瞬時に体勢を整えて返す刃で襲いかかってくる。
さすがは十年もの間ライル相手に釘バットを振るってきただけの事はある。
「あれっほど聖女付きにだけはならないでとお願いしたのにーーーっ!!」
ブォンッ!!
「ちょっ…聞けっ!!落ち着け!!話せば分かるっ!!」
ブンッ!!
「話し合う事なんてもうないわよっ!!黙って聖女付きになった時点で終わりよっ終わりっー!!」
ブンブンッ!!
「終わりってなんだよっ!?まさか別れるとか言うんじゃねぇよなっ!?」
ブォンッ!!
「言うわよっ!!言ってやる!!聖女のものになったライルなんかと一緒に居たくない!!もう別れるっ!絶対に別れるからっーー!!」
「なっ……!」
ユラルのその言葉を聞いた途端、逃げの一手だったライルが急に間合いを詰めてユラルに接近した。
防戦一方の状態からの転身の速さ、くそぅさすがは騎士である。
ライルは釘バットくん三号を持って振りかぶろうとしたユラルの手首を掴んだ。
そしてユラルの手首を掴んだまま軽く薙ぎ払うように弧を描かせ、その遠心力でユラルの手から釘バットくん三号を奪った。
「あっ!釘バットくん!」
ユラルは自身の手から旅立って行く釘バットくん三号を見遣る。
そして釘バットくん三号は、ガランッガラガラ…と重い物騒な音を立てて転がって行った。
「ライルっ!何するのよっ……
ユラルが抗議するべくライルを仰ぎ見ようとするより早く、その身をもの凄い力で抱き寄せられた。
「ぶべっ」
硬い胸板にこめかみをぶつけ、頬はブニっと押し潰される。
「ちょっ、何すんのよっ!離せっ離してっライルのバカっ!!」
もう何度こうやって抱きしめられたか分からない。
馴染んだ距離感、馴染んだ温かさ、馴染んだ香り。
それを失う現実が怖くて別れると言っているのに、
そう告げた自分自身の心がやっぱり別れたくないと悲鳴を上げている。
「ライルっ……!」
「嫌だっ!!俺は絶対に別れないぞ!!こんなにも、こんなにも大好きなのにっ!側に居たいのも居て欲しいのも頭を撫でて欲しいのもキスをしたいのもムネヲモミタイノモ全部ユラだけだっ!!ユラルだけなんだっ!!」
「じゃあなんで聖女付きの聖騎士になったのよ!?この街の者なら、聖女の神聖力の事は知っているでしょ!?」
「知っているからこそ、俺は絶対に大丈夫だって自信があるんだよっ!!聖女なんのキョーミもねぇっ!!」
「今はそうでも絶対に変わってゆくのよっ……どんな人たちでもそうだったじゃない……」
ライルに言葉を返せば返すほど、自分の気持ちを言えば言うほど、ユラルは体から力が奪われてゆくような感覚がした。
友の会のメンバー達に勢いをつけて貰って来たはいいが、こうもライルに食い下がられると弱ってしまう。
だって自分だって本当は別れたくないのだから。
まだこんなにも好きなのに……。
弱り果てたユラルの瞳から涙が零れた。
「ユラ、信じてくれ。俺は絶対に他の奴らみたいにはならねぇ。なぜだか自分でもわからねぇけど、お前以外の女を好きになれる気が全くしねぇんだ。ユラ、頼む。頼むから……!」
ユラルは泣きながら、ライルの胸をボカスカ叩きながら言う。
「わたしのお願いを聞いてくれなかったライルの頼みを何故聞かないといけないのよっ、バカライルっ!アホンダラっ!貴様の血は何色だっ!貴様には地獄すら生ぬるいわ!場所を選べっ!そこが貴様の死に場所だっ!それからっ…えっと、えっと……!」
ユラルは頭に浮かんだ、悪党に向ける言葉を思いつく限り言ってやった。
その言葉が何故浮かんだのかは分からないが、悪党に向けるにはコレしかないと思うのだ。
大声で一気に捲し立て、肩で息をするユラルをライルはただぎゅっと抱きしめ続けた。
やがてユラルの息が整ってくる頃にライルがぽつりと呟く。
「可愛いなぁ……ユラはホントに可愛いな。一生懸命悪態をついて……なんだそら、けしからんな、けしからん可愛いさだなっ」
「バカにしてっ、ライルなんか大っキライ!」
「俺は好きだっ!ユラが好きだっ!大好きだっ!だから俺と結婚してくれっ!」
「………えっ?」
思いがけない言葉を聞き、ユラルはライルの腕の中で彼を仰ぎ見た。
「ユラと早く結婚したくて聖女の騎士に志願したんだ。それなのにユラを失うなんてホンマツテントウだ」
「ライルのくせに本末転倒なんて言葉使って。それが分かってるならどうして聖女付きになったのよ」
「絶対に自信があったからだよっ」
「だからそれが信じられないと言ってるの、だから別れたいと言ってるの」
「結果を見ずに別れるなんてもったいなくねぇか?もし、ユラが言う様に俺があの聖女に惚れたら、俺の事を訴えたらいい。裁判沙汰にして俺から慰謝料をぶん捕ればいい。誓約書を交わすから、有効だろ?」
「本気なの……?」
「もちろん本気だ」
「訴えられて訴訟を起こすような騎士はお役ご免になっちゃうわよ……?」
「ユラルを裏切って訴えられて騎士の称号を剥奪されるなら仕方ないさ。一生自分のアホさを呪って生きればいい」
「ライル……あんたって、筋金入りのバカなのね……」
ユラルはそう言ってしばし考えた。
今別れるのは確かに容易い。
でも別れたところで、聖女にライルを取られた記憶は一生残り、ずっとスッキリしないまま生きていく事になる。
それなら……ライルから慰謝料をぶん捕って、友の会のみんなと温泉にでも行こうか……とそんな気にならなくも、ない。
「……………期限を設けても?」
「期限?」
「そう。ダラダラと保留にしておくのは嫌だもの」
「……いいぞ」
「期限は三週間。その頃にはいくらなんでも毒されれば結果は出るでしょう。でもその間にライルが少しでも聖女に靡けば直ぐ別れる。そして三週間後でもその傾向が見られた時点で即別れるからっ」
「くそぅ、お前頭いいな……分かった、いいぜ。俺が絶対にユラ以外の女に靡かない事を証明してやんよ」
「ふん、どーだかっ……叙任されてすぐは辞められないから仕方ないけど、婚姻誓約書が貴族院に受理されたら即効で聖女付きは辞めて貰いますからね!その条件も付け加えさせて頂くわ」
「っ!ユラ、それって……!」
「三週間の試験期間が終わったらの話よっ、婚姻誓約書の受理は少し時間が掛かるし、叙任から半年過ぎれば辞められるでしょっ。そのくらいが丁度いいと思ったのっ!そうでないと絶対に結婚なんてしないからっ」
「ユラっ!!!」
「きゃーーーーっ!?」
ライルは感極まってユラルを横抱きにしてぐるぐると回り出した。
「やったーー!!やったぞーーっ!!」
「まだ決まったわけじゃないからねっ!!」
回転されながらもユラルは必死でライルに告げる。
その中で、ライルを見張る為に枢機卿夫人の側付きにして貰えないか頼んでみよう、ユラルはそう思ったのだった。
そしてようやく地面に下ろして貰った瞬間、
とりあえずライルの鼻っ面に一発裏拳を入れておいたユラルであった。
「おぶっ!!」
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次の更新は明日の夜になります。
作者の近況報告でお伝えした通り、明日の朝から
『後宮よりこっそり出張、廃妃までカウントダウンですがきっちり恩返しをさせていただきます!』
の外伝の投稿を始めます。
この外伝をもちまして、完結となれるように頑張ります。
処女作にしてようやく完結とはどないやねん☆
ちゃっかり某投稿サイトの「恋愛小説大賞」にもエントリーしております。
よろしければ応援頂けましたら、光栄です(//∇//)♡
よろしくお願いします!
あ、明日の
|メロディ姐さんと愉快な仲間たち《無関係だったわたしがあなたの子どもを生んだ訳》
の更新もアリます♪
明日は久々に雪原のシルバーバックが登場しますよ♪