エピローグ わたしだけの騎士
最終話です。
よろしくお願いします!
「ユラ、しょーがねぇからしょーらいオレがヨメにもらってやんよ」
思えば、子どもの頃にそう言われたのが最初のプロポーズだったのではないだろうか。
それから数年してライルは騎士になるべく男爵家を出て、騎士団に入団した。
これはユラルと結婚するためであったと言うし、
正騎士となって、ユラルとの婚姻を貴族院に認めさせるあと一押しが欲しいと、聖女付きの騎士に志願して聖騎士となったとも言う。
心配するユラルを他所に
「俺は絶対に聖女には絆されない!」と豪語して。
そしてライルは見事にルナリアの精神干渉をものともせず、一途にユラルにだけシッポを振り続けたのだ。
「ライルの方が有言実行の人だったわね」
ユラルの呟きにライルが振り返った。
「ん?何か言ったか?」
「ライルの言った通りになったなと思って」
「そうだろ~?俺ってすごいだろ~?」
「……なんか褒める気なくなった」
「なんでだよ!褒めろよっ、頭撫でて腹もワシャワシャとやってくれよっ、なあユラ」
「うるさいな、お手っ」
「ワンっ!」
と、こんなやり取りをしているが今日は二人の結婚式だ。
ルナリアの断罪から半年が経過していた。
男爵令嬢と平民騎士の婚姻誓約書の受理は時間を要するものと思われていたのだが、なんと信じられない事に女王陛下が聖女の魅了に屈しなかった清廉な魂に褒美を…という名目で口添えをしてくれたそうなのだ。
女王陛下は大東賢人にその話を聞き、いたく感銘を受けたのだという。
魅了の魔力が入り込めない魂の強さ。
というよりは、自分の心を信じる思い込みの強さが魅了の魔力を跳ね除けたのだろうと大東は言っていたという。
要するにバカ…いや、単純…いや、思い込んだら一直線、その直向きさが魅了に打ち勝ったのだろう。
「♪おっもい~い、こんだぁらっ、しれんのみっちぃを~♪」
何故かそんなフレーズが頭に浮かび歌っているユラルの手を、姉のエミルが引いた。
「ユラルのお支度部屋はこっちよ」
「あ、うん」
ユラルは花嫁衣装を着るための準備をこれからしなくてはならない。
支度部屋は式場である聖堂の中にあるのだ。
エミルに手を引かれるまま歩いて行くユラルの後ろをヒョイヒョイとついて来るライルに、エミルは眉間にシワを寄せて制した。
「こらライル、貴方の控え室は向こうよ!花嫁はこれから死ぬほど忙しいんだから邪魔しないでっ、ほらシッシッ!」
まるで野良犬でも追い払うようにエミルはライルに言った。
ライルは口を尖らせてそれに返す。
「え~……だってユラの花嫁姿を一番に見たいんだよ」
「見るだけで済まないでしょ!絶対ちょっかい出すでしょ!大人しくしていれば、貴方の花嫁を天下一の美しい花嫁にしてあげるからお利口さんに待ってなさい!」
「俺の……花嫁っ……!」
そのフレーズに感動したライルが悦に浸っている隙に、エミルはユラルをさっさと連れて行った。
花嫁のお支度は本当に時間がかかるのだ。
バレスデンは今、新しい国教会に生まれ変わろうと必死に模索中で領土全体が慌ただしい。
そんな中で執り行う式なので極力控えめに、気の置けない人たちやごく身内の者だけを招いての挙式としたのだ。
なので花嫁衣装も式場の飾り付けもそんな豪奢なものにはしていない。
それでも結婚式とは色々と大変なのだ。
式にはアマンディーヌや友の会の皆が参列してくれるという。
アマンディーヌはわざわざ王都から駆けつけてくれた。
結局、アマンディーヌは夫のオクレール元枢機卿との離縁は無期限の保留という事にしたらしい。
本当は離縁するつもりだったそうだ。
枢機卿としての重責に長年苦しんできた隙を突かれてルナリアの魅了の虜となってしまったとしても、
夫婦として築いてきたものを壊されそして打ち捨てられた……
という思いがある限り、もう復縁は無理だろうと思っていたから。
何度謝られても、何度頭を下げられても、何度後悔を口に出されても。
それはもう、覆らないと思っていたらしい。
だけどある日オクレール元枢機卿が話し合いの最中に、思わず堪えきれずといった様子で吹き出したのだという。
何故笑うのかとアマンディーヌが不可解に思っていたら、
「お前……“ザマス”って…まだそんな話し方をっ…くっくっ…イヤすまん、だがしかし意外と似合ってるのがこれまた……くっくっくっ……我慢しようと思っていたがっ……ダメだくっくっくっ」
と、申し訳なさそうにしながらもオクレール元枢機卿の笑いはなかなか収まらなかったらしい。
その笑う姿を見て、アマンディーヌはザマスという語尾を付け始めた頃の自分の気持ちを思い出したのだそうだ。
些細な事でもいい、自分に関心を寄せて欲しい。自分を見て欲しい。
そして昔のように笑って欲しい……
そう思っていた頃の自分の気持ちを。
すると気がつけばアマンディーヌの瞳から涙が零れていたという。
あの時の気持ちと変わらない思いが自分の中にある事を知り、アマンディーヌは驚きそして涙した。
今さら…とも勿論思うがそれでも……
やっぱり笑顔が見れて嬉しかった。
ようやく取り戻せたという気持ちが自分の中にあるのなら、それを無視してはきっと後悔する。
法が改正されれば離縁はいつでも出来るのだ。
答えを焦る事はない。
「主導権はコチラにあるザマス」
キラリンと眼鏡を光らせて、アマンディーヌはそう言った。
そして保留の道を選んだのだという。
アマンディーヌの決断を、友の会のメンバーはもちろん、ユラルも全力で応援した。
こうしてユラルの晴れの日に、アマンディーヌも晴れやかな気持ちで参列してくれる事が何よりも嬉しかったのだ。
ロアンヌはそんなアマンディーヌをこれからも支えたいと、バレスデンを出て王都に移り住むという。
アマンディーヌがこっそりと教えてくれたのだが、
いずれロアンヌが再婚しても良いと思えるようになったら必ずロアンヌに良縁を結ばせるつもりだそうだ。
それまではロアンヌを手元に置き、彼女を見守ってゆくとアマンディーヌは言っていた。
そして亡き夫への想いを大切にしながら、そんなロアンヌを丸ごと包み込んでくれる男性を探してみせると意気込んでいた。
ーーアマンディーヌ様が付いていて下さるなら、ロアンヌさんは安心ね。
その他の友の会の夫人たちもそれぞれ、新たな生活を始めている。
離縁を選んだ元夫人達は働きに出たり、再婚を選択したり。
皆、身軽になった自分の人生を歩き出したのだ。
ユラルが釘バットくん四号を進呈した夫人は、それはそれはもう見事なフルスイングで夫の女々しい泣き言をホームランしてやったという。
勝手に結論を出して去って行った夫に対し怒りをぶつけ、自分の思いをぶつけたという。
反対に夫にも全部ぶち撒けさせて。
そして二人、やはり別れたくないという気持ちを互いに再認識し、やり直す道を選んだのだという。
釘バットくん四号は夫婦のお守りとして、移り住んだ新居に大切に飾られているという。
もちろん、今日の式には参列してくれるとの事だ。
良かった。
全員にそう言える言葉ではないけれど、
それでもやっぱり、止まっていた人生が動き出して良かったと思う。
歪な狭い世界で身を縮めて耐えていた夫人達が、自らの思うままに将来を決める事が出来たのだから。
そして今日、ユラルも新たな一歩を踏み出す。
大好きな人との旅立ちを、
大好きな人達に見守られて。
支度の出来上がったユラルの元へ、
ライルが呼ばれてやって来た。
部屋に入るなりライルの瞳は純白の花嫁姿のユラルを捉え、釘づけになっていた。
そしてその場で固まってしまっている。
「ライル」
ユラルが名を呼ぶとライルはハッと我に返ってユラルの元へと歩み寄った。
「ユラ……その……あんまり綺麗なんでびっくりしちまった……」
「ふふ。ライルも騎士の正装がよく似合ってる。ホントに素敵よ」
「いや、ユラ、素敵なのはユラだ。本当に綺麗だユラル」
ライルはユラルの前に跪いた。
そしてユラルの手を取る。
「ユラ、俺を選んでくれて、見捨てないでいてくれてありがとう。俺は一生、ユラにだけ忠誠を誓い続けるよ」
「聖女様の次は女王陛下に忠誠を誓ったじゃない」
ユラルが少し意地悪をして言ってやった。
ライルは新たに、王宮騎士団の騎士に任命されたのだ。
これも女王陛下の口利きらしい。
式を挙げたら二人で王都に移り住む事が決まっている。
「アレはほら、給料分だよ。騎士の忠誠は雇い主によって変わるから。でもユラに対する忠誠心は絶対だ。何があっても揺るがない、俺の真実だから」
真摯な眼差しで見つめてくるライルの額にユラルは口づけを落とした。
そして、
「あなたをわたしだけの騎士に叙任します」
と告げた。
その時、係の者から声を掛けられる。
「お時間です」
ライルはすくりと立ち上がり、ユラルの額に口づけを返した。
「先に行って待ってるからな」
「うん。ギリギリセーフだけどバージンロードを歩いて行くから」
「当たり前だ。そのために鉄の意志で我慢したんだから」
「アレを我慢と言えるの?」
「ははははっ」
ライルはそう朗らかに笑いながら、先に聖堂へと向かった。
ユラルは控え室を出て、聖堂の入り口で待っていてくれた父親の腕に手を添えて並び立つ。
「お父さま」
ユラルの父であるフレイヤ男爵が、慈愛に満ちた優しい目を娘に向ける。
「うんと幸せになりなさい。人は皆、愛されて幸せを感じるものだ。その点ライルなら一生、変わらずお前を愛し大切にしてくれると安心しているよ。何より身をもって証明してくれたからな。だから後はもう、何も心配は要らないだろう」
「はい……ありがとう、お父さま……ありがとうございます……」
ユラルは一粒、涙を零した。
やがて聖堂の扉が開く。
参列席には沢山の人が集まっていた。
家族に親戚、友人達もいる。
それに友の会のメンバーとそのご主人。
ロアンヌとアマンディーヌの姿もあった。
そしてアマンディーヌの隣りにはムキムキに生まれ変わった聖女ルナリアの姿が。
アマンディーヌを主人と崇めているというのはどうやら本当らしい。
心理の世界で鍛えたという剛腕で惜しみない拍手をしてくれている。
皆がユラルとライルを祝福してくれていた。
そして祭壇の前に立つ、最愛の人。
ライルが眩しそうな瞳を向けてユラルを見つめていた。
やがて父の手からライルの手へとユラルが引き渡された。
「娘を頼むよ」
父の言葉にライルはしっかりと頷いた。
「もちろんです。必ず幸せにします」
「ライル……」
二人並んで祭壇に立ち、司祭に向き合う。
婚姻の誓約を読み上げ、神と皆の前で永遠に変わらぬ愛を誓った。
ライルとの誓いの口づけは……
まぁ軽く重なるだけ、になるわけがなかった。
参列者から失笑が漏れるほどのディープな誓いの口づけを受け、ユラルはやはり駄犬は駄犬だと思った。
「もうっ!ライル!」
「愛してるぞユラ♡」
「わたしだって愛してるわよっ」
「っユラっ!!」「きゃあっ!?」
ライルがいきなりユラルを抱き上げて、バージンロードをすたすたと歩き出した。
「ちょっ?ライルっ?何処に行く気っ?」
なんだこの既視感はと思いながらユラルが慌てると、ライルが満面の笑みで言った。
「俺たちは晴れて夫婦となったんだから、もういいよな♡初夜が夜だという決まりはないはずだ♪」
その信じられない発言にユラルは頭を抱えた。
「バカなのっ?いいわけないでしょっ?参列して下さった皆さんにご挨拶しなきゃダメでしょうっ!?降ろして、ライルっ!降ろしてー!!」
ライルの王宮騎士団入団のスケジュールもあり、もともとは挙式後すぐに二人で王都に立つ予定だったのだが、
こんな形で皆を置いて式場を出るなんてあんまりだ。
誰かこの狂犬を止めてくれと期待して参列席の方を見るも、皆が生暖かい目で見送りモードになっているのを目の当たりにしてユラルは絶望した。
まさか結婚式でもこんな調子とは……
ライルは何処まで行ってもライルである。
ユラルの大好きな、真っ直ぐで正直過ぎる男。
口が悪くてうるさいが、ユラルにはいつも優しい声で話しかけてくれる。
ーーま、しょうがないわね。
そんなライルに惚れたのだからホント仕方ない。
ユラルは小さくため息を吐き、観念して夫となったばかりの男の首にしがみついた。
おしまい☆
これにて完結です。
最後までお読みいただきありがとうございました。
今作は、いや今作も、ラブコメでしたね☆
いやはや構成時に大東サンを出す、と物語の筋を決めた時点で最初から諦めてましたよ。
それにしても、アルファポリスサンの方ですが、読者様方の大東をダイケンジャ様だと見破る速さには驚きました。
十七話のほんの最後の方、しかも普通に喋らせたのにも関わらず名前の漢字と「ぷ☆」で即バレでしたね。
恐れ入谷の鬼子母神でございました。
さて次回作ですが、
タイトルは
『いつか終わりが来るのなら』です。
闘病の末に崩御した国王。
まだ幼い王太子を守るために組まれた婚姻で結ばれた、ヒロインと新国王となったヒーロー。
それは誰もが知っている期間限定の婚姻で……
いずれ大国の姫か有力諸侯の娘と婚姻が組み直されると分かっていながら、王太子との日々を大切に過ごすヒロインの物語です。
たまには真面目に。そして優しいお話になればいいなと思っております。
投稿は16日木曜からとなります。
どうぞよろしくお願いします!
それでは改めまして、皆さまにお礼を。
最後までお読みいただきありがとうございました!




