ロアンヌの涙
ライルと同じく聖女付きの騎士であったというロアンヌの夫。
ルナリアの力により徐々に聖女の虜となってゆき、妻であるロアンヌを顧みなくなり始めた時に不幸にも事故で亡くなった。
その夫が亡くなる寸前に道端に咲く小さな白い花に手を伸ばし、
「愛してる」
そう告げてこと切れたのだそうだ。
ロアンヌはずっと、
夫が遺したその最期の言葉が誰に向けたものなのかを知りたいと思っていた。
妻であるロアンヌに対してか、
それとも傾倒し始めていたルナリアに対してか。
もし知る事が出来て、
それが聖女に向けた言葉であったとしても自分は自分の気持ちに決着を付けて前を向ける……ロアンヌはずっとそう思っていたのだ。
しかし故人に真意を問うなど当然出来る筈もなく……
諦めるしかない、そう思っていたのに。
まさかそれを確かめる方法があったなんて。
ユラルから話を聞いたロアンヌは、夫の遺髪を持って直ぐに駆けつけて来たのだった。
大東はロアンヌから遺髪を受け取りそれを机の上に置く。
「では始めるでゴザルよ」
「「よろしくお願いします」」
ユラルとロアンヌ、それぞれがその言葉を口にした。
大東は遺髪の上に手をかざした。
すると遺髪を取り囲むように立体的な魔法陣が顕現する。
その陣を形取っていた術式が、糸のような形状になって遺髪に触れた。
大東の目はしっかりとその術式を捉えている。
何かを読み解くように、何かに耳を傾けるように、五感全てを使って何かを探っている様子だった。
そしてやがて魔法陣は消え、魔力の光を孕んでいた遺髪も元の姿に戻った。
室内に静寂が訪れる。
術中も静かであったが、魔力と共に音までも消えてしまったように室内はしん、としていた。
大東がぽつりと呟く。
「なるほど、ね……」
ロアンヌは自身の手を胸元に寄せぎゅっと握っている。
ユラルが恐る恐る大東に尋ねた。
「大東さん……何か…分かりましたか?」
大東は顔を上げて二人に向き直った。
そして、
「彼は愛妻家だったんだね」
と告げた。
「……!」
ロアンヌが小さく息を呑む。
ユラルが確認するように大東に言った。
「それって……」
大東は遺髪を大切そうに手に取り、ロアンヌへと返した。
「その遺髪の持ち主の最期の思念には様々な感情がこもっていたよ。妻を苦しませた己への怒り、このような形で妻を一人遺してゆく悲しみ、そして一番多く遺されていたのが、妻を心から愛しているという感情だった」
「じゃあっ……ロアンヌさんのご主人は……!」
「亡くなる寸前は洗脳が解けていた。そして本当の心を取り戻していたという事だね」
そこまで言って大東はハッと気付いたように、
「あ、でゴザルよ☆」と付け加えていた。
「ロアンヌさんっ……」
ユラルはロアンヌを見た。
彼女は夫の遺髪を愛おしそうに胸に抱いていた。
そしてその瞳から涙が止めどなく溢れ続けていた。
「ふっ…うっ……うう…あなたっ……!」
ロアンヌの夫が最期に遺した言葉は紛れもなく、
妻であるロアンヌに向けたものであったのだ。
この事を知ったからといって故人が帰って来るわけではない。
だけど彼が最期に何を思ったのか、
誰を想ったのか、
それを知ってあげる事がなによりの供養となるとユラルは思った。
そして、夫に愛されていた事を知る事が出来たロアンヌのこれからの人生に、優しい温かな光が灯されたのは言うまでもないだろう。
それからルナリアの神聖な力と称して魅了を掛けられていた者たち全員の洗脳を解いた後に大東賢人は、
「では、某はこれにて失礼仕る。また何か面白そうな事があったら呼んで欲しいでゴザル。あ、そうそう、自分は婚約者の犬だ!と叫んだ彼によろしくでゴザルよ。彼のあのひと言で俄然ヤル気になったでゴザルから☆」
と言って転移魔法で去って行った。
ロアンヌや友の会のメンバー、そしてこれからの国教会を担って行く若い司祭達と共に見送りに出ていたユラルは、
ーーん?それってライルの事?
と思ったそうな。
次回、最終話です。
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大東サン!
あなた、今回いい仕事しましたね!
ちなみに、
皆さまご存知なかったとは思いますが(笑)、
大東賢人というのは世をしのぶ仮の姿だそうで、どうやら彼は本名をバルク=イグリードというらしいです。
職業は大賢者。
そんな彼が出て来るお話があります。
『だから言ったのに!』
『わたしは知っている』
『その時はちゃんと殺してね』←こちら、弟子の胡留部サンが出てきます。
『今さら悪役令嬢とか言われましてもネ』←あ、コレにも胡留部有人サンは出て来ますネ。
その存在を匂わせるだけなら、
『無関係だったわたしがあなたの子どもを生んだ訳』
『もう離婚してください』
『不用品令嬢だと思って婚約者の元を去ったのに何故か連れ戻されたお話』
があります。
そして短編集にもちょこちょこと☆
って出過ぎやろ。
お暇な時にでも探してみて頂けましたら作者感激でございます♡