女王陛下の勅令、そして勅許の使者
聖女付きの聖騎士達と、ユラルを守ろうとするライルとで一触即発の事態が起きた。
それを制する凛とした声が特徴的な語尾を付けて辺りに響き渡る。
「そこまでザマスっ!!」
「アマンディーヌ様……!」
枢機卿夫人アマンディーヌが数名の者を引き連れてライルと聖騎士の間に割って入った。
「今の騒動と一連の流れは一部始終拝見させて頂いたザマス」
アマンディーヌのその言葉に、聖女ルナリアはパッと表情を明るくした。
「見てくれていたのね!ひどいでしょう?ユラルさんはわたくしの事を侮辱したのよ。悪魔みたいなひどい言葉を投げかけられたわ。聖女であるわたくしに絶対にしてはいけない事よ。夫人からもその人を叱って頂戴」
甘ったれた声を出し、ルナリアはそう言った。
アマンディーヌが眼鏡(あ、彼女は眼鏡をかけています)の端を指でくいっと引き上げながらそれに答えた。
「……何故ワタクシがユラルさんを叱らねばならないザマスか?彼女は何も間違った事は言っていないザマス」
「でもっ…わたくしが皆を支配してるって言うのよ?わたくしはただ、神聖力を使ってみんなと仲良くしているだけなのに……!」
「それを支配と言うんザーマスわよ。もしくは洗脳?まぁその事はどうせ何を言ってもお花畑頭では理解出来ず、堂々巡りになるだけザンスからもういいザマス。ワタクシが申し上げたいのはただ一つ、いえ、二つ三つ四つ五つ……聖女はただの聖職者の役職名であって、決して多くの権限を持つような立場ではないと言う事ザマス!」
「……え?」
アマンディーヌの言葉に、エントランス中に再び響めきが起こる。
国教会と国が定めたと言っても、「ハイ神聖力の高い貴女は聖女と名乗ってもいいですよ~」と言っただけで、その他大勢の神に仕える聖職者となんら変わりはない。
ここバレスデンで過剰に、そして異常に特別扱いをされているだけであって、本来なら聖女は一般庶民と同等の権利しか持ち得ていないのだ。
当然、貴族令嬢であるユラルを侍女にと強いる権利もなければ、異端者扱いをして投獄する権利もない。
「まぁ、貴女にそんな勘違いをさせ続けた国教会が一番悪いのではありますが、それを除いてもルナリア様、貴女の神聖力の使い方は目に余るものがあるザンス。そしてそれは、法に触れるものであると判断されましたザマス」
「えっ?」
「精神に干渉し、己の力を定着させ、相手の心を支配する。これは禁忌の術である“魅了魔法”と同義であると判断が下されたザマス!」
「……え?」
どうやら理解出来ていなさそうなルナリアを放置するのは危ういと思ったのであろう、聖女の神聖力により虜になっている者達が口を挟んで来た。
「そ、そのような妄言が信じられるものかっ!大体誰がそんな判断を下したというのだっ、大枢機卿が仰る訳はあるまい、大口を叩くのも大概にしろっ!」
唾を撒き散らしながら喚き立てる聖職者の男に、アマンディーヌは鷹揚に返した。
「この判断を下されたのは女王陛下ザマス」
「なっ……!?」
辺り一帯が騒然となる。
まさかのこの国の君主の名が挙がった事に誰もが驚愕した。
聖女の信者であろう別の若い司祭がアマンディーヌに言った。
「し、しかし大陸国教会はどの国においても治外法権を有し……く、国といえども口出しは出来ないはずですっ……!」
「そうだそうだ!」
「それこそ越権行為だ!」
「神への冒涜だ!」
という威勢のいい声があちこちから上がる。
それに対しアマンディーヌは臆する事なく淡々と告げた。
「女王陛下はこの度の御即位と同時に、大陸国教会からの離脱を表明されるおつもりザマス。そしてハイラント、ハイラム、アデリオールの大国に続き、我が国も如何なる宗教の信仰の自由を保証する自由信仰国となるザマス」
「何っ!?」
ここへ来て響めきが最高潮となる。
告げられた事実に誰もが驚愕した。
「あ、でも神職の皆さま、ご心配には及ばないザマスわよ?国教会は“国教”ではなくなるだけで、その他大勢の宗教の一つとして扱われるだけザマス。なので別にお取り潰しをされるわけではないザマス」
「なっ……その他大勢と同列扱いだと……?大陸国教会からの離脱……?そ、そんな重大な発表を、如何に大枢機卿夫人といえど軽々しく口にされる事など許されませんぞっ!!」
怒号に等しい物言いで壮年の司祭がアマンディーヌに対して言い放った。
「勝手にではゴザーマセンわ。ワタクシは女王陛下の勅令を受け、そしてここにおられる勅使の方々と共に参ったザマスから」
そして勅使の一人が女王直筆の書面を広げる。
「女王陛下のっ……勅令っ!?」
「勅使っ?アマンディーヌ様と共にいる者たちが……?」
「バレスデンに勅使……!」
「国は本気で国教会に介入しようというのか」
もはや誰が何を話しているか分からないほどに様々な声が上がっている。
その声はユラルとライルの側でも上がっていた。
ーーすごい事になったわ……聖女がついて行けず置いてけぼりになってる……
ユラルは呆然と立ち尽くしたままのルナリアを見た。
その時ふいにライルに手を引かれる。
「ライル?」
「えれぇ話になってきたな?俺たちの出る幕じゃなさそうだから少し端に寄っとこうぜ」
そう言ってライルはユラルを連れて、騒ぎのど真ん中の位置からずれた。
「うん」
ユラルは素直にそれに従う。
ーー良かった……荒事にならなくて。ライルが怪我をしなくて本当に良かった。
ユラルは詰めていた息を小さく吐き出した。
そして二人、手を繋いだまま事の次第を見守る。
アマンディーヌは聖女ルナリアの方へと再び視線を戻した。
「そして女王陛下は聖女の神聖力の一部を封じられる命を下されましたザマス」
「力を封じる……?それも一部を?」
そんな事が可能なのか。
そしてその封じられる力とは。
「禁術に抵触する聖女の人心に干渉する力を、特別な魔道具にて封印する事が出来るザマス」
側にいたロアンヌが呟くように言った。
「そうなれば聖女に洗脳される人間がいなくなるわ……」
きちんと正しく意味を理解していないルナリアに騎士が耳打ちで簡潔に説明したのだろう。
それを聞いたルナリアが悲痛な声を上げて言った。
「ど、どうしてっ!?どうしてそんな事をされなくてはいけないのっ?禁術っ?そ、そんな事、先代聖女からは何も聞かされていないしっ、わたくしの神聖力が国にどんな関係があるというのっ?」
「深層心理に干渉し、人心を支配する力。これは国にとってとても看過できる能力ではないと、女王陛下は第一王女であらせられた時から再三に渡り、前国王に奏上あそばされておりました。しかし前国王陛下は一向に耳をお貸しにならず……。だけどとうとう女王陛下は御身の御代になられた事で、国教会への介入を敢行されたのザマス」
淡々と告げるアマンディーヌにルナリアはなおもヒステリックな声を上げて言い募る。
「わたくしの力はそんな恐ろしいものではないわっ!ちょっとイイなと思った人を好きにならせるだけよっ?そんな大袈裟に考えなくても……!」
「これを大事と取らず、今まで放置していた国教会の上層部の者はこれで皆、罪に問われる事になるザマス。ワタクシの夫であるオクレール枢機卿も既に、王都にて幽閉されているザマス……」
「なんと……!?」
「大枢機卿がっ……」
「という事は他の上層部の人間も……」
口々に上がるその声に、アマンディーヌは誰にとではなく答える。
「今頃皆、国家反逆罪の容疑をかけられて捕縛命令が下っているところザマス。ルナリア様、まだお分かりにならないザマスか?貴女が何も考えずに濫用していたその力は、国に大事を齎す脅威の力にも成り得る恐ろしいものであるという事を」
「そ、そんなっ……わたくし、わたくしは何も知らない、わたくしの所為じゃないわっ、わたくしは悪くないっ、みんな助けてっ……」
そう言ってルナリアは聖騎士たちの後ろに逃げ隠れた。
「ルナリア様っ」
「ご安心をっ、貴女には指一本触れさせませんっ!」
騎士たちはルナリアを守ろうと剣の柄に手をかける。
その様子にアマンディーヌは目を眇め、そして言った。
「貴女が自分のものだと言っているその騎士達には、本来その隣にいるべき大切な伴侶がいる事をご存知なんザマスか?」
ルナリアは騎士の一人の後ろに隠れながらアマンディーヌに言い返した。
「そ、それがどうしたと言うのっ?そんなのわたくしには関係ないわっ、みんな奥さんよりもわたくしの方が好きなんだから仕方ないでしょう?」
「そうし向けたのは他ならぬ貴女ザマショ。それこそが支配、洗脳、国が危ぶむ能力なのだとそろそろ理解して欲しいザマス」
「いやよ……分かりたくないっ、何もわかりたくないわっ……」
ルナリアは駄々をこねる子どものようにその場に蹲る。
聖女付きの騎士達は彼女を守るように取り囲み円陣を組んだ。
何がなんでもルナリアに手出しはさせないつもりである。
これ以上の話し合いは無意味だと察したアマンディーヌが嘆息した。
そして、勅使の一人に願い出た。
「どうやら先に聖女の力を強制的に封じた方が良さそうザマス。そして落ち着いた後に騎士たちの洗脳を解く……お願い出来ますか?」
アマンディーヌに声を掛けられた勅使らしき者が一人、前に進み出た。
そしてローブのフードを取り、顔を出す。
その姿を見た途端に、周囲から騒めきの声が上がる。
「東方人?あれは東方人じゃないか」
「それなのになぜ女王陛下の勅使を……?」
黒い髪に黒い瞳。
東方人特有の顔立ちをした背の高い青年だ。
アマンディーヌは皆に説明をするように告げた。
「女王陛下のお母君の古くからの知り合いであるという魔術師の方です。西方魔術、東方魔術、そして精霊魔術においてこの方の右に出る者は居ない程のお方だそうザマス。お名前は……確か……」
アマンディーヌが名を告げる前に、
その東方人の魔術師は自ら名乗った。
「私の名は大東賢人。西方式で言うならばケント=オーヒガシですね。以後お見知り置き願います」
大東という魔術師は、皆に向かって恭しく礼をした。