ユラル、聖女にもの申す
ユラルを侍女にと望み、それが叶わぬからといって無理やり連れて行こうとする聖女ルナリアとその騎士達の前に、聖女の騎士である筈のライルが立ち塞がった。
「先輩方、それ以上近付かないでくれ。俺は仲間を斬るような事はしたくないんでね」
「ライルっ」
もちろん、ユラルを守るためである。
そんなライルにルナリアは不思議そうに小首を傾げて問いかける。
「ライル?どうして邪魔をするの?貴方はわたくしの騎士でしょう?わたくしの為に存在する貴方がそんなおかしな真似をしてはいけないわ?」
「聖女サマ。確かに有事の際にはあんたを守り剣を持ち盾となるのが俺たちの仕事だ。でもそれはあくまでも役目、ビジネス、給料内での話だ。その中の事でなら、暴漢だろうが魔獣だろうが悪霊だろうがまさに身命を賭して戦うさ。殉職したってそれは仕方ない。だけど俺たち騎士はあんたの為に生きてるわけじゃない、ましてやあんたの所有物でも何でもない。そしてこんなくだらない私情のために、俺のユラルを怖がらせたあんたを、俺は許さない」
ライルが言った言葉をルナリアはやはり要領を得ない顔をして聞いていた。
「?わからないわ。聖女の騎士なら、貴方はわたくしのものでしょう?」
「聖女の騎士という姿は仮の姿……俺の本当の姿は……」
ーーちょっと待って、これ言われたら絶対恥ずかしいヤツ。
ピンと来たユラルがライルを制止しようとする前に、小首を傾げたルナリアが続きを促した。
「本当の姿は?」
「ユラルの忠実なる犬だっ!」
「ぷ☆」と、どこかで誰かが吹き出す声が聞こえたが今のユラルはそれどころではない。
アホで恥ずかしい事を堂々と言い放ったこの駄犬をどうにかする事だった。
「ライル、待て、待てよ。頼むからこれ以上恥ずかしい事は言わないでねー……」
ユラルがライルの頭を撫でながら言うと、ルナリアがユラルに尋ねてきた。
「ねぇユラルさん。貴女は一体どんな力を使ってライルを手懐けたの?もしかして貴女も神聖力のような特別な力を持っているの?」
「え?」
この人は本気でそんな事を考えているのだろうか。
ユラルはきょとんとこちらに視線を向けるルナリアを見た。
ーーまるで幼子がそのまま大きくなったような人だわ。
純真、ピュア、外界の厳しさを全く知らない無垢な存在。
それこそが聖女として相応しいと、まるでそういう型に嵌められて作られた人形のように感じた。
ユラルは落ち着いた静かな声でその問いに答えた。
「わたしに特別な力などありませんし、ライルを手懐けた覚えも一切ありません。ただ彼とは互いに大切にし合い、誠実に向き合いながら、七年の時をかけて絆を深めていっただけです」
「なぜ時間をかけるの?力を使えばすぐに相手の心は自分だけのものに出来るのよ?自分だけを愛して大切にしてくれるのよ?絆なんて一瞬で出来上がるわ」
「そんなの、絆とは呼べません」
「え……?」
「相手の心に土足で踏み込んで、自分を好きになるように仕向けるなんて、そんなの絆を結ぶとは言えません」
「では……何だと言うの……?」
はじめて表情を硬くしたルナリアの問いに、ユラルはキッパリと言い放った。
「それは“支配”と呼ばれるものです」
本部のエントランス内が俄に騒めいた。
まともな考えを持つ者なら誰しも思っていた事だが、今まで誰も口にしなかったその事実をユラルが口にしたからだ。
聖女を崇拝する者達からは非難の騒つきも聞こえて来る。
そしてルナリアが甲高い声を上げた。
「ひどいっ!ひどいわ支配だなんてっ……!わたくしはただ、皆に好きになって貰いたくて頑張っただけなのにっ、どうしてそんなひどい事が言えるのっ?」
ユラルは動じる事なく、それに端的に答える。
「それが事実だからです」
わぁっ、と歓声が上がった。
聖女の神聖力に疑問と不安と懸念を抱いていた者達からの歓声だ。
声の大きさから、それは意外に多数である事が判明する。
「もういいわっ!なんてひどい人なのっ!きっと悪魔が取り憑いているのね!もしくは異端者よ!オクちゃん(枢機卿)に言って異端審問にかけて貰うんだからっ!聖騎士達、この女を連行して頂戴っ!」
「はっ!」
ルナリアの金切り声に、彼女の騎士達が行動に移そうとした。
それに先んじて一歩、ライルが彼らの方へ踏み出す。
「おっと先輩方、何をする気です?
まさか本当にユラルを異端者として
しょっ引く気じゃないですよね?」
「なにを当たり前の事をっ!聖女様のお言葉は絶対だっ!」
「そこを退けライルっ!邪魔立てするなら貴様も叩っ斬るぞっ!!」
威圧的に怒号を浴びせてくる聖騎士達に、ライルは温度を感じさせない冷たい声で返した。
「……へぇ?誰が誰を斬るって?お前らの中に、手合わせの時に俺から一本でも取れた奴がいるのか?一度だって俺に勝てた事もない奴らが何を言ってやがんだ?」
「い、いくら貴様の腕が立つからと言って、多勢に無勢では、か…敵うまいっ……」
「おやおや、騎士道精神に背いた言動ですね。騎士としての誇りを捨てるんなら、いっそ騎士なんざやめちまえよ」
一触即発の危うい空気に、ユラルは震え上がった。
このままでは必ず刃傷沙汰になる。
ライルが負けるとは思えないが、それでも怪我なんて負って欲しくはない。
ユラルはライルを止めた。
「ダメよライルっ……わたしの事はいいから、危ない事はやめてっ……」
ライルは対峙する聖騎士達から視線を逸らさずにユラルに言う。
「何言ってるんだ。異端者扱いで連行なんてされてみろ、どんな目に遭わされるかわからないんだぞっ。大切なユラをそんな目に遭わせてたまるかっ!」
「でもライルっ……!」
「ユラ、下がってろ。ロアンヌさん達の所へ行け」
「ダメよ、ダメっライルっ」
ライルを一心に見るユラルの視界の端に、抜剣する聖騎士達の姿が映る。
騎士の一人が癇声を上げた。
「ライルっ!!貴様も牢にぶち込んでやるっ!!」
「上等だオラ゛!!
やれるもんならやってみろっ!!」
駄目だ止められない!と思ったその時、
空を切るような凛とした声が響き渡った。
「そこまでザマスっ!!」
毅然とした声だが不釣り合いな語尾がエントランスに響き、皆が一斉に声の主を顧みた。
「アマンディーヌ様……!」
ユラルは思わずその名を口にする。
数名の見慣れぬ者を引き連れた、枢機卿夫人アマンディーヌの姿がそこにあった。




