あの時のご婦人が……
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ーーん?なんか距離感がおかしくねぇか?
その日、聖女ルナリアはエスコート役にライルを指名した。
ふんわりした笑顔で告げながらも有無を言わせないものがあり、ライルは渋々従った。
ーー給料分、給料分……
そんな事を考えながら手を差し出すと、ルナリアは腕をがっちりと組んで来た。
ルナリアのささやかな胸がライルの腕にしっかりと当たるくらいにはがっちりと。
そして反対側の腕には他の聖騎士を腕に装着する。
「ルナリア様っ……光栄ですっ」
向こう側の騎士は感極まったように嬉し涙を浮かべていた。
ーーキモ……
ライルがそう思った時、ルナリアがライルの方に顔を近付けて囁くように言う。
「ライルも嬉しい?」
ーー嬉しいわけあるかブス!
と言いたくなったライルだが、なぜかその時、否定をするべきではないと思ったのだ。
今ここで聖女を突っぱねると後々厄介な事になる。
我が身に起きるのではない、大切なもの…そうユラルに害が及ぶのではないかという野生的な勘が働いた。
このバカ聖女……バカなだけに何を仕出かすか分からない。
バカにはバカだからこそ分かるバカの心情というものがあるのだ。
なのでライルはテキトーに答えておいた。
「はーい、光栄っすねーー」と。
「まぁうふふふ。正直ねライル」
聖女が笑うと聖騎士達から「ほぅ…」とため息があがる。
アホか。と思ったが、それに構っている場合ではなさそうだ。
ーーさっきからどうも気持ちが悪りぃな……
なんだか探られているような、心の中を不躾に覗かれているような、そんな得も言われぬ奇妙な感覚がするのだ。
ーーこういう時はだな、ズラかるに限る。
昔からエスケープするのが無駄に得意なライルである。
「あっ……痛てててて…なんだか急に腹が痛く……聖女サマ、すいませんが便所に行って来てもいいっすか?」
その言葉を聞き、ルナリアが鷹揚に言った。
「まぁ……かわいそうに。わたくしが特別に癒してあげるわ。遠慮はいらないのよ?」
とそう言ってライルの腹部に触れそうになった時にライルは言い放った。
「あっ、やべ、パンツの中にちょっと出た☆」
「え゛……」
途端に手を引っ込めるルナリア。
触れていた腕もすっ……と離した。
「貴様っライル!!聖女様の前でなんと下品なっ!!」
「そうだぞ汚らわしいっ!!さっさと御前から消え失せろっ!!」
他の聖騎士達が次々と怒号を浴びせてくる。
好都合だ。
「へーへーすんませんね。ばっちぃ俺はこれで失礼しますね。あ、戻って来なかったら便所から出て来れないんだなって思っててください☆」
「どうでもいいからとっとと失せろっ!」
「では失礼しま~す」
そう言ってライルはルナリアの居室から出て行った。
扉が閉まる寸前にルナリアが「ライルったらオナラをしたみたい」と言って、窓を開けるように指示しているのが見えた。
ーー失敬な!屁はこいてねぇよ!
でもまっいっか♪と気を取り直し、ライルは鼻歌を歌いながら聖女の為に充てられたフロアを出た。
◇◇◇◇◇
一方その頃、ユラルは枢機卿夫人アマンディーヌの雑務の手伝いをしていた。
アマンディーヌ宛に送られた書状の写しを取ったり廃棄する書類に鋏を入れたりしながら、来週には即位式が執り行われる新女王について友の会メンバーから話を聞いていた。
「え?それじゃあ女王陛下が聖女の即位式参列を認めなかったという事ですか?」
「そうらしいの。女王陛下は以前から聖女の選定や、国教会の在り方を否定されていて、今回の決定はその意思を公にお示しになったという事になるわね」
「聖女や教会の在り方を否定……」
それはどのような事に対してだろう。
考え込むユラルに、ロアンヌが言う。
「先日、色々と目の当たりにされたものね。これはもはや看過出来ぬと判断を下されたのでしょう」
「え?先日?目の当たりに?」
その言い方ではまるで、女王陛下がバレスデンに来て現状を直接見たようなもの言いだ。
要領を得ずきょとんとするユラルにロアンヌは微笑んだ。
「ふふ。まだピンと来ない?ユラルちゃんもその日、私やアマンディーヌ様と一緒にお出迎えしているのよ?」
「え?」
そんな事を言われてもユラルにはそのような高貴なお方と接した記憶がない。
「ホラ、その方をお迎えした時に聖女に声を掛けられた事があったでしょう?」
「……あっ、え?嘘っ…あのご婦人がまさか……」
「ふふ。そうよまさかの女王陛下だったの。もっともまだ第一王女であらせられた時だったけどね」
確かにユラルは先日、
アマンディーヌの古くからの友人でバレスデンの様子を見てみたいと言われたご婦人を出迎えた。
その時に聖女ルナリアと接し、そのご婦人が「思っていたより異質な状況だ」と言っていたのを聞いたのだった。
まさかその人物がこの国の次代の君主となるお方であったなどと誰が想像出来ようか。
「び、びっくりしました……」
「そうよね。アマンディーヌ様は結婚前は伯爵家のご令嬢として女王陛下のお勉強友達を務められていたそうよ。幼馴染でとても仲が良く、いまだに交流があるのだとか。それでアマンディーヌ様は、前々からこの歪なバレスデンの現状を相談されていたそうなの」
「そうだったんですね……」
何から何まで驚くべき話に、ユラルはその内容に付いて行くだけで必死であった。
その時、部屋のドアをノックする音がした。
「はい」
ユラルが立ち上がり対応するべくドアを開ける。
するとそこにはライルの姿があった。
「よ!ユラ」
「ライルっ?どうしてここに?今は勤務時間でしょ?」
「気持ち悪いから仮病使って逃げて来た♪」
「仮病って……逃げて来たって」
ドアの付近で話す二人に、ロアンヌが声を掛けてきた。
「あらライル卿。今日はやけに早いお迎えじゃない?」
「それが聖女サマが気持ち悪くって」
「まぁ!ふふふ…このバレスデンで聖女を気持ち悪いって言うのは貴方くらいなものね」
「そんな事ないですよ?ユラの父親や義兄もナメクジ魔獣を見るような目で聖女を見てますから」
「あらホント?おほほほ」
他のメンバー達が愉快そうに笑う。
特段急ぎの手伝いもないとの事なので、今日はこのままユラルはライルと一緒に帰らせて貰う事となった。
部屋を出た後、人気のない階段の踊り場に、ライルによって引き込まれる。
そしてぎゅうっと抱きしめられた。
「ライル?」
「浄化浄化。あーキモかった……」
「浄化?どうしたの?」
「なんでもねぇよ。ユラ、大好きだ」
ライルはユラルにあえて何も言わないつもりらしい。
不安な思いをさせたくない、そんな気持ちがあったのだろう。
ただ一言、
「絶対に一人で行動はするなよ」とだけ告げた。
そして今晩には、ユラルの父親であるフレイヤ男爵に結婚の承諾を得たいと言ったのだった。
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