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二章 2

走っては休み、走ってはまた休みを繰り返し、空の色が透明になってきた頃、俺は小田原市内へと入った


「ふぃ〜やっと小田原かよ」


まだまだ先は長い


「腹減ったな〜。凛、コンビニがあるぞ、何か食うか?」


財布を広げると、まだ虎の子の野口先生が三枚入っている。上手く使えば新潟まで何とか餓死せずに行けるだろう


それにしても……


「たまには諭吉様に会いたい……」


抱かれても良い


「何を黄昏れておる。何か食べるのなら、はよ買いに行かんか」


「はいはい。……おにぎりで良いか?」


「我は要らぬ。バッグに入っているだけじゃ、腹も空かぬ」


「そうは言ってもな……じゃ何か飲め」


こんなバッグに入ってて疲れない訳が無い。何か口に入れておかないと持たないぞ


そんな俺の考えが通じたのか、凛は


「なればミルクじゃ」


と、言った


「あいよ」


バッグを軽く持ち直し、コンビニへと入る


「いらっしゃいませ〜」


まだ太陽も出ききっていない早朝だと言うのに、随分明るい男店員が俺達を迎えた


「おにぎり、おにぎりっと」


俺は真っ直ぐにおにぎりコーナーへと行き、商品を選ぶ


「久しぶりだぜ、米は!」


パッケージを見るだけで興奮してしまう


「ツナが一番カロリーあるか……安いし」


いや待て。ドデカおにぎり150円の方が、お得じゃないか?


「いやいやカロリーだけなら、この六個入りのレーズンパンが……」


「はよ選べ」


店内をうろちょろ歩く俺に、凛が呆れた様に言う


「わ、判ってるよ。でもな、これは極めて重要な選択なんだ。少し間違えれば俺は電池が切れたおもちゃみたいに動けなくなってしまう」


五日何も食わなかった時に経験済みだ


あの時は身体がふわふわっとして、歩くだけで足が怠くなり、胸が痛くなった


「だから上手い事カロリーを取らんと大変な事になるのだよ」


人間は所詮、機械の様な物だ、エネルギーを失ったら倒れてしまう。あの時それを悟った


「なれば兵糧丸を買えば良いじゃろ?」


「兵糧丸?」


「高タンパク質、高カロリーの携帯食じゃ。カンパンでも良いが」


「…………ああ、なるほど」


カロリーメイトとかの事か


「でもあれ、食った気しないんだよ。あれ食うならやっぱ……り」


「む? どうした?」


「は、貼ってる」


「むむ?」


「値引きシール貼ってるよ!」


俺の瞳から涙がこぼれ落ちた


「コンビニなのにどうして!」


俺は店員に走り寄り、問いただした


「うわっ!? な、何ですか? ……え? シールですか? うちのコンビニは残りの賞味期限で値引きしますから」


「あ……ありがとう」


俺は気持ち悪そうな顔をする店員に無理矢理握手し、30円安くなったドデカおにぎりと、メロンパンを手に取った


「……牛乳は貼らないのかな?」


「貼りません!」


「このドケチが!!」




「本当ケチな店員だったな!」


メロンパンを咀嚼しながら、俺はぷんすかと抗議をする


カチャ


「…………いや、何も言うまい」


何故か凛は諦めに近い声で呟いた


「なんだよ、言いたい事があれば言えよ」


「いや良いのじゃ。言っても詮なき事」


何だか凄まじく呆れられ気がする


カチャ


「しかし器用だな凛は。よくバッグの中で飲めるよ」


ストローがあるとは言え感心してしまう


「何事も慣れじゃ。慣れと経験に勝る教科書は無い」


「そっか」


余り慣れたいとは思わないが……


カチャ


「……時におんしよ。先程から何をしておる?」


「ん? ああ、これ? 自販機の釣銭調べているんだけど?」



カチャ


「…………いや、何も言うまい」


「な、なんだよ? い、言いたい事があるなら言ってくれよ」


「いや良いのじゃ。おんしはそのまま腕白に、じゃが逞しく育ってゆけば良い」


何だか凄まじく見放された感じがする


「ば、ばかに出来ないんだぞ! 上手く行けば一日に数百円稼ぐ事だって出来るんだ!」


「うむ、うむ。判った、判った。おんしは偉いのう」


何の感情も込められていない


「…………俺、もう釣銭探し卒業するよ」


「……うむ、それが良かろうて。第一、効率が悪い」


「ああ! 今日からは自販機の下を探すよ!」


実はこっちの方が高収入なんだよな! これなら凛も感心の声を……


「…………探す時はなるべく我から離れるのじゃぞ?」


返って来た声は冷たかった




「お~小田原城~」


空にまばゆい太陽が輝く午前九時。俺達は小田原城へたどり着いた


フリーマーケットをやっているのか、城近くにある広場は多くの人がシートに品物を出して物を売っている


「凛、小田原城見て行くか?」


「おんしがどうしてもと言うなら見ても良いが、時間は無い。素早く見るのじゃぞ?」


「ああ。城の前を通り過ぎるだけにしておくよ」


神奈川に住んでおきながら、今まで一度も間近で見た事が無いからな



「小田原城は豊臣秀吉が攻め落としたんだぜ」


城を近くで眺め、知ったかぶりをしてみる。

 無敵の城って割には意外と普通の城に見えるな


「うむ、城主が氏直の時じゃな。太閤秀吉は圧倒的な物資を持ち寄り、城の周りを囲んで兵糧責めをおこなった。

 その時城内では、答えが出ぬと言う全く意味が無い議論をしており、それで何と三ヶ月もの月日を無駄に潰したのじゃ。結果氏直と氏政は戦いもせず城を明け渡す事と相成った訳じゃな。

 北条家は城より人を残すべきじゃったよ」


「…………ガキんちょの癖にスゲーな凛は」


「ガキでは無いと言うておるだろうに全く…………む!」


「どうした?」


「犬が……おる」


「犬?」


左右見回し、次に軽く振り返る


「…………ああ。居るな真っ黒いのが」


中型犬ぐらいの大きさだ


「……おんし、妖魔退治の経験は?」


「ようまたいじ? 何だそりゃ」


「ある筈無し……か。よし、逃げるぞ剣之助!」


「は? に、逃げるって何から」


「あれは我を追う魔犬じゃ!」


凛がそう鋭く叫んだのと同時に、背後の犬が走り出す


「ま、魔犬!?」


なんだそりゃ? などと聞く余裕も無く、俺はバッグを持ち直し、迫る犬から逃げ出した

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