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一章 裏

大丈夫なのか?


その疑問は尽きない


あんな正体も判らぬ様な男に、姫を任せて本当に大丈夫なのか?


私は地を駆けながら何度も反芻する


大丈夫だ


あの男なら大丈夫


何故か確信があった。勘と言っても良い


その妙な勘が、また私を惑わす


「…………詮なき事」


考えた所で答えなど出ない


一度任せたのだ、信じるより他無い


それより今は……


公園から一里は離れたであろう広場。周りには建物も、電灯の光も無く、地にはただ土が広がっているそんな場所


そこで私は走る足を止めた


「………………石兎」


待つ事二十と三秒


呼び掛けた私の8メートル前に、男が浮かび上がる


服は白のスーツ、肌は雪の様に白く、顔には白粉を塗っており、その目は白く濁っている


そして髪もまた、おかっぱのような長髪を、真っ白く染め上げている


不気味な男だ


しかし、その身体は無駄な脂肪一つ無い程に鍛えられており、何より隠しきれない覇気がある


勇猛果敢な猛者。このような奇抜な風体をしていても尚、そう呼ばれる武人


「お早いですねぇ」


何が、とは聞かない


「……斬る」


一刻も掛けぬ!


「我が内に眠る八と三の太刀よ!」


これで日に五度目


刀を喚ぶ度に痛む身体、抜けてゆく力。一刀毎に死に近付く


後、何度喚べる?


「……何度でもだ! 二っ! 不知火、菊一文字則宗一刀!!」


そう叫び、右腕を左から右に大きく一文字に振る


振った腕の軌跡は、揺らぐ陽炎。

 ゆらゆらと揺れに揺れ、陽炎は一振りの白く美しい刀となる 


「菊一文字ですか。参りましたなぁ」


苦手だ。そんな表情をする石兎


だがそれは、この刀を使う所を見た事が無い為、少々やりづらい。その程度の物


「鬼狩り姫。私は貴女とは戦いたくは無いのですがね?」


「ならば黙って斬られれば良い」


間合い。間合いとは気の空間。それは個々が持つ無色透明の反発し合う磁力場。

 手を伸ばせば相手を殺せる、そんな空間が間合い


それは当然広ければ広い程、良い


持つ刀によって異なるが、私の間合いは約、半径5メートル


その内ならば、相手が一度の瞬きを終える前に切り捨てられる


私は鞘に収まっている刀を左腰に差し、腰を浅く落として右足を一歩前に出す


「居合ですかな?」


「届かぬと思っているか?」


「さぁ、それは判りませんねぇ。菊一文字は使われる所を見たことがありませんし。試しに撃ってみて下さいませ」


「応っ! おのが首で試してみよ!!」


右腕を刀の柄に伸ばし、身体を捻りながら一気に引き抜く


ギィーーーーーーイ


ガラスを思い切り引っ掻いた様な音が鳴り響き、斬撃が夜の闇を切り裂きながら石兎へ向かって飛ぶ


鎌鼬。そんな名が付いている風の刃


「いやいや、やはり届きませんなぁ」


石兎はしゃがみ、刃をかわす


「では、少し楽しむとしますか」


そしてしゃがんだ足をバネに、私に向かって跳んだ


まるで大砲の弾の様に真っ直ぐ飛んで来る石兎。 振った刀を構え直す間には、私の身体は石兎によって弾かれているだろう


「しかし馬鹿だな貴様」


わざわざ私の間合いに入るとは


「菊一文字は幻惑の剣」


一度振った剣筋は


「七度辿る」


最初の斬撃と全く同じ軌道で、六っつの刃が石兎に向かって飛ぶ

 

刃が当たる度、空中で踊り、最後には地面へと激突し跳ね上がる石兎。

 全ての刃をまともに受けたのだ、身体はズタズタに引き裂かれているだろう


「……楽しめたか?」


返らぬ返事など待たず、私は振り返り、再び走り出した




―――妙


それを感じたのは石兎を倒し、数人の雑兵を昏倒させた後だ


結界がまた広がっている


石兎の結界では無い。匂い、そして温度が違う


この甘く、女の肌の様な結界は……


「……千蒐」


六角衆が一人、首刈り姫


「貴様まで来るか」


私は明かりの付いていないマンションのガラスドアを蹴破り、非常階段を昇って五階の通路へと出る


細く真っ直ぐな通路。そこがあの女を迎え撃つのに一番適している


待つこと八十秒。


ガン、ガン、ガン、ガン


階段に何か重い物がぶつかる音が継続的に鳴る


それは段々と近付き、側でした後には、予想通りの女が通路奥から現れた


「まだ九百三十一人」


美しく長い黒髪と、闇に冴える紅い唇。

 着物から胸の上部を大きく開けさせた妖艶なる女


その女は、華奢な腕には似合わない二つの大鎌を、引きずる様にして持っている


「千人目の首は鈴華、あんたにしよう思っとったんや……」


「それは残念だな」


それは叶わぬ


「四っ! 悪行、蜘蛛切丸一刀!!」


目前の空間から、つつつと血が滴り落ちる


その血を飲み込む様に肉が湧き、膨れ、そして萎んでベチャリと落ちた


落ちた肉から柄が生える


その柄を、引く


ギャアアアアア


耳が腐りそうな悲鳴


肉からズブズブと抜き放たれたるは、鈍い黄金色の刀、蜘蛛切丸。もう一本の鬼切り


長さも太さも威力すらも鬼切りには届かない


しかしこれは


「女の肉を好み、それを食う」


まさに悪行


「一日の内にまだ刀を出しますか。ほんに呆れた精神力」


「…………構えよ」


何故そんな事を言う?


何も言わず斬れば良い


早く肉を食わせろ


頭に響くこの声は、刀か私か


「構えよ!」


苛立ちを含む私の声で、年上の幼なじみは両鎌を持ち上げ、交差するように両肩に担いだ

「……行くぞ、千蒐」


「どうぞ」


「おおおおお!」


両手で柄を握り、左肩に刀をしょい込む様に構え千蒐へ突進する


シュ


風を斬る音が鎌の軌道を教えてくれた


振り下ろされた右の鎌を内にかわし、刀を袈裟切りに振り下ろす


ギィィン


鉄と鉄が弾ける音。左の鎌で防がれた


違う。防がせたのだ


「喰らえ、蜘蛛切りよ!」


二八本の蔦が、蜘蛛切りの刃から飛び出る


それは鋭く尖り、千蒐を襲う


「あれま、げに恐ろしき刀やねぇ」


蔦は千蒐の身体を幾十も貫き、貫かれた千蒐はビクンと数度跳ねた後、動かなくなった


「………………」


まだ食い足りない。そう哭く刀を引き、肉へ戻す


同時に蔦は抜かれ、ゆっくりと千蒐は倒れる。通路に血がジワリと広がった


「…………千蒐」


……感傷に更けている場合では無い。これで追っ手はあらかた片付いただろう、そろそろ姫を迎えに行かなくては


「……気持ちええぐらい手加減無しやねぇ」


「っ!?」


千蒐はゆらりと立ち上がる。着物には数十の穴が空き、血で真っ赤に染まっているが、身体の傷は……


「………貴様、喰ったのか?」


「うちだけじゃなかよ」


ぞくり


背後から寒気した


振り向けはしない。振り向いた瞬間、私の身体は鎌によって裂かれるだろう


「……石兎」


「いやいや先程は楽しかったですよ、鬼狩り姫」


「木鳥!」


「まこと姫はお強い」


「この外道共が!」


強い怒りは悲しみに似ている


私の目から暫く見た記憶が無い水滴が零れた


「悪鬼羅刹ども! この鬼狩り姫が叩き斬ってくれる!!」


そう叫び、私は七本目の刀を喚んだ

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