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第一章 鬼の姫様

「はぁ」


赤い瞳に睨まれたまま、俺は適当に頷く


「良いか、預かると言う事は守る事。傷一つお受けにならぬ様、身を持って姫を守るのだぞ!」


「はぁ」


「返事は、はいだ!」


「はい!」


夏休みに行ったラジオ体操の初日並に元気良い声で返事をした俺を見て、赤いねーちゃんは満足そうに頷いた


「よし。……姫様、どういう訳か、この場は現世と隠世が混ざり合い、揺らいでおります。この場ならば暫くの間、身を隠す事が出来そうです」


減税に閣僚が混ざり合い揺らいでいるから身を隠す? 何言ってんだこの方は? 政治家?


「貴様!」


「はいぃ!?」


「姫様を頼む!」


真剣な目と声。その二つは余りにも真っ直ぐで、真摯な思いが詰まっていた


「……判ったよ」


いや、よく判らないが、とにかく判った


姫ってのが何なのか判らないが、この女にとってそれは大切な物であり、それを他人に委ねる事がどれだけ辛いか、強く握り締めた女の拳で良く判ったのだ


「姫様は俺が守るよ」


「ありがとう!」


仏頂面だった赤いねーちゃんの顔が、綻ぶ


それはまるで花が咲いたみたいに……いやいや、俺は詩人じゃ無いぞ。美人が笑った。その表現だけで良いじゃないか


美人が笑った


「あ、ああ。どういたしま」


「引き受けたからには必ず守るのだぞ? 約束を違いてみろ、貴様の頭と首に永久の別れをさせてやろう」


美人は鬼のような目で俺を睨んだ。少しちびった


「……それでは姫様、行って参ります」


赤い美人はボストンバッグを下ろし、その前でひざまずく


「うむ。吉報を待つ」


「うお!? 怪奇、喋るボストンバッグ!?」


大型のボストンバッグがいきなり喋りやがった!


「お前は姫様とその小屋の中で待っていろ。一刻程で戻るつもりだが、それ以上掛かる様なら姫様に指示を煽れ」


「あ、ああ」


「では」


赤い美人は振り返り、公園の外を目指して走り去って行った


「……鈴華、必ず戻るのだぞ?」


怪奇ボストンバッグは、そう寂しそうに呟いたが、その声はもう届いていないだろう。

 なぜならば赤い美人は既に遥か向こうへ走り去っていたからだ


「……戻って来いよ」


視界から消えた赤い美人に、何と無く俺もそう呟いてみる


「……さて、と。取り敢えず言われた通りにしますか」


俺はボストンバッグの取っ手を手に取り、ぐいっと


「重っ!?」


鉄アレイでも入ってるのか!?


「失礼だの、おんし。おんしが軟弱なだけだろうに」


小生意気な声で喋りやがるバック


「少しびっくりしただけだ! 見てろよ、こんなボストンバッグの一つや二つ、両手で持てば」


「鈴華は片手で持っとったの。軽々と」


「…………私は姫様の安全の為、両手で持たせて頂きます。片手でも持てますけど!」


「くく。強がる男はいつの世も可愛いものじゃ。良かろう、両手でしっかりと我を運ぶが良い」


「……ういっす」


なんだこの敗北感は?

俺はボストンバッグに負けたのか? このイチキュッパで売ってそうなボストンバッグに?


いや、イチキュッパあれば牛丼が五坏は食べれるし、そう馬鹿にした物では…………牛丼食いてぇな


ギュルギュルギュル


愛しの牛丼の事を考えていると、腹が盛大になった


そういやラーメン食い損ねたんだった。早く食おっと


「よっこらしょっと!」


ボストンバッグを持ち上げて、テントへと運び入れる


「ふ~、腹減った」


バッグをテントの隅に置いて、カップラーメンを手に取り、蓋を開けて準備完了だぜ


「水は鍋にまだ残ってるし、後は沸かすだけ~」


残念ながら豚骨味はもう無かった。だが、黄金の塩味がまだある


「俺は塩味のカップ麺が一番好きなんですよ」


「ほう、気が合うな。我も塩味が好きじゃ」


「あ、そうなんすか? てゆーかどうやって食うんすか? チャックからっすか?」


適当に聞き流し、沸いたお湯をカップラーメンの中に注ぐ


「後は三分待つだけ~。俺は一分だけど」


「我は五分じゃ。量も増えてちょっぴりお得じゃろ?」


「ふっざけんな~!! 三分なら良い、四分もまぁ許す! だが五分は無い、五分は無いぞ!!」


たわけた事をぬかすボストンバッグに、俺は熱い怒りをぶつける


「そんなもの好みの問題じゃろうに。それよかおんしよ、一分は有り得ぬ。それは只の馬鹿じゃ」


「何だとこの野郎! なら食べ比べんぞ!!」


俺はボストンバッグを粛正しようと飛び付き、強引にチャックを開けた


「む? 間抜けな声じゃと思っとったが、改めて近くで見ると、ほんに間抜け面じゃの。やはり声は人を表わすのう」


開けたボストンバッグの中には、膝を抱えて窮屈そうにしている白い装束を着たガキんちょが入っていた


「ガキんちょは、よいしょっとボストンバッグから抜け出て、肩まである銀色の髪を掻き上げる」


「ふむ?」


「まだ7、8歳なのだろうあどけなさが残る顔と身体。

 しかしその顔は完璧に近いほど整っている」


「ふむ」


「すーっと真っ直ぐ通った小鼻や、桜色の薄い唇。ほっそりとした頬に、軽く吊り上がった生意気そうな目元。そして全体を漂う妙な色気」


「生意気は余計じゃな」


「美少女と呼ぶのには躊躇われる程の美貌。それをまだガキんちょの癖に、このガキんちょは持っていた」


「おんし、褒めるのは良いが、ちとガキんちょと言い過ぎじゃ。我はおんしより年上ぞ?」


「なっ!? 怪奇! 心を読む少女!!」


「頭の方は大丈夫かいの?」


「う、うるさいな、冗談だよ冗談! しかしマジで美人面だな」


ガキんちょの面を絵画を見るかの様に、まじまじと見てみる


「……飾り付けの無いおんしの言葉に免じて許してやるが、その不躾な視線。本来ならば罰則ものじゃぞ?」


「おっと悪いな。十分目の保養になった、もう見ないよ」


「ふむ。……ところでラーメン、いつまでほっとくのじゃ?」


「…………あ」


恐る恐るフタを開けてみると、倍ぐらいに膨れ上がった麺と、微妙に温いスープ


「……食べるか?」


「我は五分ものしか食わん」


「…………そう」


勿体ないので、渋々食べる事にした。まずい


「好きな物食えよ。つってもカップ麺しか無いが」


ズルズルと伸びた麺を食いながら、まだかなり有るカップラーメンの山を指差す


「む…………ほう、ホームランがあるとはのう。中々の通じゃな?」


ガキんちょは、ごそごそとラーメンの山を探り、感心した様な声で言った


「……やるなお前」


まさかそれに目をつけるとは……


「しかし今はいらぬ」


「ん? 腹減って無いのか?」


「我を守る剣が懐に戻る迄は、何も食う気がせぬ」


そう言ってガキんちょは正座し、背筋を伸ばす


――神々しい


ガキんちょの姿を見て、迂闊にもそう思ってしまい、一度思ってしまったらズルズルカップラーメンを食ってるのが少し恥ずかしくなる


「……直ぐ戻るだろうからな」


恥ずかしさをごまかす様に、そんな愚にも付かない事を呟くと、ガキんちょは俺をちらりと見て、うむっとしっかり頷いた

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