序章 2
※
「貴様らに言っても判らぬだろうが……よらば斬るぞ!」
言葉が通じぬ者には覇気を、覇気が通じぬ愚か者には剣を持って応えよう
背に雷の結界を引いた私に、犬どもは左右に別れ横へと回る。
そして私の喉元を狙って躊躇無く飛び付いて来た
「愚か者が!」
右の犬の口に刃を突き刺して、そのまま体を左に崩し、もう一匹の犬の頭へ突き刺した犬ごと刀を振り下ろす
振り下ろした刀は、二匹の犬を真っ二つに切り、返り血を全てを飲み込んだのち、黒い光を発しながら闇に溶けた
「……ふむ、流石は鬼狩り姫。犬では足も止められませんな」
突如響く高い位置からの声。犬や雑魚どもとは桁違いの殺気
「…………そこか!」
足を止め、12、13メートル先の建物を見る
五階建てのマンションの屋上に、一つの影
ひょろりと長い身体と手足を持つ、キザな銀ブチ眼鏡をかけた顔色の悪い男
「ほ、足を止めて下さったか。感謝感謝」
「木鳥だと!?」
木鳥は先日まで四国の川蝉に身を寄せていたはず
「そんな驚いた顔をしないで下さいよ。貴女様が盗んだ物の価値を考えれば、私が飛んで来る事も別に不思議じゃないでしょうに」
ねっとりとした声で木鳥は言い、ボストンバッグを指差す
「全く大胆極まりない。親方様は大慌てでございますよ?」
「…………」
「お手元の物をお返し下さい姫様。今ならば笑い話ですみましょうぞ」
「断る」
「ほっ。したりしたり。ならば奪うまで!」
木鳥は奇声を上げ、屋根からこちらに向かい急降下する
「……鬼狩りの姫を舐めるなよ」
否、鬼はもう狩らぬ。我が狩るのは鬼に群がり仇なす悪鬼のみ!!
「三っ! 悪行、鬼切り丸一刀!!」
※
ギャアアアアア!!
「な、なんだ?」
なんつー不気味な声だ。猫でも轢かれたか?
「全く……勘弁してくださいよ」
せっかく静かで人が余り来ない新興住宅地だってのに、騒がないで欲しいですね
「今日も今日とて平和に暮ら……」
ず、ず
そんな地響きにも似た、軽い音がした
その音が継続的に鳴り響き……
ズドーン
爆音と地響き、そして大量の土埃が舞う
「な、な! なぁああああ!?」
何!? テロ!? 核爆発!?!
視界を奪う土煙。悲鳴に怒声
耳を澄ませると、数十メートル先にあるマンションが崩れたとかなんとか
「………………欠陥住宅って奴か」
国は何をしているのかね!
「…………よし!」
取り敢えずラーメンを食おう。そして眠るぞ!
マンションが崩壊しようが、国が滅びようが俺には関係無いのだ
「……怪我人、いなければ良いけどな」
怪我人が居ないよう、勝手に祈らせてもらうとしよう。ナーム~
※
鬼切り丸の一太刀は鬼を断つ一太刀
その一太刀は、天にも届く大鬼すらも斬る
「……やはり貴女様は恐ろしい」
腰から先の身体を失った木鳥が、最後の言葉を吐く
「町中で、それも鬼切り丸を何の躊躇も無く、お振りになるとは……」
ボストンバッグを足元に置き、両腕で構えたそれは、ドクン、ドクンと脈打つ鬼の肉で出来た太刀
浅い桃色をしたその刀を握ると、蛸の吸盤の様に肌に吸い付き、身体の気を奪う
「必要とあらば何度でも振る」
そう言いながら太刀を地へ突き刺すと、鬼切り丸の肉は飛び散り、渇いた砂に降る雨の様に地面へと吸い込まれていった
「まこと……鬼……姫」
木鳥の死を確認せず、私はボストンバッグを持って再び走り出す
が……
「…………追い付かれているか」
一見何も変わらぬ風景。しかし、既に石兎の結界内に入った事を知覚する
こうなれば、もはや逃げられぬ。後は敵を切り捨て血路を開くしか……
「…………姫様」
石兎は手強い。奴を倒している間に他の者も追い付こう
そして余り考えたくは無いが、木鳥が来ていた事を思うと、他の六角達も来ているかも知れぬ
……守りきれるだろうか
「よい。我の事は気にするな」
私の感情を読んだのか、鈴のような幼子の声がボストンバッグから響く
「我をそこらに置き捨てよ。そして敵を討ち果たした後、迎えに来やれ」
「しかし姫!」
「我は大丈夫じゃ。おんしがおるでよ」
真っ直ぐで慈愛に満ちた声。姫は私を心底信頼していて下さっている
「姫……」
石兎は私より姫を優先する。その隙をつき、即座に石兎を倒せば……いや
「……駄目です姫様。例え一時でも姫様を危険に晒す訳には参りません」
例えこの身が朽ちようとも全ての敵を討ち、姫を守る。それが最善の策だ
「……おんしは愚かだのう」
「御意に」
「まったく。……時に鈴華」
「はっ」
「あそこの小屋でアホ面をしながら我らを見ている小汚い男は、おんしの知り合いかの?」
「は?」
その一声で、私は初めて私達以外の者が居る事に気付いた
※
「…………」
目が合った
ヤバイのと目が合ってしまった
夜の公園前で一人、肩に担いだボストンバッグへぶつぶつと語りかけている女。
夏とは言え、これ以上ヤバイ奴が居るだろうか?
「…………」
「…………」
女は無言でこちらを見ている
仲間にしますか? 何て選択肢が出て来そうな熱い視線だ
当然俺は、いいえを選ぶ
女はしょんぼりとして去って……
「おい」
凛と響く低い声だ。その声は明らかに不機嫌と言った色を持つ
俺はわざとらしく、左右を見回す
「お前だ」
惚けると殺すよ? そんな九十年代に流行った不良漫画の台詞が似合いそうな赤く、鋭い眼光
赤?
自分の言葉に何故か疑問を覚えていると、女はゆっくりとこちらへと向かって来た
近付くにつれ、女の姿形がはっきりと現れる
「…………赤」
電灯の薄い光。その光の下で、まるでルビーを溶かして染め上げたような真っ赤な髪を持つ女は、厳かな響きを持った声で言った
「姫を預かれ」
髪より更に赤い、炎のような目で俺を睨みながら