三章 4
「どうじゃ剣之助。気持ち良いか?」
「あ……うぅう」
「くく、そんな声を出しおって。ほれ、もっと熱くしてやろう。ふ~、ふ~」
「あう、あううう~」
「くくく、だらし無く汁を垂らしよる。この際じゃ干からびるまで出してやろう」
「だ~熱い~!!」
森の中、ご褒美との事で凛はどこからか水の入ったドラム缶を持って来た
そして火を使い、ドラム缶風呂を用意してくれたのだが……
「いくらなんでも熱過ぎだ! 火を弱めろ!!」
凛は穴の開いた竹で、ふーふーと火を噴くが、どうゆう原理か噴けば噴く程熱くなりやがる
「なんじゃだらし無い。将門は六十度を越える熱湯へ鼻歌まじりに入っていたぞ」
「そいつは不感症だ!」
「熱き湯は英気を養う。ほれ、ふーふー」
「熱っ!? あち、あちぃー!」
熱さに耐えられず、ドラム缶を飛び出した俺
「むう……ふ」
「人の股間見て、鼻で笑うな~!!」
※
「……来い、小烏丸」
軽く呟くと、周囲の空間がバチンと弾け、腕には紫色の雷が纏わり付く
そして、雷を握り抜くと全てが黒塗りの無骨な刀の姿
「うむ。完璧じゃ!」
「……なんだかどんどん現実世界と掛け離れて行く気がするな」
「世は全て夢、幻。現の実など何処にも無い。強いて言うならば、今を生きるこの時だけが、おんしの現実じゃ」
「……認めたくないものだな」
「カンタムは1stが一番好きじゃ」
「俺はセータって、これからどうするよ?」
森の中はすっかり暗くなっていて、周囲の僅かな部分しか見る事が出来ない
「我は夜目が効く。このぐらいなら大丈夫じゃが、もう夜も遅い。夜が明けてから行こう」
「そうだな。正直疲れたよ」
どかっと木の根っこに座り込むと、急に身体が怠くなって来た
「刀を何度も召喚したからの。ゆっくり休め剣之助」
凛は、いつになく俺を労るように言い、自分のバックを開ける
「この辺りは熊吉の縄張り故、我らに危害を加える者はおらんと思うが一応簡単な結界を張っておく。少しうるさくなってしまうが、すまぬの」
「ホームレスを舐めるなよ? 電車が近くを通ってても安らかに眠れるぜ!」
「そうか。……ほれ、もそっと火の側に寄らんか。霊峰近き故、暗き場所は魍魎が集いやすい。下手をすると喰われてしまうぞ」
「…………」
無言で火の側に行く。震えてるのは寒いからさ
「冗談じゃ」
「面白く無いんだよ、凛の冗談は!」
「おかしいのう、義経などは大爆笑じゃったが」
笑う奴もセンス無さ過ぎる!
「ともかく森は冷える。寒くは無いか剣之助? 風邪など引くでないぞ」
「……親かよ」
俺を気遣う凛の優しい声に、何だか妙に照れ臭くなり、俺は凛に背中を向けてふて寝をする
「ふふ、手が掛かる子じゃて。……さて、始めるとしよう」
丗の境にあるは一月の、雨は空より語るは如月の、扠は我が内響く鐘の音。日陰にさきし一つ花。幽の現のまにまにかのうたうたふ
「…………」
鈴よりも更に澄み切った凛の声が、呪を歌う
それは子守唄よりも暖かで、優しさに包まれていた
「鬼……か」
こんな歌が歌える凛が鬼ならば、人の方がよほど鬼だ
睡魔に吸い込まれながら、俺はぼんやりとそう思った