三章 2
「いでよ、子烏丸!」
「…………」
「カムヒーヤ子烏丸!」
「………………」
「おいでませ~子烏丸さま~」
「…………………ふぅ」
樹海に入って一時間。必死に呼び続けていたが、バックから聞こえる溜息で、テンション激落ち
「溜息付くなよ~、空しくなるじゃんか」
「む……すまんの、少し考え事をしておった」
凛の声に陰が混じる
「…………あの赤い姉ちゃんの事か?」
「むぅ。とぼけた顔をしておるが、勘が冴えるのう剣之助は」
凛はからかう様な口調で明るく言った
……わざとらしいって
「今度から金田一って呼べよ。……さーて、と。修業を再開するか!」
「うむ。我もおんしを見守っておるぞ剣之助」
「ああ!」
と、勢い良く頷いてみたものの、どうすれば良いか判らない
てか叫ぶだけじゃ駄目なような……
「……何か良いアイデア無い?」
「ふむ? ……前回、何故おんしが刀を喚べたのか、それが重要じゃな」
「前回ねぇ」
あの時は、とにかく必死だったので良く覚えていない
「強き真っ直ぐな想いこそが刀を喚ぶ……か。
と、なると……あれじゃろうなぁ」
凛は気の乗らない声で呟いた
「……言えよ。今の俺ならたいていの事なら耐えられると思うぞ」
「うむぅ。……よし、判った! 剣之助よ、死んでくれい!!」
「よしきた任せとけっておいぃ!?」
やはりそれが目的で樹海に!?
「いや、言い方が悪かったの。そのぐらいの覚悟で挑めと言う事じゃ」
「ならそう言えよ!」
しかし死ぬ覚悟か……
「うん、無理」
「うむ。ならば我を森の奥へ連れてゆけ」
「奥?」
もう結構奥なのだが
「なに大丈夫じゃ。富士の樹海など大袈裟な事を言いよるが、結局は只の森。奥に行こうとも人の出入りはあるし、方向が判らなくなる事も無い。直ぐに出れようぞ」
「そうなのか?」
「うむ」
自身満々な声だ
「奥に行けば刀を?」
「可能性は高まるじゃろう」
「そうか……」
この先、何が起きるか判らない。例え使わなくても、あの刀は脅しになる
「オッケー、行こう。森の奥に」
「うむ…………ニヤリ」
「うっ? ……な、なんか急に寒気が……」
「気のせいじゃ」
「……ま、いいか。んじゃ行くぞ~」
俺はバックを担ぎ、樹海の更に奥へと向かった
そして歩く事、三十分
「……凛さん?」
「なんじゃ?」
「なんだか木の形が変わってきたのですが?」
辺りは深い森で太陽が遮られ、先程より更に薄暗くなっている。
木々は真っ直ぐ伸びている物が少なく、なんだか妙に曲がって生えている木が多い
「うむ、原始林じゃな。自然がそのまま残る、良い森じゃの」
「へぇ……」
余裕のコメントだ、別に慌てる事でも無いらしい
「だけど歩き難いな、辺りも同じ景色が続いてるし、道はこれで合ってるのか?」
根っこや道の凹凸のせいで歩き難いし、谷のような場所も幾つかある為、真っ直ぐには歩けない。 本当に俺は奥に向かっているのかどうかも判らない
……迷ってる?
「心配するでない、幻世は歩む毎に段々と深くなっておる。ちゃんと奥に向かっておるわ」
「はぁ……」
幻世ってのが何なのか全く判らんが、どうやらコンパスよりは頼りになるらしい
「まぁ迷ってないなら別に……っ!? ……あ、あのぅ凛さん? あの木の高い所に硬い物で引っ掻いた様な変な傷跡があるのですが?」
「うむ、熊じゃろうな。恐らくはツキノワグマじゃろう。あの高さだと、体長は160センチと言った所か。中々大きいのう」
「なるほど、すごいやオネエサン。それじゃそろそろ戻ろうか!」
「その前に一度下ろしてくれぬかの、剣之助」
「え? あ、ああ良いけど……」
なるべく平らな所で静かにバックを下ろす
「うむ。よっと」
掛け声と共に内側からチャックが開き、凛がバックから出て来る
秋とは言え、蒸れるであろう狭いバックの中。何日も居たと言うのに凛は疲れた顔一つしていない涼しげな顔だ
「お、おい。出て大丈夫なのか?」
「現世は幻世。幻世は隠世となりて、我の気配を朧げにする」
「…………はぁ、なるほど」
「大丈夫じゃよ。さて、剣之助。今から我が直々に稽古をつけようぞ」
凛は両手を広げ、衣をなびかせながらフワッと一回転する。
森の中で踊る妖精みたいだ、等とは口が裂けても言わん。なぜならば
「鬼の鉄具。俗に言う鬼のこん棒じゃ」
右肩に本人よりもデカイ鉄のこん棒を軽々と担いでいるからだ!?
「いつの間に!?」
「此処は幻世。力の大半を無くした我でもこのぐらいは出来る。さて、それではゆくぞ?」
ゆらりと俺に近付いて来る凛
「ど、どちらにです?」
ビビりながら尋ねる俺。そんな俺に凛は言う
「鬼が連れていく場所は一つ」
一度言葉を区切り、
「地獄じゃ」
ニッコリと蠱惑的な笑顔を見せながら!