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為せば成る

作者: 白黒玄素

一年ぶりに書いた二作目です。

「為せば成る」

僕の嫌いな言葉だ。

人生どうにもならない事の方が多いのに、この言葉は無責任に努力は報われると謳っている。

僕も昔は報われると信じていた。でも、やっぱり世の中は才能が全てだった。




二年前、祖父が亡くなった。

いつも僕の事を気に掛けてくれる優しい祖父で、僕も祖父が好きだった。

中学に入るまでは毎日の様に祖父の家に遊びに行っていた。

祖父は趣味で研究をしていた、有名な研究家というわけでは無かったが、毎日楽しそうに今日は何をしようかと笑っていた。

僕も祖父の研究を手伝うのが大好きで、今日は何をするのだろうと日々わくわくしていた。あいにくまだ子供で一体何をしているのかは分からなかったけれど祖父の笑う姿を見れるだけで良かった。

祖父の研究は基本的にいつも失敗していたが、祖父は気にせず


「為せば成る!今日は失敗したが、明日は成功するぞ!」


と前向きだった。



中学に入って僕は陸上部に入った。毎日遅くまで部活に励んでいたから、祖父の家に遊びに行くことは減ってしまったけれど、偶に顔を出すと相変わらず楽しそうに研究していた。

1年生の夏休み、皆が順調に結果を出していく中、僕は伸び悩んでいた。才能の壁を感じ、精神的に疲れてしまっていたので、一度リフレッシュしようと久々に祖父の家に遊びに行った。祖父は家におらず、祖母に聞くと既に研究しに出掛けたというのでいつもの裏山にある研究小屋へと向かった。小屋へ向かって歩いていると、


ドン!!!


小屋の方から振動と共に大きな音が聞こえてきた。

尋常じゃない音に思わずしゃがんでしまったが、何かあったのだろうと小屋へ全力で走った。

小屋に着くと、そこには扉の吹き飛んだ小屋と血まみれで倒れている祖父の姿があった。


「じぃちゃん!!」


たまらず駆け寄り、祖父へ呼びかけるが意識のないようだった。どうすれば良いかわからず、何度も祖父を呼んでいたが、救急車を呼ばなれければと思い至り119へ電話した。



8分程経った後、救急車が到着し、祖父は病院へと搬送された。

急を要するという事で手術が行われる事になり、家族全員で病院の待合室で手術が終わるのを待っていた。

3時間に及ぶ手術が終わった。手術室から出てきたお医者様に父が詰め寄り、


「先生!!父は……父は大丈夫でしょうか…」

「手術自体は成功しましたが、なにぶん御年を召していらっしゃるので、術後の回復次第としか言えません。」

「そうですか……分かりました、今日はありがとうございました。」


この時、僕はあの元気な祖父の事なのできっとすぐに良くなると信じていた。



次の日、病院から祖父の意識が戻ったと連絡があったので、放課後に病室を訪れた。


「じぃちゃん、目覚めたんだね」

「おう、隆!お前が救急車を呼んでくれたんだってな、ありがとう。心配を掛けた。」

「全くだよ、研究好きなのは良いけど、ちゃんと注意してやらなきゃ」


祖父は元気そうだった。

他愛もない話を30分程して、また来ると約束してその日は帰宅した。

祖母に聞いた話だと、あれだけの大怪我をしたのに目が覚めてすぐ普段使っている研究ノートに今回の結果と次に向けての考察を書いていたらしい。懲りてないんだなとは思ったが、それでこそ祖父だとも思った。

その後、次の大会に向けて練習が厳しくなってきたので祖父の病室を訪ねる事が出来なかった。


1か月程経ったある日、放課後に練習していると顧問の先生から呼ばれた。


「佐藤!親御さんから電話だ。職員室に言ってこい。」


何かと思って見れば、親から連絡が来てるとの事だった。

職員室に向かい、電話を受け取ると父からだった。


「隆、大事な話があるから今日は早退しなさい。」

「なんだよ、大事な話って。」

「それは家で話すから、とりあえず帰ってきなさい。」

「分かった。」


父の声がいつになく真剣な感じがしたのが気に掛かったが、帰らないことには何も分からないので、顧問の先生に断り、帰宅した。


家に帰ると、家族全員がリビングで座って僕を待っていた。


「帰ったか、着替えとかは良いから早く座りなさい。」

「皆集まって、話ってなんだよ?」


あまりにも重い雰囲気に少し気圧されながら椅子に座った。


「さっき病院から連絡があったんだが、おじいちゃんな、容体が悪化したらしい。今夜が峠だろうから病室へ来て欲しいと言われた。」


頭をガツンと殴られた様な気がした。

父の言っている事が信じられなかった。1か月前に会った時にはあんなにも元気だったのだから。


「だから、今から病院に行くぞ。どうなるか分からないから、最悪の事態も覚悟しておいてほしい。」


事態をしっかりと理解出来ない内に話が進み、気づいたら祖父の病室だった。

1か月前、元気に喋っていた祖父は人口呼吸器に繋がれ、苦しそうにうなされていた。

悪い夢だと思った。

きっといまにも目を開けていつもの様に元気に笑ってくれるに違いないと思った。

しかし、祖父は目を覚まさないまま、今夜は病院に泊まる事になった。

夜遅くまで家族全員で呼びかけていたが、父に


「もう12時だ、後は父さんに任せて母さんと隆は寝ていなさい。」


と言われた。

僕も起きていたかったが、睡魔に勝てずそのまま眠ってしまった。



翌朝、結局祖父は朝まで一度も目を覚まさなかったと父に言われた。

父と祖母は一晩中起きていたので、一度眠る事になった。

僕と母はコンビニで朝食を買い、軽くお腹を満たした後、祖父の目が覚めるのを病室で待ち続けた。



昼になり、父と祖母も起きてきてまた家族全員で呼びかけていると、祖父の目が開いた。

やった!!と喜ぼうとしたが、開いた祖父の目の焦点が定まっていないのを見て背筋が凍った。

父がお医者様を呼んできたが、話を聞かずとも僕は祖父が持ちこたえられなかった事を悟っていた。


「残念ですが、これ以上の回復は無理でしょう。今も、佐藤さんの気力で持っているような物です。悔いの無い様に御家族で話された方が良いと思います。」


涙が溢れて止まらなかった。

あんなにも元気だった祖父の弱弱しい姿に胸が締め付けられてたまらなかった。

祖父も自分の最期が近い事が分かっていたのか、家族一人一人に言葉を伝えていった。



1時間程経っただろうか、いよいよ祖父の脈が弱くなり命が尽きようとしているのが一目にわかった。

祖父は最後の力を振り絞るように手を天井に向けて伸ばすと


「私は……まだ為していない………為してなどいないのに…!」


そう呟くと、手を下した。

それが祖父の最後の言葉だった。



祖父の葬式が終わり、学校に通う日々が戻ってきたが、僕は何に対してもやる気が起きなかった。

祖父の最後の言葉が頭から離れなかった。祖父の口癖に似たその言葉を思うと、心がずんと重くなった。あんなにも努力していた祖父は報われないまま亡くなってしまった。

学校には通っていたが授業は聞き流して終わり、部活も伸び悩んだまま報われないのだろうと思い、退部届を出した。楽しかった日々が遠い昔の様に感じられた。



2年生になり、流石に心の整理もついてきて、授業もちゃんと聞く様になったが、部活をまたやる気にはならなかったので、帰宅部のままだった。



3年生になり、今後の進路に向けて学年全体が浮足立って来た。


「なぁ、佐藤。お前もう進路決めた?」

「いや、まだ決めてない。」

「そうか、やっぱ皆まだだよなぁ。俺も陸上強い所に行くか、地元の進学校に行くか悩んでてさ。」


陸上部をやめても仲良くしてくれている田中と進路について話していると、先生が教室に入ってきて授業が始まった。


「今日は、これからの進路に向けて悩んでいる君たちに言葉を送りたいと思います。

知っている人も中にはいると思いますが、その言葉は…為せば成る…です!」


顔が歪んでしまった。

「為せば成る」、祖父の口癖だったその言葉は僕の嫌いな言葉だ。

報われもしない努力を無責任に肯定しているこの言葉をどうしても受け入れられない。


「さて、この為せば成るという言葉ですが、実はこれが全てではありません。この部分のみを知っている人は多いと思いますが、全体を知っている人はこの中に1人か2人ぐらいでしょう。」


「為せば成る」という言葉に他の部分があるとはどういう事だろうか、僕は嫌いなこの言葉に少し興味を持ってしまった。


「この言葉、正しくは…

為せば成る

為さねば成らぬ

何事も

成らぬは人の

為さぬなりけり

という短歌です。

これは、簡単に言うとやればできる、やらなければできない、できないのは人がやらないからだという事を言っています。

これから、皆さんは進路に向けて……………」


先生はまだなにか言っているが、僕は驚いていてそれどころではない。

「為さねばならぬ」、この部分が祖父の最後の言葉にそっくりだったからだ。

祖父はこの言葉の全体を知っていたのだろうか?知っていたからこそ最後に「為していない」とつぶやいたのだろうか?

知っていたなら、いつも「為せば成る!」と言って前向きだった祖父は努力は報われると言っていたわけでは無かったのだろう。やらなければできないのだから、やるだけだと自分に言い聞かせていたのではないだろうか。

そうすると、祖父の最後の言葉は報われなかった事を嘆いたのではなく、やらなかった事を悔いていたのだろうか。

祖父の言葉と短歌が頭の中で何度も繰り返されて僕はこの後の授業に身が入らなかった。



放課後、祖父の研究ノートを見たくて祖母の元を訪ねた。

祖母に研究ノートを貸してもらうと、すぐさま読み始めた。

祖父の容体が悪化する前の日の内容に、次の実験内容が書かれていた。

なんてことはないただの記述なのに、僕はこの部分に引っ掛かりを覚え何度も読み返していると、何で引っ掛かりを覚えたのかが分かった。

この実験内容を先日テレビで見たのだ。

詳しい事は覚えていないが、何でも一年前に成功した実験で何かの証明になると特集番組が組まれたらしかった。具体的な事は分からなかったが、実験が簡単に再現可能なので、番組内で実験を再現しており、内容だけは覚えていた。

衝撃だった。

番組によるとこの実験が成功したのは一年前、祖父が亡くなった後の事なので、祖父はこの実験を自力で思いついていたことになる。

祖父は辿り着いていたのだ、ただ後は為すだけだった。

その事実に気づき、自分が恥ずかしくなった。

努力は報われないと不貞腐れ、自分が逃げる言い訳を作っていただけに感じる。

祖父は決して諦めていなかった。

そんな祖父の姿を小さい頃から何年も眺めていたのに、憧れていたのに。

忘れていた気持ちを思い出した。

祖母に研究ノートを返すと、そのまま学校へと全力で走る。

沢山の生徒が部活動に励んでいる姿を尻目に、陸上部の顧問の先生を探す。


「先生!!」

「おぉ、佐藤か!久しぶりだな。佐藤ももう3年生だな、どうだ進路は決まったか?」

「さっき決めました、僕もう一度陸上やります!」

「陸上を?いや、しかし2年もブランクがあるぞ。進学校とかにした方が安泰だろう。」

「陸上をやりたいんです、今度は逃げずに最後まで。」

「………そうか、どうしてもやりたいならしかたない。でも、流石にスポーツ推薦は無理だから高校には一般入試で入るしかないぞ。それでもやりたいなら、陸上は俺が面倒を見てやろう。」

「はい!お願いします。」


沸きあがった感情のままに進路を決めてしまったが、大丈夫だろうか。

いや、「為せば成る」のだから自分次第だ。

祖父は後は為すだけという所まで辿り着いたのだ。そんな祖父の孫で、祖父に憧れるならこれぐらいで足を止めているわけにはいかない。

腹を括れ。

自分に言い聞かせろ。


「為せば成る」


僕の好きな言葉だ。

良かった所、悪かった所等感想いただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 成せば成る、という誰でも知っている言葉が一つの物語になって素敵だと思いました!祖父を愛する気持ちも良いと思いますし、祖父のおかげでまた前向きになるのがいいですね!
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