第9話 魔境の森
森の中で魔獣と遭遇します。
ライドとキリアが受けた馬車の護衛の依頼は、帰り道も含まれているということで、明後日に王都に出発するまで時間が空くらしい。せっかくなので空いたこの時間に、このトマスの冒険者ギルドの依頼を受けて町の北にある魔境の森でオークを狩りに来たということだった。
「ちょうど良かったわ。私たちも一緒に行っていいかしら? 1人より3人の方が野営も楽だし、あなたが魔獣討伐を目的としていないのなら、途中で出会う魔獣は私たちが討伐してあげられるわよ」
「うーん、それもそうだな。断る理由もないしな」
「じゃあ決まりね」
「ところで、その飲んでいるものは何だ?」
「これか? 特製ハーブ茶だ」
「美味いのか?」
「私も気になっていたのよね」
「飲んでみるか?」
「いいのか?」
かまどの火はまだ消していなかったので、カップの代わりに鍋に水を入れて同じように作った。はちみつを入れてそれぞれの木製カップに注いでやった。
「美味しい!」
「おおっ、意外といけるな」
「疲れたときに、これは良いわね。はちみつの甘さが程よくて」
「お前やっぱり良いとこの坊ちゃんなんだな。高級そうな味がするぞ」
確かに茶葉もはちみつも安くはないし趣向品だから、あまり庶民には普及していない。俺の数少ない趣味の一つだ。
休憩を取ったあと俺たちは北を目指して出発した。
道を外れてしばらくは草原が続く。
ときどき小型の魔獣が潜んでいることがあるから、3人が少し距離をあけた間隔で注意深く進んで行った。
「いるな」
俺が気づくのとほぼ同時に2人も気が付いたようで、キリアはすぐに魔法の詠唱を始めた。
「アイスジャベリン!」
キリアが杖の先から氷の槍を飛ばした先で「ギャッ」という声が聞こえ、そこから一匹のホーンラビットが飛び出してきた。
ライドはすでに走り出していて、すかさず剣を横に振るった。
「この辺りにも魔獣がいるんだな」
2匹のホーンラビットの血抜きをしているライドを見ながら俺はつぶやいた。
「このあたりの森は魔獣の巣窟なの。周辺にはホーンラビットやブラックハウンドなんかしかいないけど、時々そういった魔獣を食料として狩るために、この辺りにも上位の魔獣が現れたりすることもあるらしいから注意は必要よ」
「そう言えば、そのホーンラビットってどうするんだ?」
「今日の晩飯だ」
ライドが血抜きの終わったホーンラビットの足を持ったままで答えた。
「持っていくのって面倒じゃないのか?」
「ああ、魔法で拡張した収納鞄があるから大丈夫だ」
「私たちのは容量が少ないけど、冒険者にとって収納鞄って一番必要な道具かもしれないわね」
ライドとキリアはそう言って背負った鞄を見せてくれた。だから荷物が少なかったのか。
処理が済んだホーンラビットを鞄に仕舞って、ライドが声をかけてきた。
「さて、行くか」
しばらく草原が続いたあと、低木が行く手を阻んできた。
木々の間にある獣道を慎重に進んでいると、周囲の木々はより大きいものが現れ始め、森の中では空から届く光も少なくなって、昼間なのに薄暗く感じるようになってきた。
森の中を進むと魔獣の気配を感じ、様子をうかがいながら進むと、2体のゴブリンがブラックバウンド3頭に囲まれていた。
木の陰に隠れて魔獣の様子をうかがっていると、ゴブリンはこん棒を振り回してブラックバウンドを追い払おうとしているようだった。
「どうする?」
「少し様子を見よう。仲間を呼ばれても面倒だからな」
ライドとキリアが相談しているが、待つのもめんどくさいな。たいした相手でもないし全部まとめて倒した方が早いんだけどと思い、そのまま木の陰から飛び出してブラックバウンドの後ろから切りつけた。
「おいっ! 何やってんだ!」
ライドの声が聞こえてくるがおかまいなしに、2匹目のブラックバウンドに対し剣を横に薙ぎ払った。続いてそのまま怯んでいた3匹目のブラックバウンドを剣ですくい上げ、頭を切断した。すぐさま後ろを振り向き、突然の乱入者に混乱しているゴブリンに向かって行った。
向かってくる人間に我に返ったのか、ゴブリンは手に持っていたこん棒を振り回してきたが、1体はこん棒もろとも頭から剣を振り下ろして切断し、最後の1体もほとんど抵抗する間もなく首を刎ねた。
「ふうっ」と息を吐き辺りを見渡すが、生きている魔獣の気配は感じられない。
剣を振って血のりを払い、鞘に収めた。
「シゲル! 何やってんだよ」
「そうよ、あなたがいくら強くても毎回こんなことをやってたら体力がもたないわよ」
「いちいち待つのって面倒だろう?」
「なっ!」
「それに、あいつらが戦っているうちに仲間を呼ばれる可能性もあったからな。いくら弱い魔獣でも、数が集まれば面倒だしな」
「確かに、ゴブリンとブラックバウンドの戦いで不利になった方が仲間を呼ぶこともあったかもしれない。でも、仕掛けるときはちゃんと合図してからにしてくれよ。今は仮でも一応は仲間なんだからな」
俺は、ライドの”仲間”という言葉に少し照れて素直に返事した。
「分かった。次からはそうするよ」
ゴブリンやブラックバウンドは討伐証明ができる部位だけ切り取って、屍は放置した。
日没が近くなってきたので、野営ができる場所を探すことにした。
小高い崖の下に浅い洞窟を見つけ、中を確認したら人間が3~4人くらいは入れそうな洞窟で、奥はすぐに行き止まりとなっていた。
魔獣の形跡もなく、安全と判断したのでここで一晩明かすことにした。ここならば一方向のみ警戒すれば良く、上から襲われる心配もない。
俺が洞窟の前でかまどを作って火を起こしているうちに、血抜きをして持ってきたホーンラビットをライドは器用に解体した。
キリアは魔法で鍋に水を張ってかまどにかけたのを見て、魔法って便利だなと再認識させられた。いちいち水筒を持つ必要がないからな。やっぱり魔法を使ってみたいな。
水を張ってかまどにかけた鍋に乾燥した豆を入れ、煮立ったところに火で炙って軽く焼き目を入れたホーンラビットの肉と、乾燥野菜を入れて塩で味付けをした。
味は質素だが、乾燥肉などの携帯食に比べると食事をしたという満足感は得られる。
しっかりと食事をすることや睡眠をとることで、つまらないミスでの怪我などを防ぐことにつながるので、いくら野営とはいえ、できることは何でもやっておく必要がある。
3人それぞれの皿に料理を注いだ。
「美味いな」
「良いとこのお坊ちゃんかと思ってたけど、料理の手際も良いし意外ね」
「それは褒められてるのか?」
「褒めてるつもりだけど、そう聞こえなかったかしら?」
「まあいいや。俺は旅人なんだから、こんな野営での料理は慣れているさ」
伯爵家騎士団の訓練の中には、対人戦だけではなく、魔獣を相手にしたときの実戦を想定した訓練もある。その中には野営に関する訓練もあるため、騎士団と一緒に訓練を受けていた俺はもちろん、そういった対応にも対処できる。野営での料理についても然りだ。
その後、交代での見張りの順番を決め、最初に見張りになったライドを火の傍に残し、キリアと2人で洞窟内で横になった。やはり慣れない旅での疲れがあったのか、俺はすぐに眠りに落ちた。
「時間だぞ。」
ライドに起こされて目が覚めた。
周辺は月の光もほとんど入らず真っ暗で、かまどの火だけが明りを発していた。火が消えないように枯れ木を放り込みながら周囲の確認をしていたが、魔獣の気配は感じられない。
遠くで時々、ブラックバウンドらしき遠吠えが聞こえた。