第8話 霊峰へ
ドラゴンが生息しているかもしれない霊峰へ向かいます。
冒険者ギルドを出て町の中をあてもなくぶらぶらと歩いていると、いつのまにか広場にやって来ていた。
広場には屋台が並んでおり、その屋台からの食欲をそそる匂いで小腹が減っていることに気がついた。そのうちの1軒をのぞいてみると、たれをつけた肉を串に刺したものを焼いていた。
焼いた肉とたれの匂いが強烈な食欲を誘い、たまらず俺は店主に声をかけた。
「美味そうだな。1本もらえるかい?」
「あいよっ。1本27ギラだ」
「ありがとう」
串を受け取って肉にかぶりついた。
「美味い!」
「うちは他の屋台とは違う、独自の秘伝のたれだからな。このたれが肉のうま味を引き出すんだ」
「確かにこのたれは美味いな」
「そうだろう」
「ところでこれは何の肉なんだ?」
「ホーンラビットの肉だ。この町の周辺で良く獲れるからな。新鮮な肉も美味さの秘訣だ」
「なるほど」
ホーンラビットの肉を食べていて、ふと気がついた。
ロッテンで食べたストーンアリゲーターは、別名ロックドラゴンって言ってなかったか? よく考えたらお嬢様はドラゴンとは言ったけど、何のドラゴンかなどとは言ってなかったな。
ロックドラゴンなら庶民に出回る肉もあれだけ美味いんだし、領主様しか食べられないという希少部位の肉は、さらに美味いに違いない。そのロックドラゴンの肉をお嬢様に持って帰れば、きっと喜んでくれるんじゃないかな?
「おい店主、ストーンアリゲーターって知ってるか?」
「ストーンアリゲーター? うーん、聞いたことないな」
「ストーンアリゲーターの肉が凄く美味いらしいんだが、売っているところを知らないか?」
「このトマスでは食べたことがないな。知りたけりゃ冒険者ギルドにでも行って聞いてみな。魔獣なら何か分かるかもしれねえよ」
「そうか、ありがとう」
他の屋台でも聞いてみたが、皆同じような答えが返ってきた。俺はストーンアリゲータの情報を得るため、屋台の店主が言っていたように冒険者ギルドに戻ることにした。
受付にシェリーはいなかった。代わりに別の若い女性が1人で座っており、冒険者ギルド内には冒険者の姿もほとんど見られなかった。大勢いた冒険者たちは依頼で出て行ったのだろうか?
閑散とした冒険者ギルドの中で、受付の女性に尋ねてみた。
「ちょといいかな?」
「はい、何でしょう?」
「魔獣のことを聞きたいんだけど」
「はい、何でも聞いてください。わかることならお答えします」
「ストーンアリゲーターって知ってる?」
「ストーンアリゲーターって、あのAクラスの魔獣の?」
「ああ、そうだ。ストーンアリゲーターってどこにいるか知ってるかな?」
「ストーンアリゲーターの生息場所を聞いてどうするんですか?」
「いや、ストーンアリゲーターってどこの町に行けば食べられるかなって、思っただけなんだけど」
「そういうことですか。ストーンアリゲーターはロッテンから近い岩山に生息していると言われているので、ロッテンに行けば食べられるかもしれません。でもAクラスの魔獣なので、滅多に討伐されたって話は聞かないですよ」
「そうなのか?」
「どうしても食べたいということであれば、冒険者ギルドに依頼を出すという方法もありますが、最低でもAランク冒険者が数人いないと討伐できませんから、依頼料はけっこう高額になると思いますよ」
「わかった、ありがとう。ロッテンに行ってみるよ」
「はい、期待はあまりしないでくださいね」
「ところで、ロッテン行きの馬車ってあるかな?」
「一番早い馬車だと、明後日の朝に出発する予定のはずです」
「明後日?」
「はい。そうですよ」
冒険者ギルドで確認したところ、明後日までロッテン行きの馬車がないことが判明した。それまでは、このトマスに滞留していなくてはいけないということだ。
トマスにいても特に用事がないので、せっかくトマスに来たのだし、この際だから霊峰ケーテックを見られる場所まで行ってみようと思った。
もしかするとドラゴンが見られないかという淡い期待もあった。
冒険者ギルドで手に入れた周辺地図で霊峰までのルートを確認したところ、霊峰の近くまでなら途中で1泊すれば十分帰ってこられる場所だということがわかった。
冒険者ギルドを出た後、トマスの町中の雑貨屋や食料品店で必要なものを買い込み、野営ができる準備をした。色々買い過ぎたが、俺には伯爵家で借りた収納鞄があるから問題なかった。
収納鞄は見た目は小さいが中には拡張魔法がかけられており、家一軒分くらいは軽く入る容量となっている。ただ生き物は入れられないので人などは入れない。この収納鞄もくたびれた感じで、とても高級そうには見えないが、かなり高価らしい。
今回はドラゴンの肉を持って帰るためにと特別に伯爵から貸し与えられたが、俺も使用するのは初めてだった。
トマスの町から他の町や村へ行くには、南と東へ向かう道を通る必要がある。
南西から北東にかけては魔境の大樹海であり、迂闊に人が入れる森ではない。東に向かう道は途中で南に向かい、トマスと同じ他の辺境の町につながっている。
俺はまず東の道を行き、途中から北の方向に道を逸れて霊峰がある山岳地帯を目指す予定だった。
トマスの町を出て1時間ほど歩いたところに川があり、川に掛かる橋を渡ったこの先の道は南に向かうように曲がっていた。俺は川を渡ったところで道の周囲を確認し、すぐ傍に少し周囲の草原が開けた広場のような場所があったので、ここで休憩することにした。
広場で落ちている大き目の石を拾ってかまどを作り、枯れ木や枯れ葉を集め火をおこした。俺はかまどの火の上に、鞄から取り出した鉄製のカップに水筒から水を入れて置いた。
カップの水に少し泡が出てきたところに持ってきていた乾燥した茶葉を入れ、お湯が沸騰する直前にカップを持ち上げて平たくなっている地面に置いた。そこに持ってきたはちみつを少し入れ、ナイフで削った木の棒で軽くかき混ぜた。
はちみつは高級品だが、色々と重宝するので瓶に入れて持ち歩いている。少し甘みのあるお茶は疲れた身体に沁みわたった。
「ふー。なんだか癒されるな」
俺が地面に座って休憩していると、川の向こうからこちらにやって来る2人の人影が見えた。
「おっ、シゲルじゃねえか。こんなところで何してるんだ?」
ライドとキリアだった。
「何って、休憩してるとこだ」
「そうじゃない、どうしてこんなところにいるのかを聞いているのよ」
俺はどう答えようかと迷ったが、霊峰を見てみたいと思っていると答えた。