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第6話 美味い肉

美味い肉を食べます。そして、目的の町に到着です。

 コーレットの村を出発してからしばらく行くと街道は山岳地帯に入っていき、坂道が多く馬車は2頭立てでも目に見えて速度が遅くなってきた。


 道の片側は崖から下に川が見え、反対側は山の尾根まで続く急斜面だが、緑の葉が生い茂った木々があって山の高さはよくわからない。



 馬車の中では、長旅に飽きてきた子どもが時々駄々をこねている様子がなんともほほえましく思えたりした。




 その日も予定通り次の町であるロッテンに到着したのは、夕暮れ近くなってからだった。


 こんな山岳地帯でも町があるのは、近くに鉱山があってけっこう人が多いみたいだ。炭鉱の町って感じだが、町の中にも工房がたくさんあるようで、町の一部は工房街のようだ。



 この町に来るのも初めてなので、俺は御者の老人に聞いた宿屋へ向かった。


「いらっしゃいませ」


 宿屋の受付で俺を出迎えてくれたのは年配の女性だった。


「宿泊ですか?」

「そうだ、馬車の旅で寄ったんだが明朝出発なので、1泊したいんだが」

「はい、部屋はありますよ。ところで、この町は初めてですか?」

「ああ、そうだ」

「せっかくロッテンに来たのだから、色々見てみると面白いものがありますよ。いろんな工房もあるので、それを目当てで来られる方も多いんですよ」

「そうなのか? 時間があれば見てまわるのもおもしろそうだな」

「うちには食堂がないので、外で食事をするついでに見てまわったらどうですか?」

「食堂がないのか?」

「この町は職人や冒険者が多いので、あちこちに食堂や飲み屋があるんですよ。宿屋より食堂の方が多いくらいなので、美味しいところも多いですよ」


 俺は宿屋の女性にお勧めの食堂を聞いて出かけた。


 町の中央へ向かう道には屋台が多く、良いにおいがあちこちから漂ってくる。串に刺した肉を焼いた料理から、デザートになりそうなものまで様々なものがあり種類も豊富だ。

 町の中には冒険者とおぼしき人も多い。にぎやかな通りを抜け、少し裏手に入った道にその店はあった。


 店の入口には骨付き肉の看板が出ている。この店が宿屋で聞いた食堂に違いない。ドアを開けて中に入ると、店の中は人がいっぱいだった。


「いらっしゃませ。すみませんが相席でもよろしいですか?」

「ああ、かまわない」


 ウエイトレスに案内されたテーブルには職人と思われる中年の男性が2人でエールを飲んでいた。


「すみませんお客様、相席でもよろしいですか?」

「ああいいよ」


 その男性2人はこちらを見て機嫌良さそうに答えた。


 4人掛けテーブルの空いていた席に座ると、1人の男性が話しかけてきた。


「お前さん見慣れない顔だけど、ここは初めてかい?」

「ああ、馬車の旅でこの町には初めて来たんだ」

「そんなことより先に酒と料理を注文させてやりなよ」


 もう一人の男性が気をきかせてくれたので、ウエイトレスに料理を注文することにした。


「それじゃエールと、お勧めがあればお願いしたいんだけど何かあるかな?」

「ちょうど今日、新鮮な肉が入ったから持ってきますよ」

「じゃあそれをお願いするよ」

「はいわかりました。少しお待ちください」


 ウエイトレスがそう言ってキッチンに入っていくのを見送ってから、また同席になった男たちが話しかけてきた。


 男たちの話によれば、2人はこの町の近くの鉱山でとれる鉱物を加工するのが仕事らしい。鉱山で働いている人も多く、鉄鉱石のように定期的に手に入る鉱物の他に、希少な鉱物も冒険者ギルドに採取を依頼すると比較的すぐに手に入るらしく、それらの鉱石を加工する職人の工房がこの町にはたくさんあるということだった。



 エールを飲みながら色々話をしていると、お勧めと言われた肉料理が出てきた。唐揚げや、ひき肉を薄皮に包んで揚げた料理や、肉や野菜が入ったスープなどが並べられた。

 唐揚げはジューシーで肉が柔らかく程よい甘さがあって美味い。薄皮に入ったひき肉料理も外側はパリパリで中はジューシーで美味い。スープも肉から出た出汁がよく効いており、ブロック状の野菜にも味が染みて美味い。


 美味い美味いと食べていたらウエイトレスが出てきて、ステーキもあると言われたので注文してみた。


 分厚くカットされた肉は、表面には若干の焼き目がついているが中は柔らかく、簡単に歯で噛み切れて中から肉汁が溢れて出てくる。伯爵家で食べる料理より肉の味が美味い。

 塩味だけというのが少しさみしいが、もともとの味がしっかりしているので肉だけでも美味い。これでコショウがあればもっと美味いだろうなと考えながら食べていた。



 相席の男2人にこの肉は何の肉か聞いてみた。


「そいつはストーンアリゲーターだ」

「ストーンアリゲーター?」

「知らないのか? 別名がロックドラゴンと言われている岩山に良く出現する、Aクラスでも上位の魔獣だぞ。この辺りでもめったに目にすることはないが、年に数回くらいは出回ることがあるんだ」

「へえ、それはけっこう貴重なんじゃ?」

「たまたま今回も冒険者が討伐したんじゃないか。図体がでかいから1頭倒すとけっこうな量の肉がとれるぞ。ストーンアリゲーターの肉は美味いからな」

「ああ、この料理もなかなか美味い」

「そうだろう。お前さんこの町に来るタイミングが良かったな」

「そうかもしれないな、こんな美味い肉は食べたことないよ」

「そうだろう。しかしストーンアリゲーターでも部位によって味が違うからな」

「そうなのか?」

「ああ、そうだぞ。今お前さんが食べているのはロースといって比較的とれる量が多いから、良く出回る肉だ。1頭から少ししかとれないシャトーブリアンという肉は希少だから、一般人にまわってくることはないがかなり美味いらしいぞ。まあ領主様くらいじゃないかな、食べられるのは」


 ロースでもこれだけ美味いのだから、その希少部位はどれくらい美味いのか一度食べてみたいものだな。しかし、お嬢様はこのストーンアリゲーターを食べたことがあるのかな?



 その後も男たちからストーンアリゲーターについて色々教えてもらった。料理が美味いので、最近その味に慣れてきたエールもずいぶん進んだ。




 数日振りにゆっくり寝られたためか目覚めは良く、朝は早めに宿を出た。


 町の中は早くも多くの人で賑わっており、朝食も外で食べる習慣が多いのか朝から屋台や食堂で食べている人をたくさん見かけた。


 俺も多くの人がやっているのと同じように、屋台でパンに肉を挟んだ料理とスープを買って周辺のベンチに腰をかけて食べることにした。


 パンは手で持って食べやすいように包装紙が巻かれていた。スープも片手で持てるようにコップに入っており、飲みやすくなっていた。パンに挟まれた肉にはしっかり濃い目の味付けがされていて、あっさりしたパンの味によく合う。スープもポテトの濃厚な味がした。


 この町には肉体労働者が多いためか朝からしっかりした味付けの食事をとるようだ。




 馬車の旅も最終日となり、親子連れの3人も表情が明るくなっているのが見てとれた。

 一方、冒険者は一層警戒を強めているようだ。辺境に近づくということは、それだけ魔獣が出現する確率が高まるということだからな。


 しかし、子連れでわざわざ辺境にやってくるなんて、あの親子連れはなにか事情でもあるのか? まぁ、俺には関係のない話だけどな。




 馬車が走る街道の周辺も木が生い茂って、日の光もあまり入らないようになってきた。すれ違う馬車もほぼいなくなり、ずいぶん遠くまでやってきたということを実感できるようになってきた。


 今頃お嬢様は寂しがっていないだろうか? ホロの窓から外の景色を眺めつつ、お嬢様のことを考えていた。


「来たぞ!」


 警護の冒険者であるライドの言葉で我に返った。

 周辺をうかがうと確かに魔獣の気配がする。

 キリアが御者の老人に速度を緩めずにそのまま走るようにと指示をしたあと、馬車の後ろに立って入口を開いた。ライドは座席に座ったままだ。


 ホロの窓から覗いていると、魔獣は森の奥から馬車と並走して走りながら少しずつ姿を現していった。

 集団で狩りをするのが得意なシュリガーラという魔獣で10匹以上はいると思われた。大きい個体でも体長1m程の小型の魔獣だ。1匹1匹はたいした脅威ではないが、集団になると厄介だ。


 キリアが馬車の中から先制の魔法を放つ。


「エアーカッター!」


 先頭を走っていた魔獣に直撃し、その魔獣は馬車を追撃している群れから脱落したが、他の魔獣はそのまま並走していつでも襲える体勢をとっていた。

 魔獣の群れから2匹が馬車に向かって飛びかかってきた。

 キリアはすでに詠唱を終わらせていたようで、すぐに1匹に向かって魔法を放った。魔獣は魔法に弾かれて追走の群れから脱落したが、もう1匹の魔獣は馬車のホロにとりついた。


 馬車が大きく揺れ、親子連れの母親が「きゃっ!」と短い悲鳴をあげたが、ライドがすかさず立ち上がってホロにとりついた魔獣に内側から剣を差した。

 魔獣は「ギャウン!」という鳴き声とともに馬車から脱落していった。


 キリアが続けて魔法を放って5匹目を倒したところで、魔獣たちは追撃を諦めたのか少しずつ距離が離れていった。あの魔獣達にとって、この馬車を襲うことは無理だと判断したのだろう。


 俺は特に出番もなかったので、冒険者2人の戦いを見ていた。キリアの魔法を見ていて、使い方によっては非常に便利だなと思った。


「もう大丈夫だと思うけど、しばらくはこのままの速度を維持して走って」


 キリアは御者の老人にそういうと、ライドの向かい側の座席に腰を降ろした。

 親子連れ3人もほっとした表情になっている。




 その後は魔獣の襲撃もなく、順調に馬車は進み夕暮れには辺境の町トマスに到着した。



 トマスは周辺を魔境に囲まれているということもあって、冒険者が多く荒々しい雰囲気をしていた。魔獣の討伐などの冒険者への依頼が多く、上級冒険者にとっては稼げる町なのだろう。

 辺境という割にはトマスは町が大きく、人も多くてけっこう栄えているといった感じだった。冒険者相手に商売をしている人が多いのだろうか。


 馬車から降りたときに、ライドとキリアからは何度も冒険者の誘いを受けた。すべて断ったがあまりにも熱心に冒険者を勧められたので、最後には旅の用事が終わったら考えてみると言って、なんとか納得してもらった。


「シゲル! また会おうぜ」

「冒険者登録したら絶対知らせてね。ギルド経由で連絡取れるからね」


 ライドとキリアは最初に会ったときのイメージとは違い、最後の最後まで熱く勧誘してきたな。



 この馬車の旅で5日間一緒にいた子どもにもなんだか懐かれたみたいで、何度も「またね」と手を振られて、親子連れの3人とも別れた。



 俺はトマスを訪れるのも初めてだったので、御者の老人に冒険者ギルドの場所とお勧めの宿屋を聞いて、老人の知人が経営していると紹介された宿屋へ向かった。

 その宿屋は町の入口からは少し遠いが、冒険者たちの喧騒から少し離れていることもあって静かな佇まいをしていた。


 宿屋で部屋を取って、その晩は宿屋の食堂でエールと食事を堪能してから休んだ。今日もお嬢様のことを思い浮かべながら。

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