第5話 魔獣討伐
冒険者をやりたいわけじゃないのに魔獣討伐の依頼に巻き込まれます。
俺が村の散策から宿に戻るころには、すでに夕食が食べられる時間になっていた。
俺は部屋に戻らずそのまま宿の食堂に向かった。
この宿の食堂は宿泊客以外にも開放しているらしく、宿泊客以外にも食事をしている客が何人もいた。
来ている客は皆、食事というよりエールを飲みに来ているという客ばかりで、ワイワイガヤガヤと騒がしい。
俺も食事のついでにエールも頼もうと思い、食堂で料理を運んでいたウエイトレスに尋ねた。
「エールと、あとなんかお薦めってある?」
「そうね、この村の特産は麦とラム肉なので、エールに合うラム肉と野菜の炒め物や、ラム肉の卵とじ、竜田揚げなんかがお薦めよ」
「じゃあ、お勧めを何品かもらえないかな」
「分かったわ、ちょっと待っててね」
ラム肉とは体中を厚い毛で覆われた4本足の家畜で、成長すると体長が2メートルほどの大きさになるが、性格がおとなしくて人によく懐くというマトンという動物の肉だ。一部の地域ではよく食べられているようだが、俺はあまり食べたことがない。お薦めっていうくらいだから美味いんだろう。
エールを飲みながら出された料理を味わっていった。
さすがお薦めということだけはあり、大味ながら美味い。肉は独特の歯ごたえと若干の臭みがあるが、苦みのあるエールによく合う。
俺が食事を堪能していると、1人の男が走って食堂に入ってきた。
「おい! 魔獣を退治しに行った冒険者達がやられたらしいぞ!」
その声を聞いた食堂にいた人々が騒ぎ始めた。
「あんなに冒険者がいたのにか?」
「魔獣はブラックハウンドだけじゃなかったのか?」
「冒険者がやられたのならこの村はどうなるんだ?」
「この村にも魔獣がやってくるのか?」
「俺の麦畑、収穫まであと2ケ月なんだぞ!」
「だから冒険者なんてアテにならないんだ!」
「だからやめとけって言ったのに!」
みんな好き勝手なことを言っているな。
しかし、元Aランク冒険者もいたのにやられたのか? ユニーク個体でも出たのかな。
まあ俺には関係ないことだから、もう一杯エールをもらおうかなと思いウエイトレスを探していると、ライドとキリアが食堂に入ってきた。
「やあシゲル、ちょうど良かった。食事時に申し訳ないがちょっといいか?」
「なんだ? あんたらも飲みに来たのか?」
「そうじゃないの。私たちは今日村にいた冒険者たちの様子を見に行ってたんだけど、ちょっとまずいことになったみたいなのよ」
「でも、魔獣討伐の依頼はあんたらには関係ないんじゃないのか?」
「そうなんだけど、別の支部だけど同じ冒険者ギルドのマスターがやられたんだから、全然関係ないってわけでもないのよ。それにこの討伐が失敗したことで、私たちの護衛任務に支障が出ると困るのよ」
「この魔獣騒動に馬車の乗客が巻き込まれるのが困るのか?」
「そうよ。私たちは道中だけでなく、町や村での滞在中の護衛も依頼の中に含まれているのよ」
「それでどうするんだ? 今から村を出発するっていうのか?」
「冗談でしょ! 夜の街道なんて、魔獣に襲ってくれって言ってるようなものよ」
「じゃあどうするんだ?」
「そこであんたに相談なんだ」
ライドがそのあとを話し始めた。
「あのギルドマスターは元Aランクといってもすでに現役を引退していたから、今でもAランクの実力があったわけじゃない。その他の冒険者はCランクとDランクだ。平均的にもCランクのちょっと下って感じだ。そいつらが20人かかって倒せない魔獣どもでも、Bランクの俺らとあんたが組めば問題ないと思う」
「俺に魔獣討伐の手伝いをしろと?」
「いや、あくまでお願いだ。俺ら2人でも何とかなるかもしれないが、あんたがいれば心強い。もし俺らがここで怪我でもすりゃ、明日からの護衛任務に支障がでるかもしれないから、できれば一緒に行ってほしいんだ。無理なら俺ら2人だけで向かうけどな」
「夜の暗闇の中では昼間に比べて危険度がかなり上がると思うけど、それはどうするんだ?」
「大丈夫だ。こいつは光魔法が使えるから、昼間のようにとはいかないが暗闇で戦うことはないぞ」
キリアは光の属性も持っているのか。しかし手伝うのもめんどくさいなと思いつつも、ここに下手に正義感が強いお嬢様がいたら、絶対手伝いなさいって言うんだろうなと思った。まぁこれも運命か。
「分かった。手伝ってやるよ。ただし、あくまで俺は補助だからな」
「助かる。恩に着るよ」
「それで、どうするんだ?」
「魔獣の棲み処の場所は分かっているから、魔獣がこの村にやってくる前にこちらから仕掛けるのよ」
俺ら3人は宿を出てそのまま走って、魔獣の棲み処ある村から少し離れた山の裾野に広がる森に向かった。
途中でライドとキリアから得た情報だと、討伐に向かった冒険者たちは最初は順調に棲み処を囲み掃討作戦を開始したが、予想よりはるかに魔獣の数が多くて冒険者たちが少しずつ分散させられ、ギルドマスターの周囲に冒険者がいなくなったところで大型のブラックハウンドが現れたらしい。
大型のブラックハウンドは通常の個体とは違い、かなり強いらしい。さらに、小型のブラックハウンドを統率して連携していたようだ。かなり知能が高いと思われる。
それにしてもこの2人の冒険者、よくこれだけの情報を集めたな。もしかしてけっこう有能なのか?
途中で何人かの冒険者とすれ違ったが、ギルドマスターがやられたことで戦意を喪失したという感じだった。怪我をしている冒険者も少なくない。
棲み処の方向に進むだけ魔獣の数が増えていくが、ライドを先頭に走っていく俺らの障害とはならない。ほとんどライドが剣の一振りで切り捨てていく。
こんな魔獣に冒険者がやられたのか?
キリアが魔法で出したライトボールがけっこう明るく、周囲にいる魔獣が良く見える。
走っていくと、大型の魔獣が周りの冒険者に威嚇しているのが見えてきた。
その足元には倒れて動かなくなった大柄の冒険者がいた。あれがギルドマスターなのだろう。
大型の魔獣は小型の魔獣10匹程を従えて、周りの冒険者を威嚇している。ギルドマスターはまだ生きているかもしれないが、他の冒険者は大型の魔獣に威嚇されて近づけないようだ。
ライドが俺に声をかけた。
「俺たちが大型の魔獣の気を引くから、シゲルはギルドマスターを助けてやってくれ」
そう言って、俺の返事も待たずに魔獣に突撃していった。
「おいおい、返事くらいは聞けよ」
仕方がないので、ライドが大剣で大型の魔獣に切りつけ、キリアが周囲の小型の魔獣にエアーカッターを飛ばしていくのを横目で見ながら、大型の魔獣が離れた隙にギルドマスターのところに行って、引きずりながら魔獣から距離を取った。
「くっ、おい、酷い扱いだな」
意識を取り戻したギルドマスターが呻きながら声を出した。
「生きてたか」
「なんか残念そうだな」
そこに冒険者が1人やってきて、急いでポーションをギルドマスターに飲ました。
「お前は誰だ? 冒険者じゃないな」
「分かるのか?」
「ああ、伊達にギルドマスターはやっていないからな」
「そんなことより、そろそろあの2人も限界みたいだから行ってくる」
ライドとキリアを見ると、ライドは大型魔獣の攻撃に防戦一方でぎりぎりこらえていた。
キリアの魔法は大型の魔獣にはあまり効いていないようだ。
俺は身体強化魔法を発動し、地面を蹴って一瞬で大型の魔獣に近づいた。
「シゲル! こいつ強いぞ。普通のブラックハウンドじゃない、上位個体のようだ。俺じゃ攻撃を受けるのが精一杯だ」
「俺にまかせろ!」
俺は大型の魔獣に近づいた勢いのままで上にジャンプした。それに合わせるように魔獣は大きなうなり声を発しながら後ろ足で立ち上がり、俺に向かって前足を振り下ろしてきた。
振り下ろしてきた前足を持っていた剣でうち払い、地面に着地してからそのまま間合いを詰めた。
大型の魔獣は咆哮を上げ、俺を含めた周囲の冒険者達に威嚇してきた。周りにいた冒険者たちは、その咆哮で身体が動かなくなっているようだった。
さらに大型の魔獣は片方の前足の爪を俺に向かって振り下ろしてきた。俺は剣を構えて魔獣の前足の爪の付け根めがけて剣を横一閃に振るうと、赤い鮮血と一緒に魔獣の片方の前足の先が飛んでいった。
大型の魔獣は怒り狂ったように大きな叫び声をあげた。その叫び声を聞いた周辺の小型の魔獣が一斉に俺に向かって飛びかかってきた。
俺は小型の魔獣の突進を躱しながら剣を振るい、その度に数匹の魔獣が倒れていった。
何度か剣を振るったあと、もう一度大型の魔獣にジャンプして剣を振りかぶった。大型の魔獣は切られていない片方の前足で俺をたたき落そうとしたが、かまわず俺は剣を振り下ろした。
大型の魔獣のもう片方の前足が半分切られ、狂ったように暴れ出した。
俺は大型の魔獣の後ろに周り、ジャンプして背中に飛び乗り、そのまま頭まで走って首に剣を振り落した。
俺が地面に着地するのと同時に大型の魔獣が倒れ落ちた。
大型の魔獣が倒れたのを見て、周りにいた冒険者から歓声があがった。
小型の魔獣たちはリーダーが倒されたことで統率がとれなくなり、もともと個々の力はそれほど高くないため、次々と冒険者に倒されていった。
ライドとキリアが近づいてきた。
「やっぱりお前に来てもらって助かったよ。感謝する」
「ま、成り行きだからな」
「しかし、本当にお前は一体何者なんだ?」
「だからただの旅人だって言っているだろう」
「ただの旅人がそんなに強いのか? お前がSランクの冒険者だって言われても信じるぜ」
「やっぱり冒険者として一緒にやっていかない? あなたがいれば赤い閃光はきっとSランクも夢じゃないわ」
「そうだぞ。その腕前、もったいねぇ」
「俺のことを買ってくれるのはありがたいが、冒険者には興味ないんだ」
冒険者をゴリ押ししてくるが、俺はお嬢様のいない世界なんて興味ない。普段の鍛錬もすべてお嬢様のためだから、お嬢様がいなければ強くなる理由もない。
ライドとキリアからの熱い勧誘をなんとか逃れ、俺は1人で先にカマスの村に戻ってきた。
村ではまだ状況が分かっていないようで、男たちが鍬やツルハシを手にして集まっており、村のあちこちにかがり火がたかれ、物々しい雰囲気が漂っていた。
俺はそれらを横目に見ながら、後から帰ってくる冒険者に面倒な説明は任せそのまま宿に戻った。
少し疲れたので、いまさら飲みなおすのも面倒になってそのままベッドに入った。今夜もお嬢様の夢を見られるかなと思いながら。
翌朝、ライドとキリアから俺が帰った後の話を聞いたのだが、ギルドマスターから俺のことを色々聞かれたようだった。
俺が常々冒険者には興味ないと言っていたので、気を使ってあまり大げさにならないように話をしてくれたらしい。
また、昨夜現れた大型の魔獣は、ブラックハウンドではなくヘルハウンドというBクラス上位の魔獣だったようだ。ヘルハウンドがブラックハウンドを従えていたらしく、俺がヘルハウンドを倒した後はCランクやDランクの冒険者で討伐完了したようだった。
ライドからの説明によれば、ヘルハウンドを倒した俺にも報奨金が出るらしいので、一度冒険者ギルドへ来てほしいとのことだった。とりあえず馬車を待たせるわけにもいかないので、他の客もいることだし、帰りに時間があればという返事をした。