第4話 農村到着
次の村に到着しましたが、何やらトラブルの匂いが……
盗賊に襲われたときの後始末は面倒だ。いっそのこと戦いの最中で全員息の根を止めた方が楽だったなと思いつつも、俺が口出しすることじゃないから黙って冒険者の処理を見ていた。
冒険者2人は手慣れた様子で、まだ生きている盗賊を縄で縛っていった。死んでしまった盗賊は、所持品を調べて身元につながるようなものがあれば取り外し、街道沿いの林の中に穴を掘って埋めた。
生きている盗賊をどうするのかと思って見ていると、街道沿いの大きな木にまとめて縛りつけていた。次の町で警備所に届け出て引き取りに来てもらうようだ。まぁそれまで全員が生きている保証はないけどな。
全員の武器は取り上げて馬車に積みこんだが、盗賊のなかでもリーダーは連れて行くらしい。手足を縛られて目隠しをされ、さるぐつわをされた状態で馬車の中に転がされた。
気絶したままなので静かで助かる。
先ほどの戦いで俺が対応した、盗賊の中でそこそこ強かった男が元騎士団員とすれば、どこの貴族の騎士団にいたんだろうか? 俺はあまり他の貴族の騎士団と交流があるわけではないが、お嬢様がお茶会などで出かけるときに護衛としてついていくのだけど、それらの貴族の騎士団員の中には見なかった。
領地を持っている貴族は、規模の大小の差はあるがそれぞれ騎士団を抱えている。伯爵家には伯爵家の騎士団が、公爵家には公爵家の騎士団が存在するが、もしかすると俺のことを知っている人間につながっていたりする可能性もあるので、今回はとどめを差していてよかったかも知れない。
元々盗賊に襲われた場合、返り討ちにしても問題はない。それよりも、伯爵家の関係者が旅をしていることが発覚すると問題につながりかねない。
今回の処置はやむを得なかった。ヤツが元騎士団員という確証はないが、致し方がない。
馬車の行く手をふさいでいた倒木は、女の冒険者の魔法で燃やされて灰になってたが、少し休憩をしてから出発しようということで、馬車の周りに各々座ってくつろいだ。
特に子連れの親子は緊張感が半端なかったようで、母親の方は少し涙ぐんで喜んで冒険者に礼を言っていた。
俺は馬車の近くの倒木に腰を掛け、先ほどの盗賊たちのことを考えているところに2人の冒険者に話しかけられ、途中で参戦したことに礼を言われた。
「あのままでは俺はやられていたかもしれない。助けてもらってすまない」
「べつに礼を言われるほどのことでもないさ」
「いや、でもあんたかなり強いな。何者なんだ?」
「ただの旅人だよ」
「ただの旅人にしちゃずいぶんと戦い慣れているな」
「1人で旅をしていると、色々物騒だからな。それなりに腕がなきゃ生きていられないのさ」
本当は伯爵家の騎士団員達との模擬戦で、対人戦はけっこう慣れているからだけど、身元もはっきりしない人間に伯爵家のことを言うわけにはいかない。冒険者にも色々いるらしいからな。
「冒険者じゃないのか?」
「ああ、本当にただの旅人だよ」
「あんたほどの腕があれば、冒険者としてもけっこう良いランクになると思うけどな」
「すまないが、冒険者には興味ないんだ」
「あなた着てる服もけっこう高級そうだし、その剣も品が良さそう。きっと良いとこの坊ちゃんなのね」
女の冒険者も会話に入ってきた。
「そういうわけでもないんだけどな。それよりもあんたが使ってた魔法っていいな。俺は剣しか使えないから、魔法を使うことには憧れるよ」
「魔法使いってあまりいないものね」
「俺も初めて見たんだけど、魔法ってどうやれば使えるんだ?」
「それは、魔法への適性があれば使えるけど、適性がなければどんなに頑張っても無理よ」
「適正かぁ、調べたことがないな。子どものころから剣一筋だったからな」
「冒険者ギルドに行けば調べられるわよ」
「そうか、機会があれば行ってみるかな」
「冒険者ギルドに行くならぜひ私たちに声をかけてね。冒険者登録をするなら一緒に依頼も受けられるわよ」
「そうだ、こう見えても俺らはけっこう有名で、Bランクの赤い閃光ってパーティなんだぞ。俺はライド、でこいつはキリアだ。どうだ、良ければ一緒に冒険者としてパーティを組まないか?」
「そうだな、冒険者ギルドに行く機会があれば考えてみるよ」
冒険者への勧誘がひどくなってきたので、話をはぐらかした。
話をしているうちに出発の時間となり、全員馬車に乗り込んだ。
馬車で揺られながら魔法について考えていた。
魔法は適正がないと使えないって言ってたよな。俺は身体強化魔法が使えるから魔法の適正ってあるんじゃないかと思うし、今まで魔法を教わったことがなかったから使い方を知らないだけで、魔法の発動の仕方がわかれば俺にも使えるんじゃないかな。
魔法と剣、両方使えるのってなんかかっこいいな。お嬢様も褒めてくれるかもしれないから今度試してみよう。でも、この冒険者に聞いたらまた勧誘がめんどくさそうだから、まぁそのうちどこかで聞いてみるかな。
次の宿泊予定地であるコーレットの町についたのは、予定を大幅に超えて日が沈みかけた時間だった。
途中での盗賊との戦いでずいぶん時間をロスしたため、薄暗くなって町の閉門時間ぎりぎりになっての到着だった。
コーレットの町に着いてからライドとキリアの2人は、盗賊のリーダーを連れて警護所に行った。
俺はコーレットには初めて来たので、御者の老人に教えてもらった南星亭という宿屋へ行って泊まることにした。
宿に着いたあとは、食事を取ってそのまま寝てしまった。もちろん今夜もお嬢様のことを考えながら。
翌日の移動は特に問題も無く、順調に馬車は進んで行った。
周りの景色は草原が多い。途中で森の中を抜けたが道の周辺には大きな木が無く、森といっても比較的明るく、吹きつける風が涼しく感じた。
馬車の中でライドとキリアから昨日の盗賊についての話を聞いた。盗賊の頭は賞金首だったとのことで報奨金がでたらしく、俺も協力したということで一部を渡してくれた。
この旅では伯爵家からの経費も出ているから金には困ってないので遠慮したのだが、どうしてもということで諦めて受け取った。
話の中でライドとキリアから旅の目的をあれこれ詮索されたが、さすがに1人でドラゴンを討伐になんて言えないので適当にごまかして返答した。そもそもドラゴンを討伐できるのかわからないからな。それに、お嬢様のことをわざわざ2人に話す必要なんてこれっぽっちもない。
いいかげん話しかけられるのが面倒になって、俺は途中からは寝たふりをした。
次の宿泊予定地であるカマスの周辺は広大な平野が広がっており、そのほとんどが麦畑で、今は青々とした麦が一面に広がっていた。王国内でも有数の穀倉地帯で比較的裕福な農民が多く、中には広大な麦畑をたくさんの作業者を雇って管理している豪農もいるようだ。
コーレットの町までは王都に近く、町や村が多くあるなかでの中継地点となっていたが、ここから先は町や村から次の町や村までの距離が離れており、距離的にもこの村を中継地点にしないといけないようだ。
俺は馬車の旅も3日目ということで、ずいぶん慣れてきた。
伯爵家にいたときは外に出る場合も常にお嬢様のそばにいたので、1人旅っていうのは10年以上振りになる。のんびりと馬車で一人旅っていうのも、これはこれで良いものだなとしみじみしていた。
その日は夕暮れより少し早くカマスに到着した。
カマスは農村とはいえ馬車の中継地点になっていることもあり、宿屋は何軒か存在しているようだ。
御者の老人に紹介された宿屋へ向かっていると、途中の広場に多くの人々が集まって騒がしくしていた。
集まっていた人々はあきらかに農民ではなく、鍛えられた肉体に剣を腰や背に差しており、かといって装備もバラバラでまとまっていないところを見るに冒険者と思われた。
そのなかにひときわ巨漢の男が大きな大剣を背に差して、他の冒険者たちに大きな声で指示を飛ばしていた。
なにをしているのか少しだけ興味を引いたので、近くにいた若い冒険者に声をかけてみた。
「ちょっといいかな? これはなにをやっているんだ?」
「ああ、最近このあたりで魔獣の被害が増えているらしいんだ。それで俺たちは冒険者ギルドで依頼を受けてやって来たんだよ」
「ふぅん、こんなに大勢の冒険者が必要なほどの魔獣なのか?」
広場には20人ほどの冒険者がいた。
「いや、魔獣自体はブラックハウンドだからたいした強さではない。だけど、村から近い場所にブラックバウンドが棲み処を作っているのが見つかったらしく、これから掃討に行くんだ。で、討ちもらしを防ぐために魔獣の全数が棲み処に帰ってくる時間を見計らって討伐をおこなうために、人数を集めたってわけさ。ブラックバウンドは昼間の方が活発に活動するからな」
ブラックハウンドは小型の4本足の魔獣で、単体ならそれほど問題にならない。狩りのときに集団を作るとちょっと厄介になる程度の魔獣だ。
「ふうん、なるほどね。ここいいる冒険者達は皆強いのか?」
俺は興味本位で尋ねた。
「あそこで指示を出している巨漢の男がギルドマスターのジェイルで、元Aランクだ。今は冒険者を引退してギルドマスターをやっている。今回の合同討伐のためにリーダーとして同行したらしいな。他はCランクとDランクばかりだな」
「あんたは?」
「俺か?俺はCランク冒険者のソーサだ」
「おおっ、Cランクか」
「そうさ。俺はこれからまだまだ強くなってAランクを目指しているから、俺の名前を覚えておくといいぜ」
「そうか、覚えておくよ」
俺は冒険者に興味はないから心にもないことを言ってしまったが、まぁこれで気分よく話をしてくれるなら安いもんだ。
「ところであんたは?」
「ああ、俺は旅人でシゲルというんだ。馬車で移動していてたまたまこの村に寄ったら何やら騒がしいから気になったんだよ」
「そうか、まぁこの村は何にもないけどゆっくりしていってくれ」
「ありがとう」
話を聞いた後、俺は星の曙という宿屋に向かった。
入口を入るとすぐに受付になっており、かわいらしい女の子が座っていた。家の手伝いだろうか。
「いらっしゃいませぇ。今日は泊まりですかぁ?」
「ああ、1泊したいんだけど部屋はあるかな?」
「はぁい、ありがとうございまぁす。ありますよぉ。ところで明日の朝食はいりますかぁ?」
「頼むよ」
「はぁい、わかりましたぁ。夕食は1階の食堂で食べられますのでぜひ利用してくださぁい」
「わかった。ところで、まだ時間が早いけど部屋には入れるかな?」
「大丈夫ですよぉ。お部屋は2階の203号室になりまぁす。料金は朝食をつけて800ギラになりまぁす。夕食は食堂で食べられるのでぜび利用してくださぁい。色々メニューがありますよぉ」
少し舌足らずな感じがするが、受付の仕事にはけっこう慣れている感じがするな。普段からここで受付をやっているのだろう。この女の子もかわいらしいとは思うが、やっぱりお嬢様とは比べられないな。
部屋に入って荷物を降ろし一息ついたがまだ夕食にも時間があるし、せっかくなので村の中を見て回ろうと思い宿を出た。
「ちょっと出かけてくるよ」
そう受付の女の子に声をかけると、「いってらっしゃぁい」と返された。
村とはいえ比較的大きな村であるので町のような露店や大規模店はないが、それなりの商店などはある。そういった商店をのぞいてみたり、家畜を飼っているところもあるので様子を見たりしていた。
村の周辺にある麦畑に目を向けると、風に吹かれた穂が一様に揺れており、夕日に染まって輝いて見えた。
歩いていると馬車で一緒だった護衛の冒険者、ライドとキリアに会った。
2人は並んで話しながら歩いていたが、俺の顔を見て声をかけてきた。
「シゲルじゃないか。散歩でもしてるのか?」
「たまには身体を動かさないと身体が硬くなってしまうからな。ところで、あんたらも散歩してるのか?」
「いや、散歩じゃない。ところで、村に着いたときに冒険者達が集まっていたのは見たか?」
「ああ、見たよ。魔獣の棲み処を掃討するって言ってたな」
「そうだ。もしかするとこの村にはぐれた魔獣が現れるかもしれないからな、俺たちは周囲の状況を確認しておこうと思ってな。これも一応馬車の護衛としての仕事の内だ」
「そうか、がんばってくれ。じゃあ俺は宿に戻るから」
「ああ、ゆっくり休むがいい」
そう言って2人と別れ、俺は宿に戻った。