第3話 盗賊
予約掲載がうまくいかず、一日遅れました。
次の話を続けて掲載します。
盗賊が現れました。
馬車が初日に宿泊予定にしているのは、王国の中でも比較的大きなダルメンという町で、商業が盛んで人も多くかなり賑わっている。
馬車は街道を順調に進み、予定通り夕刻にはダルメンの町に到着した。
乗っていた馬車の御者にダルメンでの宿泊場所を教えてもらい、町の中心部に近い獅子のたてがみという宿屋へ向かった。
入口を入ると酒場兼飯屋といった感じになっており、キッチンの奥から声が聞こえた。
「いらっしゃい!」
威勢の良い女性の声だった。
「食事ですか? それとも宿泊ですか?」
「宿泊だ」
「ありがとうございます。何泊の予定ですか?」
「明日の朝、出発の予定だ」
「ところで、夕食は食べてきましたか?」
「いや、まだだ」
「じゃぁぜひ、この食堂を利用してください。お酒もありますよ」
これまで伯爵家では、ほとんど毎日を剣の鍛錬かお嬢様の警護しかしていなかったので、1人で知らない町に来たときに何をしていいのかわからない。それに、伯爵家では警護に支障があってはいけないので、酒もあまり飲まない。
この旅の間、お嬢様もいないことだし(寂しいけど)酒でも飲んでみるかと思い、部屋に荷物を置いたあとに食堂で夕食とエールを頼んでみた。
伯爵家で飲んだことのある果実酒とは違い、雑味と苦みが多くとても美味いと思えるものではなかったが、周りでワイワイ騒いでいる酔っ払いのいる雰囲気や、大味の料理には合っているような気がした。
正体のわからない肉の唐揚げや煮込み料理をつまみながらエールをちびちびと飲んでいると、隣のテーブルで話している2人の男の会話が耳に入ってきた。
「お前、聞いたか。昨日街道沿いで盗賊が出たらしいぞ」
「ああ知ってるよ。コーレットの町に向かっている商人の馬車が襲われたらしいな」
「その襲われた商人は、エド屋の馬車だったらしいぞ」
「えぇっ! エド屋ってあの?」
「そうだよ。王国でも3本の指に入る大商店のエド屋だぞ」
「エド屋の馬車だったらそれなりに護衛もついていたんじゃないのか?」
「BランクとCランクの冒険者が3人いたらしいが、大怪我をしてこの町に運ばれてきたってよ」
「その盗賊ってそんなに強いのか?」
「ああ、元騎士団の人間がいるってうわさだ」
なんか大変な話をしているな。元騎士団っていうのがちょっと引っ掛かるけど、俺は基本的にお嬢様さえ良ければあとはどうでも良いからあんまり興味ない。
もし出会うようなことでもあれば、お嬢様のところに帰ったときの土産話くらいにはなるかもしれない。
「ガシャーン!」
大きな音で振り向くと、年配の男2人が言い争っていた。
「なにぃ! お前、今なんて言った!」
「もう一度言ってやるよ! お前のような臆病者にできるわけないんだ!」
「なんだとっ!」
飯食いに来ただけなのに酒場での騒動に巻き込まれちゃたまらないと、殴り合いのケンカをしている男の横を通り抜けて部屋に戻った。
部屋に戻って湯浴をし、ベッドに入ってお嬢様のことを考えた。
騎士団に警護を依頼したけど大丈夫かな。今頃お嬢様は俺がいなくてさびしがっていないだろうか。もうベッドに入られたかな。などと考えているうちに意識が落ちていった。
翌日も朝早くから出発した。昨夜飲んだエールの影響があったのか、今朝は目が覚めるのが遅くなって朝食を食べている時間がなかったので、宿屋の女将さんに頼んで弁当にしてもらった。
馬車の中で弁当を広げると、パンに野菜と挽肉を焼いたものを挟んでソースをかけたものが入っていた。これは片手で食べられて便利だなと、水筒に入れてもらったレモン水を飲みながら頬張った。
けっこう美味い。ソースが肉と野菜によく合うな、などと独り言を言いながら食べていると、親子連れの子どもがじっとこちらを見ていることに気がついた。
「どうしたボウズ。食べたいのか?」
声をかけると父親が、すみませんと謝ってきた。そして子どもに言い聞かせていた。
「こら、そんなに見てたら食べにくいだろう。邪魔しちゃだめだ」
それでも子どもはチラチラと俺の方を見てくる。なんか食べにくいな。
パンはもう一つあったので、俺は子どもに差し出した。
「ボウズ、これを食べな」
それを見た子どもが、両親が止める間もなくパンをつかんだ。
「こら、離しなさい。それはこのお方のだから」
「嫌だ。もらったんだ」
「かまわないよ。俺は一つで十分だ」
「すみません、ありがとうございます」
その後もしばらく両親に謝られた。
後で聞いたところ、その子も朝起きられなくて朝食を食べてなかったらしい。そりゃ腹減ってるよ。
その後も何事もなく馬車は進んで行ったが、昼休憩を取った後にしばらく行ったところで馬車が急に止まった。
それを合図にしたように、出口付近に乗っていた冒険者2人が急に立ち上がり、辺りの様子をうかがいだした。
「どうしたんだ?」
俺が声をかけてみると、女の冒険者が応えた。
「みんな静かに。どうやら盗賊にかこまれたようね」
馬車の中に緊張感が走る。特に親子連れの家族は子どもを抱えて固くなっている。そんな中俺は、昨日の宿屋で聞いた強盗のことを思い出した。
確か、昨日聞いた話の盗賊団だったら元騎士団の人間がいて結構強いって話だったな。この2人の冒険者って大丈夫なのかな。
そのとき御者の老人の声が聞こえた。
「倒木があってこれ以上進めなくなりました。どうしましょう?」
「周りを囲まれたみたいよ。馬車を止めてから襲うつもりね。あなたは馬車の中に入っていなさい。」
女性の冒険者が御者の老人に指示をして、冒険者2人揃って外に出た。
それを聞いた御者の老人は、慌てて御者席から馬車の中に入ってきた。
これは状況としてはどうなんだろう。あまりお嬢様以外の他人とかかわりは持ちたくないのだが、お嬢様の願いをかなえる前に死んでしまっては本末転倒だ。様子を見て冒険者2人には手に負えないなら、助太刀しないといけないかなと腰の剣に手を添えた。
外の様子をホロの窓からのぞいてみると、盗賊らしき集団が周りから少しずつ近づいてきているのが見えた。全部で15人くらいだろうか。いや、数人、木の影からこちらをうかがっているような気配がある。
冒険者はそこそこ強そうだから人数は問題ないと思うが、盗賊の中に1人だけ明らかに強さが違うヤツがいる。それでも伯爵家の肉団子騎士団長に比べるとまだまだだな。
俺は馬車の入口に近づき、いつでも出られる体勢で外の様子をうかがった。
「お前ら、何の用だ?」
男の冒険者の問いかけに、盗賊のリーダーと思われる人物が応えた。
「全員おとなしくしろ。抵抗はするなよ。抵抗しなけりゃ優しく扱ってやるよ。おい、お前ら馬車に乗っているヤツを全員降ろさせろ」
「つまりお前らは全員盗賊ってわけだな」
「分かっているなら話が早い。お前ら素直に武器を捨てろ」
「それはこっちのセリフだ。これ以上近づくなら、全員命はないぞ」
「ふん。お前こそこの人数差で俺らに勝てると思ってるのか? 刃向かったことをあの世で後悔するがいい」
冒険者と盗賊がにらみ合ったあと、盗賊のリーダーが仲間に声をかけた。
「お前ら、あの冒険者を始末しろ。馬車の中の奴らは生きて捕らえろ。馬には傷つけるなよ、大事な商品だからな。」
この掛け声で近づいていた盗賊たちが、それぞれ手に持っていた得物を構えて冒険者にかかっていった。
女の冒険者は持っていた杖を前に掲げて、呪文を唱えた。
「エアーカッター!」
呪文と同時に杖の先から空気の刃が飛んで、盗賊たちを傷つけていった。
男の冒険者の方は、大剣を振り回して周囲の盗賊を薙ぎ払っていた。
やはり女の冒険者は魔法使いだったか。見た目でそんな気はしていたが、魔法使いの戦いを真近で見るのは初めてだったので、感心して見ていた。
男の方はやっぱり見た目通りって感じで、どうでも良かった。
2人の冒険者は盗賊たちよりあきらかに強く、盗賊たちは冒険者に敵わないと悟ったのか少し距離を開けて動きを止めた。
ここで盗賊のリーダーと思わしき人物が後ろを向いて1人の男にしゃべりかけた。
「この冒険者ら、結構強いですよ。先生、やっちゃってください」
その言葉で、リーダーの後ろに控えていた一番強そうな雰囲気をまとった奴が前に出てきた。
体格がそれほど大きいわけではないが、身体は筋肉で引き締まっており、短髪で精悍な顔つきをしていた。ほほの刀傷が特徴的だが、見た目はどこにでもいそうな若い男だった。しかし、醸し出す雰囲気はあきらかに他の盗賊とは強さの次元が違う。2人の冒険者よりも強そうだ。
「これも約束だからな」
その男はそう言いながら両手に持った二振りの曲刀を交差させて、ゆっくりと前に出てきた。そして男の冒険者に視線を向けた瞬間、一瞬で距離を詰めてきた。
男の冒険者は一刀目をかろうじて防いだが、盗賊の男から繰り出す両刀に押され、見る見るうちに切り傷が増えていった。
その盗賊の男から繰り出される曲刀は変則的だったが、ちゃんと学んだ剣術を元にしていることが分かった。
こいつが昨日宿で聞いた元騎士団員というヤツかな。なかなか腕が立つ。こいつ相手ではこの冒険者達では荷が重い。
女の冒険者は杖を構えたままで、盗賊の男の動きに魔法の発動が間に合わず、ただただうろたえているようだった。
俺は嫌々仕方なく馬車から降りた。そして戦っている2人のところに一瞬で近づき、盗賊の男から繰り出す曲刀を剣で受け止めた。
「うっ! 何だお前は?」
「何で出てきた!」
盗賊の男と男の冒険者の発した声が重なった。
「このままお前がやられたら、この先馬車の護衛に困るからな」
俺は冒険者に向かって言った。
「な!」
男の冒険者は俺の言葉に驚いて動きが止まった。
「こいつは俺が相手してやるから、お前らは他の盗賊を何とかしろ。それから、まだ影に隠れているヤツが2、3人いるぞ」
「なに! ちょっと待て!」
何か言いたそうな男の冒険者をそのままにして、俺は盗賊の男に向かって剣を片手で構えた。
「俺がお前の相手をしてやるよ。めんどくさいから、さっさとかかって来いよ」
「お前が先に死にたいようだな。そんなに強がっていると長生きできないぞ」
そう言って盗賊の男は両手の曲刀を振り回してきた。
盗賊の男が両手で交互に繰り出してくる曲刀を、持っていた剣で受け流しながら、同じ騎士団でもやはり肉団子騎士団長に比べるとそれほどでもないと感じていた。
このまま押していけば勝てるだろうとは思ったが、時間をかけるのも面倒だったので、曲刀を受け流した後少し後ろに下がって間合いを取り、身体強化魔法を発動させた。
地面を蹴った右足の跡が大きくへこみ、一瞬で盗賊の男に近づき剣を横に薙ぎ払った。
盗賊の男は慌てて両刀を交差させて受け身を構えようとしたが、身体強化魔法をかけた俺の薙ぎ払いの速度についていけず、そのまま身体半分を切断された。
この様子を見た盗賊のリーダーは、驚いて口をひらいたままで動きが固まった。
盗賊の男を確認しようと振り向いたところに木の影から射られた矢が飛んできた。身体強化魔法によって強化された俺の動体視力では、矢の速度もゆっくり見える。
難なくかわすと、すぐに小石を拾って矢が飛んできた方向に投げた。相手は避けきれず「うぐっ!」という声とともに動きが消えた。
周りを見てみると冒険者2人は盗賊たちをほぼ制圧しており、残すは盗賊のリーダーのみとなっていた。
盗賊のリーダーは立場が不利だと感じたようで、子分たちをそのままにして逃げようとした。
「くそっ! 覚えていろよ!」
逃がすわけないだろと俺はまた小石を拾って投げつけた。後頭部に小石を強打した盗賊のリーダーはその場に倒れた。