第2話 出発
いよいよ旅に出発します。
翌日、ドラゴン討伐の旅の準備を終えた俺はお嬢様に出発の挨拶に向かった。
「それでは行ってまいります」
「ドラゴンステーキ、楽しみにしているわ。料理長にも練習させておくから」
お嬢様のお見送りを受けて、俺は伯爵家を後にした。
「さて、まずは情報収集だな」
俺がドラゴンについて知っていることはとんどない。
騎士団員や伯爵家の使用人たちにも色々聞いてみたが、俺の知っていることとあまり変わりはなかった。
そもそもどこにいるのかも分からないし、その生態も知らない。ドラゴンの弱点なども知っておかないと、出会ったとしても絶対に討伐されるのは俺の方だ。
俺が知っていることといえば、ドラゴンは群れを嫌っているのでいつもは1頭で生息している。たまにつがいでいることもあるが、稀らしい。人の踏み込まない山の奥地に住処があり、滅多なことでは人前に姿を現さないらしい。もやは伝説の生物だということくらいだ。
俺はとりあえず冒険者ギルドへ向かった。
「はぁ? ドラゴンについて知りたい?」
王都の冒険者ギルドで俺は、受付の女性職員から情報収集をおこなっていた。
「そうだ。何かドラゴンについての情報は無いかな?」
「……ドラゴンのことを調べてどうするの?」
「いや、できれば討伐したいな、なんて……」
「ドラゴン討伐したなんてこと聞いたこともないし、おそらくSランク冒険者でも単独では無理じゃない? それなのにあなた1人で行くつもり?」
「うーん、そうだな。もしかしたら仲間を募るかも?」
「Sランク冒険者なんてほとんどの人が王国のお抱えだから、どうがんばってもあなたの仲間になんてならないと思うわよ」
「そうか……、じゃぁ仕方がない。俺1人で行くしかないか」
「あなたの強さがどのくらいかは知らないけど、死にに行くようなものね」
「やっぱりそうなるかな?」
俺は伯爵家の騎士団以外は知らないから、自分の強さがどのくらいなのかはよく分からない。肉団子騎士団長なら比較になるかな。
「あっ、そういえば教えてくれないか。伯爵家の騎士団にいる騎士団長って、冒険者でいうとどのくらいの強さになるんだ?」
「伯爵家のキャンベル騎士団長ってけっこう有名人よね。ウチのギルドマスターとも知り合いみたいだしね」
やっぱりあの人、けっこう名前が売れているのかな? 外で何やってんだろうな?
「うーん、噂話で聞いただけだからよくは分からないけど、Aランク冒険者には匹敵するっていう話よ」
「そうか、ありがとう」
「あなた、伯爵家とかかわりがあるの?」
「いや、そういうわけじゃないけど、あの騎士団長の噂は聞いたことがあるから、どんなものかなって気になっただけだよ」
「ふーん、そうなのね」
なんとなく冒険者ギルドの受付嬢から疑いのまなざしを向けられている気がするが、しらを切ってとぼけてみた。
冒険者登録をしていないので、俺自身が冒険者ランクでの強さの基準が分からない。伯爵家の肉団子騎士団長の強さだったら毎日の鍛錬で分かっているので、比較するために肉団子騎士団長の強さを聞いてみたが、あの肉団子、やっぱり結構強かったんだな。
純粋に剣の強さだけを考えると肉団子騎士団長がAランクなら、対戦して勝ったことがない俺自身はBランク程度ってところなのかな。
この国で魔法を使える人は数少ない。魔法にも色々特性があり、火魔法や水魔法などの攻撃向きのものや、治癒魔法や光魔法など守りに向いてるもの、そのほかに付与魔法などが存在する。付与魔法の中には自分自身の身体能力を強化する身体強化魔法というものがあり、人に話したことはないが、俺はその身体強化魔法を使うことができる。
肉団子騎士団長との模擬戦では純粋に剣の技量だけで勝ちたいという思いから、俺は身体強化魔法を使っていない。
手を抜いている訳ではないが、この国で使える人は少ないから、身体強化魔法を使って肉団子に勝ってもなんとなくズルをした気分で気が引けたんだよな。
もし身体強化魔法を使って戦うことがあれば、肉団子騎士団長にはおそらく負ける気はしない。
身体強化魔法を使うことを前提とすれば、俺の強さはAランク以上はあるということかもしれないな。それでもやっぱりドラゴン討伐は無理そうだ。
「ドラゴンのことを知りたければ、辺境の町のギルドになら何か情報があるかもしれないわ」
「辺境の町?」
「トマスっていう町があるけど、人の入らない魔境に囲まれているから、魔獣討伐に向かう冒険者が多いところよ。」
受付嬢からこの情報を聞いて、俺はとにかく辺境の町トマスへ向かうことにした。ついでに行き方も聞いておくか。
「そのトマスへはどうやって行ったらいいんだろう?」
「この先の馬車乗り場から乗合馬車が出ているから、それに乗って行けるわよ。馬車で5日ってところだけど、明日の朝に出るはずよ」
「ありがとう、明日行ってみるよ」
「まぁ死なないように気を付けることね」
まぁ普通はそうだろうな。俺もまだお嬢様を残して死ぬつもりなんてない。あの美しいお嬢様を二度と見られないなんて、人生終わったようなものだ。目を閉じると、まぶたに焼き付いたお嬢様の姿が浮かぶ。うん、なんて可憐なんだろう。
その姿を受付嬢が引き気味に見ていた。
旅支度は伯爵家ですでに準備しているから今更することはないが、時間が空いたので王都の雑貨屋や武器屋をまわってみることにした。
基本的に伯爵家ではほとんど休みがないので、一人で王都をめぐるって久しぶりだ。
目についた武器屋に入ってみたが気になるような剣などは置いていなかった。装飾などで飾られたものが多く、実用的な武器は数少ない。式典や装飾品としてのものが多いように感じた。
うろうろしているうちに夕刻に近くなってきたので、大通りに面した食堂で食事を済ませてから冒険者ギルドの受付嬢に教えてもらったお勧めの宿屋に向かうことにした。
「ここかな?」
大通り沿いにあった、熊の看板が出ている宿屋にやってきた。入口のドアを開けて中に入ると、ドアの上に付けていた鈴が鳴った。
「カランカラン」
鈴の音を聞いて、宿の奥から女性が出てきた。
「いらっしゃいませ。お客様、今日はお泊りですか?」
「そうだ。明日の朝の馬車に乗りたいんだ」
「分かりました。朝食はどうされますか?」
「もちろん食べて行くよ」
「それでは1泊1500ギラになります」
俺は銅貨5枚を受付机の上に置いた。
「ありがとうございます。それでは、お部屋は2階に上がって突き当りになります。夕食は宿の食堂をご利用ください」
俺は宿屋の部屋に入って、部屋のほとんどを占めている大き目のベッドに腰をおろした。
部屋の中にはベッドと小さなテーブルと椅子があるだけだがきれいに掃除されているようで、ベッドのシーツもしわ一つなく整えられていた。
「ふうっ、この先どうなるんだろうな? まぁ考えても仕方がないし、明日は早いからもう寝るかな。今頃お嬢様もそろそろご就寝の時間かな? お嬢様、おやすみなさい」
翌朝は窓から差し込む朝日で目が覚めた。
伯爵家のベッドより粗末だったが、身体も痛くないしよく眠れた。
宿屋の裏手の井戸で顔を洗い食堂に行くと、もう何人かの客がテーブルに座って朝食を取っていた。
俺も空いているテーブルに座ると、昨日受付をしてくれた女性がキッチンから出てきた。
「はい、どうぞお召し上がりください。おかわりが必要なら声をかけてくださいね」
女性が持ってきたトレイには、スープとパン、それに炒め卵とふかしたポテト、コップに入ったレモン水があった。
レモン水はよく冷えていてのど越しが良かった。パンは少し硬めだったが、コーン味のスープによく合う。卵もジャガイモも美味しかった。
伯爵家の朝食と比べると質素だったが、これはこれで美味かった。
「ごちそうさま」
キッチンに声をかけて部屋に戻った後、荷物をまとめて宿を出た。
馬車乗り場にやってくるとすでに数台の馬車が待機していたが、トマス行きの馬車はすぐに見つかった。
業者席に座っていた老人に行き先を確認した。
「トマスに行きたいんだけどいいかな?」
「はい、いいですよ。お一人8000ギラになります。後30分程で出発しますので、準備が良ければ馬車に乗って待っていてください」
俺は特に準備することもないので、金を払ってそのまま馬車に乗り込んだ。
乗客は他に3人いて、小さな男の子を連れた家族のようだった。
目が合うと父親らしき人が軽く会釈をしてきたのでそれにこたえて、その家族の向かい側に腰をおろした。
馬車は2頭立てのホロ付きで、中の座席は両側に向かい合うように設置されており、最大10人くらいは乗れそうな大き目のものだった。これなら雨が降っても大丈夫そうだな。
出発直前になって冒険者と思われる2人連れが入ってきた。
1人は背中に大剣を背負い筋骨隆々とした大男だ。もう1人は杖を持ってローブを着た小柄な女性だ。2人とも俺より少し若いかなという感じだったが、どうやらこの馬車の護衛として同乗するらしい。
男の方は馬車に入ってくるなり乗客をぎろりと見渡して、何も言わず出口のすぐ横に座った。女の方はフードで顔が良く見えないが、そのまま男の向かい側に腰をおろした。
目的地のトマスまでは途中の町や村を経由しながら、5日後に到着の予定だ。
最初の1日は特に何事もなく、途中の休憩のときに同乗した親子連れと少し話をしたくらいで、あとはのんびりと移動した。
馬車が2頭立てということで移動速度は結構早く、外の景色は流れるように過ぎていく。他にすれ違う馬車もほとんどなく、俺はホロの窓から外の景色をぼんやり眺めながら、今頃お嬢様は何をされているかなと考えていた。
ちなみに2人連れの冒険者とは全く会話していないし、その2人が誰かとしゃべっているのも見ていない。なんか暗そうな連中だな。