第1話 始まり
全15話程度の予定です。
アメルダスタ王国はこのアース大陸の約3分の1を占める領地を有しており、圧倒的な軍事力で実質的に周辺国の盟主として地域の安定に寄与している。
周辺地域の状況は比較的安定しており、この100年ほど国家間での戦争はおこったことがない。
このアメルダスタ王国には公爵家と伯爵家が二大勢力として存在し、両家の当主はともに先々代国王の血を引いており、ともに王位継承権を持っている。さらに、それぞれの家には次世代を期待される跡継ぎが存在しており、世代も近いことから仲が良いと噂されている。
このことからもアメルダスタ王国内は安定しており、現王も政治的にも健康面でも問題がないことから、アメルダスタ王国を盟主とした地域の安定は当面揺るぎないと思われている。
俺は伯爵家に仕えて今年で10年目となる。
代々伯爵家に仕える使用人が多い伯爵家の中では、まだまだ新参者の域を出ることはない。
伯爵家では現当主の娘であるお嬢様の護衛としての仕事を与えられており、常にお嬢様の近くにいてお嬢様の安全を第一として、お嬢様が安心して過ごせるように警護している。
お嬢様には2人のお兄様がおり、お二人ともお嬢様のことをずいぶんとかわいがっておられる。お嬢様は末娘ということもあってか、伯爵様も奥様もお嬢様をとてもかわいがっておられ、お嬢様は生まれた時からなに不自由なくお暮しになられている。
10年前、当時15歳だった俺が5歳のお嬢様とお会いしたとき、その天使のような可憐なお姿を見て、雷が落ちたように感じた。一生このお嬢様にのために尽くすのだと心に誓ったのだった。
大きくなられたお嬢様は今もなお最初にお会いした当時と変わらず、可憐で神聖な存在である。天真爛漫で少しわがままなところもあるが、それも含めてお嬢様の魅力なのだ。
今日もお嬢様はいつもと変わらずお美しい。そのお姿を傍で毎日みられることに喜びを感じながら、今日もお嬢様の警護の任につく予定だ。
伯爵家の屋敷の中に危険があったことはないため、本当に警護が必要なのは外に出るときだけなのだが、お嬢様と一緒にいられることが俺の生きがいなのだ。
今日もお嬢様は、毎日の日課である朝のお勉強を終えた後、伯爵夫人、つまりお嬢様のお母さまとのお茶会の予定となっている。
勉強の時間は講師がついており警護も必要ないので、俺はその間、伯爵家騎士団に交じって毎日鍛錬をしている。
鍛錬は基礎トレーニングの後、団員同士での模擬戦を毎日おこなっている。
俺は今日も肉団子のような全身筋肉で、頭の中まで筋肉が詰まっているような脳筋肉団子騎士団長を相手に模擬戦をおこなっていた。
俺は騎士団の鍛錬に毎日参加しており、団員との模擬戦でも最近では負けたことがない。だが、騎士団長だけは別格である。
騎士団長は騎士団で最強の存在であり、俺も毎日模擬戦をしているが、今まで一度も勝ったことがない。
「今日も楽しませてくれよ」
「くっそぉ。今日こそは1本取ってやりますよ!」
騎士団長はそんな俺にニヤッと笑って模擬戦用の大剣を向けた。
俺も模擬戦用の両手剣を中段に構えて騎士団長と対峙したが、やはり騎士団長には隙が無い。
騎士団長はあの鋼のような筋肉モリモリの肉体で、力が人並外れて強く、しかも体格に似合わず動きが早い。
しかしあの肉団子、いくら何でも筋肉があれば良いってもんじゃないだろう。おまけに脳みそまで筋肉でできているかのような典型的な脳筋タイプだ。いつも熱血で、模擬戦でもグイグイと体力で押し込んでくる。
俺も負けないように強くなりたいと鍛錬しているが、騎士団長のような筋肉マッチョは遠慮したい。細マッチョを目指しているからな。お嬢様の護衛に筋肉マッチョは似合わない。
俺は騎士団長が身体を横に寄せたその隙を狙って、地面を蹴って間を詰め剣を横に払った。
騎士団長は大剣を片手で軽々と振り回し、俺の剣を受けた。
「くっ!」
余裕だな、騎士団長。俺の両手剣を片手で軽々と受け止めてやがる。ホント、嫌になるくらい馬鹿力だな。
「次はこっちから行くぞ」
騎士団長は大剣で俺の剣を跳ね上げて、そのまま上から振り下ろした。
あぶねっ。ぎりぎりかわした。あんな筋肉の塊が振るう剣をまともに受けられるわけないだろ。
大振りの剣をよけて、持っていた剣を下から騎士団長に向けて振り上げた。
「ガキン!」
騎士団長は無理やり大剣で受け止めた。騎士団長との力比べでは分が悪いので、俺はすかさず後ろに下がって体勢を立て直した。
「今のは危なかったな」
何言ってんだ、結構余裕そうに見えたぞ。心の中で悪態をつきながらすぐに突きを繰り出した。
「ガキン!」
これも受けるか。騎士団長は受けた大剣で俺の剣を弾き、そのまま横に薙ぎ払った。俺はかろうじてこれをかわし、騎士団長の死角に飛び込み剣を払った。騎士団長は剣に構わず俺に体当たりをし、俺の体勢が崩れたところに大剣を振り下ろした。
結局、今日も騎士団長には勝てなかった。
「お前もけっこう強くなったな」
「まだまだですよ。騎士団長には勝てる気がしません」
「俺が負ければ騎士団長をお前にやってもらわんといかんからな」
「俺にはお嬢様の警護という大事な役目がありますから、騎士団はお断りします」
「まぁそう言うと思ったよ。だが、お前は副団長よりよっぽど強いからいつでも歓迎するぞ」
「ありがとうございます」
肉団子騎士団長との鍛錬を終えた俺はお嬢様のところに向かった。
お嬢様はちょうどお勉強を終え、これから伯爵夫人とのお茶会に向かうところだった。今日のお嬢様は赤いドレスに身を包み、長いストレートの金髪に付けた黄色いリボンがよく似合っている。
お嬢様は俺が遅くなったことにご立腹のようで、幼さの残る顔で俺を睨んだ。
「シゲル! 遅いわよ」
「申し訳ありません」
「行くわよ。お母さまを待たせるわけにはいきません」
「はい。ご同行いたします」
この会話もいつものことだ。お嬢様は少しきつくおっしゃられるが、俺が来るのを待っていたからに違いない。やはり、俺はお嬢様にとっていなくてはならない存在なのだ。怒ったお嬢様の顔もかわいらしい。
俺はお嬢様に伴われた侍女に続いて、伯爵家の庭園に向かった。
お茶会はいつも伯爵家の庭園で、伯爵夫人とお嬢様の2人で王国最高級の紅茶をお召しになられる。お茶菓子はいつも社交界で話題になっているという品らしい。庶民には手が届かないような高級品ばかりで、俺は食べたこともない。
俺はいつものようにお嬢様の左斜め後ろに控え、いつでもお嬢様をお守りできるよう周囲への警戒をしていた。今日の話題は、先日公爵家で開催されたプライベートなお茶会にお嬢様が招待されたときのお話のようだった。
「でね、シャルレ様は最近バラの花を好まれていて、公爵家の庭園に咲く青いバラがとても綺麗だとおっしゃられていましたわ。お母さま、うちには青いバラは無いのですか」
シャルレ様というのはお嬢様の仲の良いお友達で、公爵家のお嬢様だ。年齢も近く、お嬢様はシャルレ様を姉のように慕っているらしい。
「そうなのね。うちの庭園にもバラは咲いているけど、青いバラって見たことないわね。今度庭師のデレクに聞いてみようかしら。何か分かるかもしれないわね」
伯爵夫人もお嬢様には甘いようだ。
お二人の会話に少しだけ耳を傾けながら、お嬢様と初めてお会いしたときのことを思い出していた。あのときのお嬢様は天使のようにかわいらしかったな。いや、今でも天使のようだけど、などと考えていると突然お嬢様から話を振られた。
「シゲル。あなたは今からドラゴンを狩ってきてちょうだい!」
「はっ?」
「聞いてなかったの? シャルレ様がこの前ドラゴン肉のステーキを召し上がって、とても美味しかったっておっしゃられていたのよ。シャルレ様が召し上がられたのなら、わたくしも絶対に食べてみたいの。きっととても美味しいに違いないわ」
「私がドラゴンを、ですか?」
「そうよ。騎士団はお父様の指示がないと動かせないけど、シゲルならわたくしの一存で構わないのよ」
それを聞いて、そっと伯爵夫人に目を向けた。
「この子の願いをかなえてあげて」
俺は「ふうっ」と小さなため息をついた。
「かしこまりました。このシゲル、お嬢様のためにドラゴンを狩ってまいります」
深々と頭を下げて礼をしたが、心の中では疑問符がついていた。
「ドラゴンって討伐できるのか? いや絶対に無理じゃないかな。ドラゴンなんて見たことないし俺の力じゃ絶対無理でしょ」
そうは思っても、お嬢様の命令は絶対なのだ。ここでノーという返事は有り得ない。
「それでは、早速これから準備をします。ドラゴンを討伐するために何日かかるかは分かりませんが、その間、お嬢様の警護は騎士団にお願いしておきます」
「ちゃんとドラゴンを狩ってくるのよ!」
「シゲルさん、お願いね。必要な経費はバトラーに相談してね」
相変わらずお嬢様は手厳しい。伯爵夫人のやさしさが心にしみるな。
次回、討伐の旅(?)に出発です。(毎日投稿する予定です)