道先6
一番星の帰り道
「今日がある事が当たり前ではない」
そんな事は理解しているけれど、特別な事とそうでない事の本質を底まで理解する事は難しい。
俺の価値観とそいつの価値観は違うのは当然だ。
この当然と言う言葉はあまり好まないが、違いが歴然としている事柄に関しては使うのも吝かではない。
当たり前にある事は、いつ、誰が、どの概念によって生み出したのかそれは分からない。
学んだ訳でも無く、いつの間にか定着してしまっている事柄である。
偉人が言うには、誰それがこうで、泳ぎ方を教わる子イルカのように親やその前の世代から脈々と受け継がれてくる。それを誰しもが当たり前として過ごしているのだ。
定義付けと言うのは厄介だ、と思うが……その実、それを正義を振りかざしつつ強要してくる輩の方が尚又面倒なのである。己が世界の中心に居て、他の有象無象は須らく言う事を聞く事が正解。
己は100で他は0。比べるまでもないと鼻で嗤う。
「俺は俺で行く事を選んだ。前へ進む」
「この俺様が、お前の為を思ってわざわざ提言してやっているのだ。ありがたく思いこそすれ、なんだその態度は」
「お前はお前の世界で生きるといい」
「不幸になるぞ」
「自分の幸も不幸も己で決める」
「世迷言を、ならば良い。勝手にしろ、必ず不幸になるだろう。その時泣いて縋ってこようとも跳ね退けるから覚悟をして出る事だ」
「それでいい、二度と戻らん。じゃあな」
後ろから降り注ぐ罵詈雑言は、扉を出ても暫く放たれた。中には気に病む者も居るのであろう。
それは流れる風の如く受け流し、言わせたい者にはそのままで良い。同じような熱を持って返すだけの価値を見出せるのなら意見の交換でも楽しいひと時になるだろうが、己の狭い価値観の中で生涯を過ごす輩とそれをしようものならば、生ある人間全てに与えられていると言う【金の砂時計】が無駄に流れ落ちる事になる。
然らば、そう言う輩とは早々に袂を分かち己の時間を生きるべし。
夜空から落ちた一番星の迷い仔は帰り道が分からず泣いている。
手を引いて、共に探そうと誘い出す。
項垂れたまま、ようよう立ち上がり力なく一つ首肯した。
「さぁいこう、道中は必ず守り抜くと約束しよう。お前が帰るべき場所へと辿り着けるまで共に在ろう」
ほんの僅か顔を上げた星の仔は、こちらに瞬いてみせた気がした。
少し毛色の違う道先シリーズでした。
強要される事は、割と世の中多いと思います。
苦しくなって、息が出来なくなってまでそこに居る必要はきっと無い。皆さんの金の砂時計、大切にしてくださいね。