93.【サーシスの傷跡10 実験開始】
拷問回ではありませんが、残酷な描写があります。ご注意ください。
ミッシェルさんに言われて屋敷の玄関に向かうと、ミルキアーナ男爵がいた。その横では、従者が材料を運んでいる。久しぶりに会ったミルキアーナ男爵は少しやつれて見えた。
「久しぶりだな、アレン殿。ミーナは元気か?」
「お久しぶりです、ミルキアーナ男爵。ええ、ミーナ様はお元気ですよ」
「そうか……」
ミルキアーナ男爵は素っ気ない返事をする。
(自分で聞いておいて……相変わらずツンデレだな)
「……ミッシェルから聞いている。新技術の開発に『あれ』が必要らしいな?」
「ええ。他に適した材料が思いつかず、ミルキアーナ男爵にご依頼させて頂きました。ご足労をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「構わん。『あれ』の監視は私の仕事だ。それに、私はこの近辺にいたからな」
「そうなんですか?」
ミッシェルさんが連絡してから材料が届くまで時間がかかったので、てっきり遠くにいたのだと思っていた。
「ああ。私は私で被害者の家を回っていたのだ。『あれ』を連れてな。時間がかかったのはそのためだ」
そう言えば、以前、ミルキアーナ男爵は『あれ』に『ふさわしい報い』を受けさせると言っていた。
「なるほど……そちらは終わったんですか?」
「ああ、昨日で1周したところだ。本当は今日から2周目が始まる予定だったのだが、貴殿に預けた方が『ふさわしい報い』になるだろうからな。見学しても良いか?」
「もちろんです」
従者が材料を地下に運んでくれたので、俺達も地下に向かう。地下ではミッシェルさんが『開発』の準備を進めていた。
「ミルキアーナ男爵、よう来てくれはったな」
「アナベーラ会頭、待たせたな……ここは相変わらずのようだ」
「そう言わんといてぇな。今回の『人体実験』にはぴったりの場所やないの」
「『人体実験』? 何を言っている? ここで行うのは『人体実験』等ではなく普通の『実験』だろう? そう聞いて私は『あれ』を持ってきたのだぞ」
「あはは。せやったな。アレンはん、『材料』はあそこや。回復魔法を使う時にはこのボタンを押したらええ。その他に必要なもんがあったら何でも言うてくれや」
「はい! ありがとうございます!」
ミッシェルさんが指さした先には『材料』が赤いマットの上で固定されていた。その隣にはクリスと母さんもいる。これで準備は整った。
「よし! それじゃ始めよう」
俺は『材料』となったサーシスを見る。
数日ぶりに見るサーシスは、かろうじてサーシスと判断できるものの、無事なところを探すことが難しいほど、ひどい状態だった
顔面の大半は焼けただれていて、眼は片方つぶれている。鼻と耳があるべき場所には引きちぎられたような傷跡があり、唇もなくなっていた。前歯もほとんど折られていて、口内を焼かれた後も見える。
両手も火傷の痕があり、7本の指が折られ、3本は指そのものが無かった。服の下がどうなっているかは見るまでもないだろう。
そんなサーシスを見ても同情や憐みの念は全く浮かんでこない。これなら問題なく『開発』出来そうだ。
改めてしっかりと『材料』を見る。
(なるほど。『ふさわしい報い』を受けたみたいだな。とはいえ、ちょっと困ったぞ……)
今回の『開発』を行うためには、無傷な皮が必要だ。どこかに無傷な部分があればいいのだが、『材料』の全身をくまなく探すのは憚られたため、ミルキアーナ男爵に聞いてみる。
「すみません。無傷な皮が欲しいのですがどこかないでしょうか?」
「ん? ああ、それなら腹のあたりを見てみろ。殴られてはいたが、傷は無いはずだ」
「なるほど! ありがとうございます」
『材料』の服をめくりお腹を確認すると、青あざはあったが皮に傷はなさそうだ。
「これならいけそうですね。それじゃ『開発』を始めます! まずは――」
今の『材料』には傷はあるが、傷跡はあまりない。そのため、全身に回復魔法をかけて傷を治す必要がある。
俺が回復魔法発動のためのボタンを押すと天井から光が降り注ぎ、『材料』を照らした。
「ぎゃー!!!」
それまで静かだった『材料』が悲鳴を上げる。眼を見開いて驚愕の表情を浮かべていた。
(ミッシェルさんから聞いていたけど、魔道具を使った回復魔法ってこんなになるのか……)
強い不快感があるとは聞いていたが、こんなになるとは思っていなかったので、驚いてしまう。だが、まだまだ傷が残っていたので、俺はボタンを押し続ける。
「ああぁぁ!! なぜだ!? 赤の上にいるのに!? なぜだぁ!!」
何を言っているのか分からなかったが、サーシスの傷が治るまで回復魔法をかけ続けた。傷が『傷跡』になったことを確認して、俺はボタンから手を離す。
「はぁ、はぁ、はぁ……な、なぜだ……なぜアレが……うぅ……」
愕然とするサーシスの声にわずかに自分の中の良心が痛んだが、あれは『材料』だと言い聞かせる。
「頬の火傷の痕がちょうどいい大きさかな。母さん、まずはここで『実験』してみよう。『材料』の頬の火傷とお腹の皮を同じ大きさに切り取って。厚さはどっちも0.5ミリくらいで」
「分かったわ」
「ま、待て! 貴様ら何をする気……ぎゃー!!」
母さんが小型のナイフで『材料』のお腹と頬の皮を切り取った。俺はすかさず頬にお腹の皮をあてて回復魔法発動のボタンを押す。
「痛い、痛……ぐ、ぐぁぁああーー!! やめ、やめてくれ! 頼む! ぐぅぅううう」
『材料』が何かを騒いでいるが無視する。
本番では被害者達に苦痛を与えるわけにはいかないので、痛みを和らげる必要があるのだが、それは、シャル様が来てから対応する予定だ。
「これは……失敗だね」
「そのようね」
お腹の傷は回復魔法で元通りになったが、頬はあてたお腹の皮がボロボロに崩れていて、元の火傷の痕が見えた。
「皮が薄すぎたみたい。もう少し厚くして『実験』してみよう」
「分かったわ」
「待て! 貴様らまさかこれを繰り返す気か!? 何を考えている!? 正気じゃないぞ!? 待て、待てと言って……ぐ、ぐぁぁああー!!!」
再び『実験』してみたが、またしてもお腹の皮が崩れてしまう。
「まだ薄いみたいだね。次いこう」
「了解」
「ま、待て……頼む、待ってく……ぎゃぁぁああー!!!」
その後も何度か『実験』を繰り返したが、皮がぽっぺに定着することはなかった。
「ダメだ……これじゃ今後はお腹に傷跡が残っちゃう」
お腹の皮を厚く切りすぎたため、回復魔法を使っても傷跡が残るようになってしまったのだ。
「厚さはこれが限界ね……どうする? 頬の方をもっと厚く切ってみる?」
「……いや、火傷の痕は切り落とせてるから、これ以上深く切る意味はないと思う。問題は当てる皮の方だ。身体が正常な皮だって認識してないみたい……」
(くそ、ダメか? 何が違う? DNAとかゲノム配列とかか? そんなのどうしようもないぞ…… でもこれができないとあの子達が……)
「ぐ……がぁ……あぐ……き、貴様ら……いい加減に……」
「ああ! もう! うるさいな! お前は黙ってろよ!」
雑音がうるさくてついサーシスに怒鳴ってしまった。
「……アレン、少し休憩にしましょう」
「何言ってるのさ、母さん。休んでる暇なんて――」
「――今のままじゃ効率が悪いわ。私も疲れたし少し休みたいの」
「アレン。わたくしも疲れたから少し休みたいな」
「せやな。ここは空気も重い。一度外に出てリフレッシュしよや」
母さんだけでなく、クリスやミッシェルさんまでもが休憩を勧めてくれたおかげで少し冷静になれた。
(母さんがこの程度で疲れるわけない……気を遣ってくれたのか……)
「……そう、だね。母さんごめん。皆もありがとうございます。少し休憩に……って、あ、あれ?」
「――アレン!」
外に向かって歩き出そうとしたが足に力が入らずもつれてしまう。
「っと……大丈夫か?」
転びそうになった俺をミルキアーナ男爵が支えてくれた。
「す、すみません。足が……」
「気にするな。ほら、行くぞ」
ミルキアーナ男爵に支えられて屋敷の外に出る。そこはちょうど昨日、皆で竹とんぼで遊んだ場所だった。
「うっ!」
突然、吐き気が込み上げてくる。日常を思い出して、殺していた心がよみがえってしまったのだ。こらえきれずに吐き出してしまう。
「ぅえぇぇ……ぅぅう……ぅえっ」
「アレン! 大丈夫ですか」
クリスが心配して駆け寄ってきてくれる。
「お、俺は……俺が……」
「アレン。ほら水よ。まずは口をゆすぎなさい」
こうなることを予想していたのか、母さんが水を手渡してくれた。受け取った水で口をゆすいだが、心から込みあがってくるものを止めることが出来ない。
「うぅぅ……俺……俺が……サーシスに……」
あれは『材料』だと思い込もうとしたが、無理だったようだ。『実験』をするたびに封じ込めていた思いがあふれ出す。
「やめてくれって……サーシスが……でも、当然の報いだから……因果応報だって……俺……俺……」
「大丈夫。大丈夫ですよ」
クリスが優しく抱きしめてくれる。冷え切った心が暖められていくのを感じた。
(ひふっ! はっ! は! はぁー……はぁー…………ふー。落ち着いてきた……かな?)
パニックになりかけていた頭に冷静な思考が戻ってくる。
(そうだ、もとはと言えばあいつが悪いんだ。あいつが犯した罪に苦しむ人を救うためにあいつがどれだけ苦しもうが知った事か! 大事なのはあの子達だ!)
「……ありがとう、クリス。もう大丈夫だ」
「アレン、無理は禁物です。もう少し休まれた方が……」
「大丈夫だよ。『開発』はまだ全然進んでないんだ。頑張らなきゃ」
いまだに皮を定着させることが出来ないのだ。のんびり休んでいる場合ではない。
「それなんですが……わたくし、一つ思いついた事があります」
「思いついた事?」
「ええ」
クリスは自分のお腹を見つめてから言った。
「お腹の皮って……生物ではないですよね?」
今日はここまでです。
明日も引き続き、『開発』を行っていきます!
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