92.【サーシスの傷跡9 3つ目】
「わ! 凄い! 本当に飛んでる!」
「ユリちゃん!? あれ、もうそんな時間!?」
いつの間にか、被害者達を訪問していたはずのユリ達が帰ってきていた。竹とんぼに夢中になりすぎて時間を忘れていたらしい。
「なんや、あんさんら……もしかしてずっと遊んどったんか?」
「ち、違いますよ! これは……耐久テスト中です!」
「ほぉ、耐久テストなぁ。それなら3人もいらんやろ?」
「そ、それはその……って3人?」
「あんさんとアレンはんとクリス様や」
「え? あれ? ミケーラは?」
先ほどまで4人で遊んでいたはずだが、いつの間にかミケーラさんがいなくなっている。庭を見渡していると、屋敷の方から書類を手にしたミケーラさんがやってきた。
「アレン様、量産体制ですが、こちらでよろしいでしょうか?」
「え? あ、はい。確認しま――」
「――ミケーラ!? さっきまで一緒に遊んでたのに!?」
「何を言ってるの馬鹿姉? 私はちゃんと仕事してたわよ? (耐久テストしながら)ボソッ」
最後のつぶやきは俺にしか聞こえなかったようだ。
(うわぁ……)
以前、ミッシェルさんがミケーラさんを『腹黒女』と呼んでいたことを思い出した。
「そんなぁ……」
「はぁ……まぁええ。それで? 竹とんぼと車椅子は完成したんやろな?」
「そ、それはもちろんです!」
「ねぇねぇ、私も飛ばしていい?」
「ぼ、僕もやってみたい……です」
ユリに続き、バミューダ君も竹とんぼに興味津々なようだ。
「あ、じゃあこれで遊んでて! クリス様、ちょっと手伝ってください! パーツはあるので、後4つは作れるはず!」
「分かりました!」
マリーナさんがクリスを連れて屋敷に戻っていく。
「……やっぱり遊んでたんやな」
マリーナさんの後姿を見ながら、ミッシェルさんがつぶやいた。
「あはは……まぁ頑張ってくださいましたから」
実際凄いと思う。設計図を渡した翌日にはサンプル品を作ってくれたし、指摘箇所も翌日には修正してくれたのだ。
「分かっとるよ。普段のあの子の腕はわても認めとる。腕だけならこの国でも一二を争うレベルや。……本人には内緒やで? 調子乗ると面倒やからな」
「……そうですね。分かりました」
その後、マリーナさんが4つの竹とんぼを持って戻ってきたので、夕食の時間まで皆で竹とんぼで遊んだ。
途中でユリが竹とんぼを1つ持って屋敷に入って行く。少しすると戻ってきたので、何をしていたか聞くと、手の中の竹とんぼを見せてくれた。
「独楽みたいに羽根に色を付けてみたの!」
ユリが持っていた竹とんぼの羽根はカラフルに色分けされていた。その竹とんぼを飛ばすと、何重にもなったカラフルな輪が出来る。
「綺麗!」
「流石ユリだな」
「凄い……」
皆の評価も上々だ。せっかくなので、他の4つにも色を付けてもらおうとしたが、ミッシェルさんに止められる。
「そろそろ夕食の時間や。ユリちゃんも疲れてるやろうし、続きは明日にしぃ」
「分かりました!」
もっとしぶるかと思ったが、大人しく引き下がった。ユリも疲れていたのかもしれない。
皆で食堂に向かい、夕食を取る。
「いやーアレンの作る娯楽品は昔から画期的だったけどあれは凄いな。まさかあんな簡単に空飛ぶおもちゃが作れるとは……」
「そうね。リバーシといい独楽といい、ほんとよく思いつくものだわ」
父さんと母さんがべた褒めしてくれるが、俺は前世の偉人たちが作った物をマネしているだけなので、そこまで褒められるとむず痒い。
夕食を終えると、父さんが真面目な顔で聞いてくる。
「残るは3つ目か。整形っていったっけ?」
「うん。回復魔法を使って『整形』して、傷跡を消すんだ」
俺が開発したかった3つ目。それは『整形の技術』の確立だ。この世界には回復魔法があるため、大怪我をしても助かる可能性は高い。しかし、傷口を整えるという概念が無いため、治療後は傷跡が残ってしまう。
回復魔法はあくまで、身体の回復を促す魔法だ。命が危ぶまれる程の大怪我を治すことはできても、身体が回復しきったと判断してしまった『傷跡』を治すことはできない。
「傷跡を消す、か……そんなこと考えもしなかったな」
「でもこれが出来たら凄い事だわ。私の友達にも傷跡に悩まされている子は多いもの」
身体強化魔法があるこの世界では女騎士も珍しくない。それも、貴族令嬢の護衛のためのお飾りの騎士ではなく、実戦で戦う騎士だ。当然、怪我をすることも多く、回復魔法を使っても、傷跡は残ってしまう。
「そうだな……だがアレン。実際の所、出来そうなのか?」
「分からない。……でもやるんだ」
「……そうか、分かった。無理はするなよ? 何かあったら遠慮なく言え。母さんだけじゃなく俺も手伝うぞ」
「うん、ありがとう。母さんもよろしくね」
「ええ、任せて」
母さんにはすでに『開発』を手伝って欲しいと伝えてある。俺では出来そうにない事があったためだ。
(大丈夫。母さんも手伝ってくれる。大丈夫だ。大丈夫……)
覚悟を決めたつもりだったがどうしても不安が頭をよぎる。
「大丈夫ですよ。アレン様ならきっと――」
「――ミケーラ!」
俺の不安を察したミケーラさんが俺を慰めようとしてくれたが、マリーナさんが遮る。
「姉さん? なんですか? 急に大声出して……」
「いいから! アレン君、無理しなくて大丈夫だからね?」
「な、何を言ってるんですか!? アレン様に頑張ってもらわないと――」
「――黙りなさい!」
被害者達を救いたいミケーラさんをマリーナさんが一喝した。普段の様子からは想像できない剣幕にミケーラさんがたじろぐ。
ミケーラさんは気付いていないようだが、マリーナさんは気付いてるのだろう。『開発』が何を指しているのかを。
「マリーナさん、ありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ」
「アレン君……でも……」
「大丈夫です。覚悟はできてます」
マリーナさんの気遣いは嬉しいが、もう決めたことだ。
「大丈夫ですよ。アレンはわたくしが支えます。『開発』にはわたくしも立ち会いますからね?」
「クリス!? でも……」
「大丈夫です。分かってますから」
クリスは俺が何をするつもりなのか、分かっているようだ。その上で支えると言ってくれた。
「……ありがとう。助かるよ」
「気にしないでください。婚約者なんですから。アレンもわたくしに甘えていいんですよ?」
「あはは。そうだね」
クリスの申し出には驚いたが、正直ありがたい。どうなるか分からないが、クリスがいてくれることは間違いなく、心の支えになるだろう。
まだ不安は残っていたが、皆のおかげで大分気持ちが楽になった。いよいよ正念場だ。明日に備えて早めに就寝する。
翌朝、ミルキアーナ男爵が材料と一緒に屋敷にやってきた。
次回は拷問回ではありませんが、残酷な描写があります。
苦手な方はご注意ください。