86.【サーシスの傷跡3 決意】
前話に引き続き、残酷な描写、心を抉る表現等があります。
苦手な方はご注意ください。
次に家に向かう道中、クリスに話しかけられる。
「アレンもケイミ―ちゃんのお父様とお話しされてましたね」
「『も』ってことは、クリスも?」
「ええ。お母様とお話ししました」
俺は気気付かなかったが、クリスもお母さんと話していたらしい。
「泣かれてしまいました。『どうしてもっと早く助けてくれなかったんだ』って」
「クリス……」
ケイミ―ちゃんのご両親はクリスが子爵令嬢であることを知らない。お母さんもクリスを責めるつもりはなかったのだろう。だが、その言葉は、クリスの心に突き刺さったはずだ。
「わたくしも泣いてしまいました。わたくしにその資格はないのに……」
「そんなこと……」
「そしたらお母様にお礼を言われたんです。『娘のために泣いてくれてありがとう』って」
クリスが震えている。その眼には涙が浮かんでいた
「わ、わたくしが……も、もっと、ちゃんと、して、いたら……ケイミ―ちゃんは……ケイミ―ちゃんは!」
「クリス!」
こらえきれなくなったのか、とうとう泣き出してしまう。
「クリス様だけの責任やない。わてやミルキアーナ男爵、ブリスタ子爵にシャル様。皆の責任や」
「ミッシェル様……」
「前にも言うたけど、過去は変えられへん。せやから今できることをやるんや」
「……そう……ですね」
「辛い役目を任せちゃって申し訳ないわ。でも、これはクリス様とアレンにしかできないことなの」
「イリス様……」
「私達じゃ被害者を怖がらせてしまう。ユリちゃんやバミューダ君では精神的に耐えられない。貴方とアレンだけが頼りなの」
「……はい」
「アレン、お前も辛いだろうが、頑張れ。お前がクリス様を支えるんだぞ」
「分かってるよ、父さん」
見栄を張ってそう答えたが、正直かなりきつい。まだ、1人しか会っていないが、かなり心労が溜まっていた。
今回の件で後遺症に悩まされている人は、後18人いる。会う順番はミッシェルさんにお任せしているが、後遺症の重い人から順番にしているそうだ。
特に今日は後遺症の重い5人の被害者を訪問することになっていた。残り4人。何とか心を保たなければならない。
その後も俺達は被害者達に会っていった。
2人目に会ったライリーちゃんは口が腫れて前歯もほとんど抜けていた。サーシスに何度も顔面を殴られて、抜けてしまったそうだ。未だに流動食しか口にできず、歯が生えたら大好きなお肉を食べたいと、しゃべりにくそうにしながらも、一生懸命話してくれた。
3人目に会ったリーシアちゃんは両足が切り落とされていた。走るのが得意な子で、サーシスに捕らわれた時、走って逃げようとしたため、切り落とされたしい。両親に抱きかかえられたまま、楽しそうに独楽を回していたが、時折、涙を流していた。
4人目に会ったアーネストちゃんは手の指が歪な形をしていた。サーシスとゲームをした結果らしい。1本ずつ指をハンマーで砕いていき、ギブアップした時に残っていた指の本数分、子供を殺すと言われたそうだ。必死に耐えて、手に無事な指が無くなった後に『終わりか』と聞かれ、『終わり』と答えたら、サーシスに『それじゃ、足の指10本分な』と言われて目の前で10人の子供が殺されたらしい。俺達に『足の指を残してごめんなさい』と、謝っていた。
5人目に会ったココちゃんは一見すると無傷だったが、話しかけても返事はなかった。実は、その子は双子の妹で、姉妹でサーシスに捕らわれてしまい、殺し合いをさせられたそうだ。生き残った妹は、実の姉を殺してしまった罪悪感で心が壊れてしまったらしい。少しずつ回復していて、両親が話しかけると、反応することもあるとのことだ。目の前で独楽を回してみると食い入るように見つめていた。その後も独楽を手放すことはなく、最後には回る独楽を見て、笑みを浮かべるようになった。久しぶりの感情表現に、両親は泣いて喜んでいた。
そうして、今日訪問予定の家を全て回り切る。
「アレンはん、クリス様。はばかりさんどした。お二人のおかげで、皆、大分明るくなっとったわ。ほんま、おおきにな。疲れたやろ? わての別荘に案内するさかい、ゆっくり休んでや」
心がもう限界だったので、この申し出はありがたい。ユリ達も後から連れてきてくれるとのことなので、俺達はミッシェルさんの別荘に向かう。
ミッシェルさんに案内してもらった先には別荘という名の屋敷があった。少なくともメイドや執事がいる別荘を俺は知らない。
客室に案内してもらい、勧められるままにソファーに腰かけると、一気に疲労感が押し寄せてきた。
「皆はん、自分の家や思うてゆっくり休んどってや。今、部下がユリちゃん達を迎えに行っとるから、揃ったら夕食にしましょか」
ミッシェルさんの言葉がほとんど頭に入ってこない。
「アレン。それからクリス様も。夕食の時間まで仮眠をとってきたら?」
母さんに名前を呼ばれて少しだけ意識が覚醒した。おそらく、クリスも同じ状態なのだろう。
「……せやな。わてもちょいきつい。夕食は1時間後にして、仮眠させてもらいましょか。アレンはん、クリス様、こっちや」
ミッシェルさんに案内されて寝室に向かう。
「ここが寝室や。汚れとか気にせんとそのまま眠ってええからな。それからアレンはん。真面目な話、寝るときはクリス様の側にいたりなよ」
「………………はい?」
いつもの冗談かと思ったが、ミッシェルさんは真剣な表情をしていた。
「今日は色々ありすぎたんや。そんな中、1人で寝るんは心細いやろ。ここにはクリス様の家族はおらん。クリス様が甘えられるんはあんさんだけなんや。ちゃんとついとったり」
ミッシェルさんが話している間もクリスは俺の服を掴んだまま俯いている。そこで、ようやく気が付いた。俺以上にクリスが限界であったことを。そして、父さんと母さんの前では、クリスは気が休まらなかった事を。
「わてがいても休めんやろから、わては向こうの部屋で寝る。ええな? ちゃんとついとったりよ?」
「分かりました。クリス、行こ」
「………………うん」
こんな弱弱しいクリスは初めて見た。言葉も弱弱しく、いつもの気品に満ちた様子は微塵も感じられない。
俺はクリスの手を引いて寝室に入ると、ベッドまで連れて行く。
(…………何か気の利いた事を言うべきなんだろうけど………………ダメだ。何も思い浮かばない)
「えっと……俺はここにいるから、横になりなよ」
「うん……手、繋いでいいですか?」
「もちろん」
クリスは横になると俺の右手を両手で握りしめた。俺はベッドの隣に跪いてクリスの頭を撫でる。
「ケイミ―ちゃん、羽子板、楽しんでくれましたね」
「そうだね」
クリスが俺に話しかけた。その眼にはうっすら涙が浮かんでいる。
「で、でも……でもね。ケイミ―ちゃん、本当はお友達と遊びたいんだって。昔遊んでいたお友達と。それなのに『化け物』って言われちゃったって……顔を見せたら泣かれちゃったって……」
ケイミ―ちゃんの見た目は子供にはきついだろう。俺だって目を背けそうになったのだ。お友達を責める事は出来ない。
「ライリーちゃんは、『お肉が好きなのに歯が痛くて食べられない』って。リーシアちゃんは『もっと色々なところに行きたい』って。アーネストちゃんは『生きていてごめんなさい』って! ココちゃんは……うぅ……」
クリスの頬を涙が伝う。
「皆、普通に暮らしていただけなのに……ご両親もいい人達で……それなのに……」
「クリス……」
「あの子達にもっと笑っていて欲しい。せっかく……せっかく生きて戻れたのだから……だから――!」
「――分かった。俺が何とかする」
クリスに言われたからだけじゃない。俺自身、あの子達には笑っていて欲しいと思う。
「アレン……」
「滞在期間は2週間ある。その間に何とかしよう。だから今はゆっくりお休み」
「……うん」
安心したのか、そのままクリスは眠りについた。それだけ、俺を信頼してくれているのだろう。ならば、俺はその信頼に応えたい。
(やってやるさ!)
クリスに握られた右手からぬくもりを感じながら、俺は決意を固めた。
重い話にお付き合い頂き、ありがとうございました!
ここからアレンが巻き返します!
もう少しお付き合いください。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
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