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73.【トレーニング再び】

 フィリス工房から戻ったクリスさんはさっそく、ブリスタ子爵に手紙を出した。


「速達で出しましたので、明後日にはお返事が届くと思います」


 とのことだ。


 翌日、俺はユリとバミューダ君を連れて実家に戻った。念のため(・・・・)お店の鍵はマグダンスさんに預けてあり、『今日帰れないかもしれない事』も伝えてある。


「「ただいまー!」」

「た、ただいま……です」

「おー、アレン、ユリ、バミューダ(・・・・・)。おかえり」


 家に着くと、父さんが出迎えてくれた。バミューダはまだ『ただいま』と言う事に慣れていないようで、もじもじしている。


「ちょっと色々あってブリスタ領と王都、それからサーシス領に行くことになったよ。早ければ、明後日から」

「サーシス領? ……って明後日!?」

「うん。実は――」

 

 俺はフィリス工房で話したことを再び話した。


「――それで、ブリスタ領に行って漆塗りをしてもらってから、サーシス領に行くことにしたんだ。王都に行くまでの通り道だしね」

「なるほど。ミケーラさんも相変わらずだな。体制なんて1日で組めるものでもないだろうに……」

「間に合わないかな?」

「普通は無理だ。……だけどマリーナさんなら間に合わせるだろうな。酒さえ絡まなければあの人は優秀だから」


 ……本当にもったいない人のようだ。


「……状況は分かった。明後日行くのか?」

「うん。フィリス工房と、ブリスタ子爵次第だけどね」

「分かった。そのつもりでいよう」

「――なら、私も行こうかしら」


 お店の方から母さんが声をかけてきた。


「母さんも行くの?」

「ええ。皆が行くのに私だけいかないわけにはいかないわ」

「だけど、母さんは……それに店はどうするつもりだ?」


 父さんは母さんが同行することに難色を示している。だけど、その理由はお店の事だけではないようだ。


「ミルマウスさんに任せましょう。急で申し訳ないけど事情を話せば分かってくれるわよ。マナちゃんの事もあるしね」


 マナの両親とは昔からの付き合いだ。普段何をしているのかは知らないが、たまにお店を手伝ってくれていた。


「しかしだな――」

「――あなた。私の心配をしてくださるのは嬉しいけど私はアレンの母なの。家で待ってることなんてできないわ。絶対に行きますから」


 普段はのんびりしている母さんだが、こうなった母さんが意見を覆したことはない。


「…………分かった。じゃあ、明日の夕方から店番をして欲しいってミルマウスにお願いしてくるよ」

「さすが、よくわかっているわね。頼んだわ」


 根負けした父さんが、お店を出て行った。


「明日の夕方からなの?」

「ええ。明日の夕方に私達もあなた達と一緒に支店に行くわ。あなた達だけでは帰れないと思うから」


 母さんの言葉に、ユリが驚いて聞く。


「え、でも私達は今日帰るつもりだよ?」

「んー、今日帰るのは難しいんじゃないかな」


 母さんはにこやかな笑みを浮かべている。その笑みの意味を察したユリがせめてもの抵抗を試みた。


「で、でも! お兄ちゃんがいなかったらお店閉められなくて皆困るよ!」

「あら……それならアレンは頑張って帰らなくちゃね。大丈夫よ。馬車には乗せてあげるから」

「い、いや、そうじゃなくて! せめて今日帰れるくらいのボリュームに……」

「分かってるわよ。ちゃんと今日帰れて明後日には動けるボリュームにするわ」


 馬車に乗れば、満身創痍でも帰れるのだ。嘘はついていない。だが、満身創痍の身体で馬車に揺られるのは勘弁してもらいたい。


「…………大丈夫だよ。お店の鍵はマグダンスさんに預けてきたから」

「お兄ちゃん!?」

「――諦めろ。どのみちボリュームは変わらない。疲れ切った身体で今日帰るか、泊って明日帰るか。変わるのはそれだけだよ」

「うぅぅ……」

「お姉ちゃん、大丈夫? ……です?」


 項垂れるユリをバミューダ君が心配そうに見つめている。


「バミューダ君……そうだよね。私もバミューダ君に負けてられないね!」

「??」

「いいよ、分かった! どんと来いだよ! バミューダ君に勝つんだもん!」

「え? え? 何のこと? ……です?」

「このあとね。お母さんがトレーニングしてくれるの」

「トレーニング! 楽しみ! ……です!」


 トレーニングと聞いてバミューダ君は嬉しそうだ。


「あら、2人ともやる気満々ね。お昼ご飯食べてからと思ってたけど、それなら今から()()運動しましょうか」

「はい! ……です!」


 バミューダ君が嬉しそうに返事をする横で、ユリは固まっている。

 

(ユリ―! 余計な事を! せめて昼ご飯まではゆっくりしたかったのに……そうだ!)


「か、母さん……ミルマウスさん達が来るまでお店を空けるわけには……」

「――呼んだかい?」


 声のする方を見ると、ミルマウス夫妻が立っていた。


「いやー、アレン君もユリちゃんも久しぶりだね! お、君が噂のバミューダ君かな。初めまして。カミール=ミルマウスです」

「サリア=ミルマウスよ」

「は、初めまして! ……です! バミューダ……=クランフォード……です」


 バミューダ君は、まだまだぎごちないながらも、しっかりと挨拶をした。


「カミールさん……サリアさん……早かったですね」

「ああ。ルークさんに頼まれたんだ。『あの様子だとすぐにでもトレーニングを開始しかねないから店を手伝って欲しい』ってな」


 父さんの優秀さをこんなに恨めしく思う日が来るとは思ってもみなかった。


「イリスさんにトレーニングしてもらうんだって? 頑張りなよ」

「あはは………頑張ります」


 逃げ道は残っていない。俺は覚悟を決めた。




 その日の昼食時、満面の笑みを浮かべるバミューダ君の横で、俺とユリが屍のように突っ伏していた事は仕方のない事だと思う。

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