61.【ミルキアーナ男爵7 襲撃者の正体】
応接室にいたミーナ様達を休憩室に連れて行き、閉店作業を終わらせたナタリーさん達と合流する。
「それでは、本日の終礼を始めます。まずは業務連絡ですが――」
なるべく手短に業務連絡を伝えていく。
「――業務連絡は以上です。次の連絡ですが……マグダンスさん、前に来てください」
「はい!」
「マグダンスさんには、明日からはクランフォード商会支店のチーフになって頂きます。今までもリーダーシップを取って頂いていましたが、これからは名実ともに皆さんのリーダーです」
「皆さん、改めてよろしくお願いします!」
「「「よろしくお願いします!」」」
大丈夫だとは思っていたが、皆、マグダンスさんのチーフ就任に反対の意見は無いようだ。それだけの実績と信頼がマグダンスさんにはある。
「次の連絡ですが……明々後日からミーナ様もクランフォード商会の従業員として働いて頂きます。皆さん、よろしくお願いします」
「「「よろしくお願いします!」」」
「ミーナ様には初回の朝礼の時に自己紹介して頂きますのでよろしくお願いします」
「分かりましたわ」
明々後日になれば、ミルキアーナ男爵との話し合いも終わっているだろう。色々終わってから自己紹介してもらった方がいい。
「最後に……皆さんご存じの通り、本日、寮の裏でミーナ様とリンダさんが襲われました。その件についてナタリーさんから報告をしてもらいます。ナタリーさん、お願いします」
「はい! ――それでは、報告させて頂きます。犯人の一人を捕えて、治安部隊で尋問してもらいましたところ、どうやら彼らはサーシスの息のかかった犯罪グループで、この町にはブリスタ様を捕まえる際の脅迫要員として連れてこられたようです」
サーシスの名前が出るとは思わなかったので驚いてしまった。
「サーシスが捕らわれたため、途方に暮れていたところにミルキアーナ様とリンダ様が現れたため、犯行に及んだと供述しています」
「そんな……なぜわたくしに」
「どうやら彼らはミルキアーナ様……というより、ミルキアーナ男爵に恨みを持っている犯罪グループのようです」
「え!?」
ミーナ様が驚いた表情を浮かべる。その隣でバミューダ君も不安そうな表情をしていた。犯罪グループに恨みを持たれているなど、恐怖でしかない。
「彼ら曰く、『ミルキアーナ男爵が余計な事をしなければ、ブリスタ領と王都を結ぶ、サーシス領はもっと栄えていたんだ。俺達が苦しいのはミルキアーナ男爵のせいだ』とのことです」
「そ、それは――」
「――それはミルキアーナ男爵の責任ではありません」
動揺するミーナ様にクリスさんが語り掛ける。
「確かにミルキアーナ男爵によって工房の稼働開始は遅くなりました。しかし、それはミルキアーナ男爵が自領のために行ったことです。そのせいで、サーシス領の財政が悪化したとしても、それはサーシス伯爵が対処すべき問題です。決してミルキアーナ男爵や、ましてやミーナ様に責任転嫁していい問題ではありません」
「クリス様……」
クリスさんがきっぱりと言い切った。一番被害を被ったブリスタ領の娘であるクリスさんの言葉はミーナ様の心に響いたようだ。
「ミーナ様、何も悪くない……です。それなのにミーナ様襲うの、間違ってる……です」
「バミューダ様……」
そう言ってバミューダ君もミーナ様を慰めた。
「……お嬢様。明日は宿にいましょう」
「え……でも……」
リンダさんの指摘にミーナ様は難色を示す。宿にはミルキアーナ男爵もいる。ミルキアーナ男爵と一緒にいることが嫌なのだろう。だが、安全を考えたらそうもいっていられない。
「そうですね。明日、私は養子縁組のために、バミューダ君を連れて家に戻ります。ミーナ様の安全を考えたらその方が良いでしょう」
「……分かりましたわ」
バミューダ君がいない中、外出することに不安を覚えたのか、ミーナ様は納得してくれた。
「ナタリーさん、他に報告はありますか?」
「そうですね……捕まえた男は5日後に枢密顧問官が来られた時に、証人として使われるようです。それまでは、治安部隊が身柄を預かってくださると」
サーシスが連れてきた男達が男爵令嬢を襲ったというのは、サーシスにとって間違いなく不利な証拠となる。
「それから、ミルキアーナ様だけでなく、他の皆さんも身の回りに気を付けて欲しいと治安部隊の方から伝言を承りました。今回の件で恨みを買った可能性があるから……と。報告は以上です」
「――ありがとうございます。皆さん! 外出の際は、複数での行動を心がけましょう。できるなら、ナタリーさんかバミューダ君に同行してもらうように!」
「「「はい!」」」
「それでは、本日の終礼を終わります。バミューダ君。早速ですが、この後、ミーナ様とリンダさんを宿までお送りするので、一緒に来て頂けますか?」
「分かった! ……です!」
そうして俺とバミューダ君、ミーナ様、ナタリーさんはお店を出て、宿に向かった。宿に向かう途中、俺はミーナ様に話しかける。
「バミューダ君の事ですが……まだ、ミルキアーナ男爵には内緒にしていただけますか?」
「かまいませんが……なんでですの?」
「念のためです。ミルキアーナ男爵の狙いが長男である私だった場合、バミューダ君では、納得しない可能性があります」
ミルキアーナ男爵は、特許取得の条件を『ミルキアーナ家の娘とクランフォード商会の息子の婚約を条件に特許取得を認める』と偽装したようだが、もし、俺が狙いなら『クランフォード商会の長男』と再び偽装されてもおかしくない。
「……そう、ですわね。分かりましたわ。わたくしからは、アレン様が条件に合意した事だけをお話ししますわ」
ミーア様も理解してくれたようだ。
しばらくすると宿が見えてきた。ミーナ様とバミューダ君は名残惜しそうにしている。
「バミューダ様。今日は助けて頂き、ありがとうございましたわ。色々お話できて楽しかったですの。またお話ししたいですわ」
「僕もミーナ様と話すの楽しかった……です。またお話ししたい……です」
2人の仲睦まじい様子にほっこりしていると、リンダさんが話しかけてきた。
「アレン様。この度のご配慮、まことに感謝致します」
「そんな……半分は自分のためです。私に貴族の婚約者2人は荷が重いですから。それに、想い合っている2人を引き裂いて自分の妻にするのも嫌ですしね」
「……アレン様はお優しいのですね」
リンダさんは俺に頭を下げる。
「私はお嬢様にこの身を捧げることを誓っております。お嬢様の不利益になることはできませんが、それでもこのご恩は一生忘れません。何かお困りの際は何なりとお申し付けください」
「……分かりました。何かあったときは、頼らせてください」
俺が返事をするとリンダさんは嬉しそうな顔を浮かべた。
宿の入口で、ミーナ様とリンダさんと別れる。バミューダ君の存在をミルキアーナ男爵に知られたくないため、宿の中には入ることはできない。
2人が宿に入ったことを確認してから、俺達はお店に戻り、翌日の準備をした。
予想以上にミルキアーナ男爵編が長くなってしまいましたが、後2話で終わる予定です。もう少しお付き合いください。