56.【ミルキアーナ男爵2 救出】
ミルキアーナ男爵達が泊っている宿はこの町で一番の高級宿だった。俺は受付けの人に話しかける。
「すみません、アレン=クランフォードと申します。ミルキアーナ男爵に取り次いで頂けますか?」
「クランフォード様ですね。承っております。どうぞこちらへお越しください」
受付の人に最上階へと案内される。最上階には部屋が1つしかなかった。受付の人が部屋の扉をノックする。
「コンコン。ミルキアーナ男爵、アレン=クランフォード様がお見えになりました」
「――入れ」
「失礼します」
そう言って、受付の人がドアを開けてくれた。俺が部屋の中に入ると、ミルキアーナ男爵がソファーに座ったまま話しかけてくる。
「答えは出たか?」
「まだです。その前にミーナ様と話をさせて頂きたく、伺いました」
「……ミーナと話して何になる? あれに決定権なんてないぞ?」
やはり、ミーナ様の事は駒としか思っていないようだ。
「それでも、結婚するのはミーナ様です。ご本人の意思を確認せずに決めることはできません」
「……まぁ好きにすればいいさ。だが、ミーナは出かけている。私と顔を合わせたくないのだろうな。おそらく夜まで帰らん。貴様が来たことは伝えてやるから、明日出直せ」
正直、伝言してもらえるとは思っていなかった。
「承知しました。今日は出直します」
「……待て」
帰ろうとした俺をミルキアーナ男爵が呼び止める。
「――なんでしょうか?」
「聞きたいことがある。ミーナとの婚約は貴様にとってメリットしかないはずだ。なのになぜ迷っているのだ?」
「……申し訳ありません。答えることはできません」
「――なるほど。ミーナと何か約束したな」
「!? ……何のことでしょう」
「ふっ、青いな。顔に動揺が現れているぞ」
商人として、ある程度のポーカーフェイスは培ってきたつもりだった。しかし、貴族社会を生き抜いてきた者にはまるで通じない。
「書面を交わしたわけでも無かろうに……貴様それでも商人か?」
商人とは利にさとい生き物だ。普通の商人は『特許権の譲渡』と『婚約の強制』なら、天秤にかけることすらせず、『婚約の強制』を選ぶだろう。
「……まぁいい。話は以上だ」
「私からもよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「私がミーナ様と結婚するより、リバーシの特許権を手に入れた方がお金になるはずです。なぜ、そうしないのですか?」
「……私の目的は領の税収を増やすことで、商売をして金を稼ぐことではない。貴様が婚約しないというのであれば、他の従順な商人に譲渡するだけだ」
あくまでミルキアーナ領のため、というわけだ。
「もう1つ。娘から『顔も見たくない』と思われていることについて思うところはないんですか?」
「……は?」
ミルキアーナ男爵は俺の質問の意図が理解できないのか、ポカンとした顔を浮かべている。
「………………貴様、リバーシの駒を置く時に、いちいち駒の気持ちを考えているのか?」
やはり、ミルキアーナ男爵にとって、大事なものはミルキアーナ領だけで、ミーナ様は駒なのだ。
(貴族としては正しい考えなのかな……)
「……すみません、愚問でした。忘れてください」
「…………ふんっ。話は以上か?」
「はい。お時間頂き、ありがとうございます」
俺がそう答えるとミルキアーナ男爵はめんどくさそうに手を振った。『とっとと出て行け』という意味だろう。
「失礼します」
俺は部屋を後にした。
宿を出た俺は、お店に戻って考えをまとめる。
(正直……意外だったな。もっとあくどい人だと思ってた)
前世の価値観があるため、『子供を駒として扱う』、『妾がいる』、『権力をかさに着る』等を行うミルキアーナ男爵に嫌悪感を頂いていた。
しかし、冷静に考えてみると、ミーナ様には侍女がついているし、将来困らないだけの十分な知識を与えられている。この世界では側室や妾がいるのはステータスだし、特許権を人質にして俺に迫ってきたミーナ様との婚約も、普通なら俺にデメリットがある物ではない。
お店に来た時の態度も男爵が商人に対する態度としては、むしろ丁寧だった。
(俺が前世の価値観にこだわっているだけ……なんだよな)
ミーナ様との約束があったため、ミーナ様と婚約することに抵抗があったが、クリスさん曰く、俺と婚約しなければ、ミーナ様は誰も行きたがらないような商人の後妻か妾にされる可能性が高いそうだ。
ならば、ミーナ様のためにも俺が婚約するべきなのかもしれない。
(まぁ、なんにしても、明日ミーナ様と話をしてからだな。それでミーナ様が望むならその時は覚悟を決めよう)
俺の中で1つの結論が出た時、騒がしい声が聞こえてきた。
(何だろう? 喧嘩か? これは……寮の方から!?)
慌てて店長室の窓を開けると、声は、人通りに面していない寮の裏側から聞こえてきた。店長室はお店の一番奥にあり、店の裏側に面している。そのため、寮の裏側の声も聞こえたのだろう。
急いで店長室を出て、寮に向かう。途中ですれ違ったナタリーさんに『一緒に来て!』と声をかけた。
ただ事じゃない様子を察してくれたナタリーさんが、何も聞かずについて来てくれる。
寮の裏側に着くと、そこではナイフを持った男達が誰かを襲っていた。
「何をしている!?」
俺は大声で男達に呼びかける。すると、俺の存在に気付いた男達が俺に襲い掛かってきた。
(いきなりかよ!)
慌てて下がろうとしたが、それよりも早く、男の手が伸びてくる。
(掴まれる!)
そう思った次の瞬間、男の身体が宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられた。
「ぐげぇ!」
「――汚い手でアレン様に触れないでください」
ナタリーさんが俺と男の間に入って、男を投げ飛ばしたのだ。投げ飛ばされた男はつぶされた鳥のような声を出して、そのまま気を失った。他の男達もナタリーさんの強さに戸惑っている。
(イケメン過ぎない!?)
俺をかばうように立つナタリーさんの後姿がかっこよすぎた。
「あいつ……ナタリー=ヴァイスだ。ニーニャの護衛の」
「――なっ! あいつが……くそ、ずらかるぞ!」
どうやら男達がナタリーさんの正体に気付いたようだ。気絶した男を置いて逃げ出した。
追いかけようかとも思ったが、被害者の救助が先だ。
「大丈夫で……え?」
俺は被害者を見て驚いてしまう。
そこには、腕を背中で縛られ、猿ぐつわを噛まされたミーナ様と、傷付いたリンダさんを背にしたバミューダ君の姿があった。