55.【ミルキアーナ男爵1 目的】
「アレン=クランフォードはいるか!?」
突然、店内に大声が響き渡った。
ちょうど、店内の様子を見に来ていた俺は、声のした方を見る。そこには高そうな服を身にまとった男性が立っていた。
「アレン=クランフォードは私です」
「貴様か……。私はライノ=ミルキアーナ男爵だ。話がある。部屋へ案内しろ」
(この人がミーナ様のお父様!? なんで男爵本人が来るんだよ!)
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
内心の不安を隠して、俺はミルキアーナ男爵を応接室に案内した。
応接室でソファーに座るなり、ミルキアーナ男爵は話し始める。
「さっそくだが要件に入らせてもらう。貴様、ミーナを娶らないとはどういうつもりだ?」
「……失礼ですが、なぜ私がミーナ様を娶るという話になっているのでしょうか」
「貴族令嬢が商家で働くのだ。当然であろう」
「ミーナ様はクランフォード商会の従業員ではありませんが……」
「何を言っている? 私がミーナをここで働かせると決めたのだ。従業員でなければなんだというのだ」
(おっと……この人も話が通じないタイプの貴族か?)
「お言葉ですが、従業員の任命権は私と会頭である父が持っております。ミルキアーナ男爵といえど、ミーナ様を従業員にすることはできません」
「貴様……私の決定に逆らうというのか?」
ミルキアーナ男爵が不機嫌そうに言った。
「言っておくが、貴様にあれ以上の娘をあてがう気はないぞ。ミッシェルのお気に入りとは言え、貴様らにそこまでの価値はない」
(……やっぱりそういう考えの人か! 自分の娘をなんだと思っている!)
貴族としては正しい考えなのかもしれないが、俺には受け入れることはできない考えだ。
「申し訳ありませんが、自分の婚約者は自分で決めます。男爵のお手を煩わせることはありません」
「……それはクリス子爵令嬢の事か?」
ミーナ様から聞いていたのだろうか。
「……そうなればいいと思っています」
ブリスタ子爵の許可を得ていない俺が、ここで『そうです』という事はできない。下手をすれば、身分詐称となってしまう。
「……ふんっ。脳内お花畑の子供かと思ったが、意外と賢いじゃないか」
(……もしかして、俺に『そうです』と言わせて、身分詐称の罪に問うつもりだったのか?)
爵位をかさに着て強引に迫って来るかと思いきや、意外にも搦手を使ってきた。俺はミルキアーナ男爵に対する警戒心を強める。
「ならば、大人の話といこうじゃないか。ミーナを娶れ。正妻でなくて構わん。だが最低でも子供は2人以上作るように。良いな?」
「いえ、ですから――」
「――でなければ、今後リバーシを販売させることは許さん」
「……は?」
「あれはもともと私が開発したものだ。ミーナと結婚することを条件にクランフォード商会に譲渡していたが、ミーナを娶らないのであれば、返してもらおう」
「な、なにを言ってるんですか!」
そんな無茶が通るわけがない。そう思ったのだが……。
「特許管理局は私の管轄だ。逆らっても無駄だぞ」
「なっ!?」
搦手が通じないと分かると、今度は立場をかさに着て強引に迫ってきた。
「そのような手段は称号剝奪法の対象となるはずです!」
「ならば、枢密顧問官に調査を依頼してみればいい。まぁ、特許管理局の資料に『ミルキアーナ家の娘とクランフォード商会の息子の婚約を条件に特許取得を認める』と明記されている以上、無駄骨だろうがな」
リバーシの特許を申請した時には、リバーシの価値など誰も分かっていなかった。それなのに、そんな条件が記載されているわけがない。つまり……。
(こいつ! 書類を改ざんしたのか!?)
ミルキアーナ男爵を見ると、ニヤリと笑った。
「私としてはどちらでも構わんよ。ミーナを娶るでも、特許を返却するでも好きな方を選ぶがいい」
ミルキアーナ男爵に対する認識を改めなければならない。サーシスのように、立場をかさに着て強引に迫ってくるだけの小物なら、やりようはあった。
だが、法律を熟知し、立場の中で許される範囲の違法行為を行う様は、貴族社会の魑魅魍魎達の一人だ。
「3日以内に答えを出してもらおうか。ミーナと一緒に近くの宿に泊まっているから結論が出たら来い。ああ、見送りは結構だ」
ミルキアーナ男爵は俺に宿の住所が書かれた紙を渡してから応接室を出て行った。
リバーシの特許を奪われるわけにはいかない。まずは敵についての情報を調べる必要がる。
俺はクリスさんを店長室に呼び、ミルキアーナ男爵について聞いてみた。
「ミルキアーナ領は、王都へアクセスしやすく、流通の中心となっている領の1つです。ミルキアーナ男爵が特許管理局に勤めるようになってから、商人の通行量が増えて税収も増えたと聞きました」
自分の娘を商家に嫁がせて何をする気かと思ったが、そういう事か。
俺にミーナ様を嫁がせて、王都でリバーシ等を販売するときに、ミーナ様の実家だからとミルキアーナ領を経由して行けば税収が増える。多少遠回りになっても家族の実家なら寄ろうとするだろう。子供が出来ればなおさらだ。
「正妻の他にたくさんの女性を囲っていて、子供もとても多いそうです。子供を駒としか思っていないようで、自領のためなら平気で、高齢な商人の後妻や妾にしたりするそうです。ミーナ様はお母様の身分が低く、家での立場が弱いそうで……たまたまアレンさんと年が近かったので、今回選ばれましたが、そうでなければ、間違いなく誰も行きたがらないような商人の後妻か妾にされていたでしょう」
「それで、俺に『ミーナ様を雇って欲しい』とおっしゃったんですか?」
「……はい。わがままを言ってしまい、申し訳ありません」
「いえ、それはかまわないのですが……」
聞いている限り、ミーナ様を娶るデメリットは、一般的にはないのだろう。正妻でなくてもいいと言っている以上、結婚後のミーナ様の立場を保証する必要もない。子供を2人以上作るように言われているが、それだけだ。
おそらく、ミルキアーナ男爵も俺がミーナ様を娶ると思っているのだろう。特許権を手放してまで断る話じゃない。普通の商人ならそうするはずだ。
(だけど……)
俺はミーナ様に言ったのだ。『妾として囲うことはしない』と。『妻として迎えることもしない』と。あの時、ミーナ様は安心した顔をしていた。見間違いではない。はっきりとわかるほど安心していたのだ。ならば……。
(俺が勝手に前言撤回するわけにはいかないよな)
幸いなことに回答の期限までは3日ある。何かできることはあるはずだ。
「ありがとうございます。情報、助かりました」
「お役に立てたのであれば、何よりです。……ミーナ様の事、どうされるんですか?」
「まだわかりません。ですが、できることをしようと思います。少なくともミーナ様を不幸な目に遭わせるようなことはしないので安心して下さい」
「はい。そこは信じています」
クリスさんが笑って答えてくれる。おそらく、俺が最後の手段として、ミーナ様を娶るつもりだと理解したのだろう。その場合は、ミーナ様を妻として丁寧に扱うという事も。
(クリスさんが優しい人で良かった。さて……まずはミーナ様と話をしないとな)
そう思った俺は、再度、クリスさんにお礼を言ってから、ミルキアーナ男爵とミーナ様が泊っている宿に向かった。
ミルキアーナ男爵の狙いは終始、ミーナ様をアレンに嫁がせることです。
アレンは最初、ミルキアーナ男爵の狙いが特許権だと勘違いをしていました。(クリスさんとの会話で勘違いに気付きました)
価値観が違う人との会話って難しいですよね。