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54.【マグダンスさんの真意】

素敵なレビューを頂きました! 本当にありがとうございます。

 今日はマグダンスさんがお休みのため、俺が皆に指示を出していたのだが……。


「店長様! チェスの補充終わった! ……です! 次は何をやればいい? ……です?」


 バミューダ君が頼んだ仕事を一瞬で終わらせて戻ってくるので、彼に頼む仕事が無くなっていた。


(在庫整理、掃除に品出し……半日はかかると思ったのに1時間も経ってないぞ……)


「ありがとう! そうだな……それじゃ勉強しようか!」

「勉強? ……です?」

「そう。まずは読み書きだね。休憩室……じゃやりにくいから店長室でやろうか」

「はい! ……です!」


 昼救休憩までは、俺がいなくても問題ないだろう。店の運用を他の皆に任せて俺はバミューダ君と店長室に向かう。


「そういえば、今まで文字を習ったことある?」

「前のお店で『立ち入り禁止』は習った。……です。それ以外は知らない。……です。」


 どうやら必要最低限の事しか教わらなかったらしい。


「なるほど。それじゃまずは文字を覚えよう。『あ』から順番にね」

「はい! ……です!」


 そうして、午前中はバミューダ君の勉強に付き合った。




「――よし。午前中はここまでにしようか」

「はい! ……です!」

「よく頑張ったね。お昼休憩行って来ていいよ」

「はい! ……です!」


 バミューダ君が店長室を見送りながら、俺はある疑念を抱いていた。


(……もしかして、バミューダ君ってめちゃくちゃ頭いい??)


 なんと午前中だけで半分近い文字を読めるようになったのだ。しかも、4分の1くらいは書くこともできる。


(このペースなら2日もあれば読み書きできるようになるぞ。ユリですら、2週間近くかかったのに……とんでもない逸材だな……)


 午後は俺もやらなければならないことがあったので、バミューダ君には自習をしてもらう。


 その後も大きな問題もなく業務が終了した。終礼のため皆に休憩室に集まってもらい、連絡事項を伝える。


「皆さんお疲れ様です。明日の在庫ですが――」


 いつも通り、必要なことを伝えていく。業務連絡を終えた後、俺はあえて皆の前でバミューダ君に、今日の進捗を確認してみた。


「バミューダ君。読み書きはどれくらいできるようになりましたか?」

「半分はできるようになった! ……です!」

「「「え?」」」


 バミューダ君の答えに皆困惑する。


「半分って……まさか文字の半分覚えたの?」

「――え、読みだけじゃなくて?」

「ほんまかいな……普通月単位でかかるで?」

「まったくです」

「「「「バミューダ君! 凄いね(な)」」」」

「そ、そんなことない……です……」


 皆に褒められてバミューダ君は照れくさそうにしていた。


(これで少しは自信がついてくれるといいんだけどな)


「明日はバミューダ君が休みなので、今日中に荷運びをしておいてもらいました。商品を補充するときは気を付けてください」

「「「はい!」」」

「それじゃ今日は終了です。お疲れ様でした」


 終礼が終了した後、バミューダ君に話しかけられた。


「店長様。休みの日って何したらいい? ……です?」


(あー、今まで休みの日とかなかったのか……)


「自分の好きなことをしていいんだよ。買い物とか散歩とか。何もしないでゆっくり休んでもいいしね」

「好きなこと……分かった! ……です! ありがとう! ……です!」


 そう言ってバミューダ君は休憩室を出て行った。


(分かったって言ってたけど、バミューダ君の好きなことってなんだろう? 休み明けに聞いてみよう)


 明後日を楽しみにしながら俺は店長室に戻った。




 翌日、いつも通り朝礼を始める。昨日のように休憩室でクリスさんが尋問されるようなことはなかった。


 というのも、昨日の夜に女子会を開いてあらかた聞き出したと、朝起きてきたユリに聞いたのだ。女性陣のニヤニヤした眼が腹立たしい。


 なるべく視線を気にしないようにしながら、いつも通り朝礼を進める。


「――業務連絡は以上です。それでは、本日もよろしくお願いします」


 朝礼を終えると、みんなそれぞれ業務を開始していく。そんな中、俺は周りに人がいないタイミングを見計らってマグダンスさんに話しかけた。


「すみません。お時間ある時に店長室に来ていただけますか? お話ししたいことがあります」

「え? あ、はい。分かりました。午前中には伺えると思います」


 ナタリーさんの事もだが、もうすぐ来るミーナ様の事も話しておきたい。マグダンスさんと約束をして、俺は店長室に戻った。




「コンコン」

「どうぞー」

「失礼します」


 お昼の少し前にマグダンスさんが店長室にやってくる。


「お待たせしてしまって申し訳ありません。」

「いえいえ。お時間頂き、ありがとうございます。おかけください」


 マグダンスさんはどこか緊張した面持ちソファーに座った。


「それで……お話とは?」


(そういえば話の内容を伝えてなかった……悪いことしちゃったな)


 上司から内容も知らされずに呼び出されたら不安にもなるだろう。俺は配慮が足りていなかったことを反省した。


「内容をお伝えしていなくて申し訳ありません。お話ししたかったのは、ナタリーさんの事とミーナ様の事です」

「え?」


 話の内容が意外だったのか、マグダンスさんはぽかんとした表情を浮かべた。


「ミルキアーナ様はともかく……ナタリーの事ですか?」

「ええ。先日ナタリーさんからお二人が婚約されていることを聞きました。その際に……その……婚約してからマグダンスさんが相手をしてくれなくて寂しいとも言っていました」


 色々予想外だったのか、マグダンスさんが驚いた顔を浮かべている。


「ナタリーさんはかなり思い詰めているようで……差し出がましいかとも思ったのですが、お話をさせて頂きました」

「……そうですか。ナタリーがそんなことを……」


 そう言って、マグダンスさんは黙り込んでしまう。しばらくするとおもむろに口を開いた。


「……プライベートなことでご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」

「いえ、それは大丈夫です。ナタリーさんと話したのも業務時間前ですから」

「ありがとうございます。ナタリーとはちゃんと話し合います」

「話し合い……ですか」


 マグダンスさんの様子からは、婚約を嫌がっているとか、ナタリーさんを嫌っているといったことは感じられない。婚約解消などの別れ話ではないと思うが、一抹の不安がよぎった。


「ええ。その……私も勘違いさせてしまったので」

「勘違い?」

「はい……店長は、ナタリーがこの業界で有名だという事をご存じですか?」

「ええ。一応は……」


 先日、ナタリーさんはニーニャさんの護衛として割と有名だという話を聞いたばかりだ。


「それに対して私は無名でなんの取柄もありません」

「そんなことありませんよ!」

「事実です……私はバルダやガンジールが好き勝手するのを止めることが出来ませんでした」

 

 マグダンスさんが言っているのは、商品の横流しの件だろう。しかし、それは支店長(バルダ)会頭(ガンジール)が行っていたことだ。一従業員がどうこうできる話ではない。


「そんな私がナタリーにふさわしいとは思えず、ナタリーにふさわしい男になるまで、仕事に集中しようと考えていたのですが……どうやら私の独りよがりだったようです。ナタリーを不安にさせたばかりか、アレン様にまでご迷惑をおかけしてしまい……申し訳ありません」


 そう言ってマグダンスさんは頭を下げた。


(マグダンスさんの自己評価が低いのはそういう理由か……)


 ニーニャさんやクリスさんにも、遠慮なく的確な指示を出すマグダンスさんは、皆から慕われている。それなのに、やけに自己評価が低い理由がようやくわかった。


(……いや、それだけじゃない。これは俺の責任でもあるな)


「頭を上げてください。そして私からも謝らせてください」

「え? アレン様が……ですか?」

「ええ。マグダンスさんにお店の運用の仕切りを任せておきながら、その仕事に見合った立場を与えていませんでした」


 お店の運用を仕切るのは、従業員の仕事内容を明らかに超えている。


「私の失態です。申し訳ありません」


 そう言って俺は頭を下げる。


「そ、そんな、頭を上げてください! 私は今の仕事内容や立場に満足しています! アレン様が謝る必要はありません」


 俺が頭を下げたのが意外だったのか、マグダンスさんは慌てた様子で言った。


「それでも、です。たとえ本人が満足していても、仕事内容と立場に齟齬があるような組織はいずれ瓦解します。店長として、店を管理する立場にある、私の失態です」


 俺は頭を上げてマグダンスさんを見る。


「今更ですが、マグダンスさんをチーフに任命したいと思います。仕事内容は変わりませんが、これからはチーフとして皆を引っ張っていってください」

「……ありがとうございます。これからも精進します」

「よろしくお願いします。今日の終礼で皆さんに周知しましょう」


 仕事内容は変わっていないが、立場というものは人を変えるという。マグダンスさんがどのように変わるのか楽しみだ。


「それともう1つ。まもなくミーナ様が来店される予定です。先週お会いした際に従業員として働いて欲しいとお伝えしたのですが、ミルキアーナ男爵と相談し、1週間後に返事をされるとのことでした。なので、ミルキアーナ男爵次第ですが、ミーア様に従業員として働いてもらうかもしれません」

「あの……失礼ですが、アレン様は貴族令嬢が商家で働くという事の意味をご存じですか?」

「――『その家に嫁ぐ』というものですか? その気はないことはミーナ様に伝えてあります」

「そうですか……分かりました。その場合は皆さんのシフトを調整します」

「お願いします。お話したかったことは以上です」

「ありがとうございました。――その、アレン様。1つよろしいでしょうか」

「なんでしょう?」

「ミルキアーナ様を雇われる場合ですが、アレン様に嫁がれないことに合意している事を書面で残した方がいいと思います。あくまで念のためですが……」


 言われたから気が付いた。後から『そんな合意はしていない』と言われないように書面で残しておくことは必要だ。


「ありがとうございます。その通りですね。準備しておきます」

「その方が良いかと。それでは仕事に戻りますね」

「――もうすぐ昼休みですよね? ナタリーさんと休憩してきてはどうですか?」

「……か、考えます!」


 そう言って、マグダンスさんは店長室を出て行った。以前、マグダンスさんが、俺とクリスさんを一緒に休憩に出してくれたので、そのお礼にと思ったのだが逆効果だっただろうか。


(でも、嫌そうな顔はしてなかったし……大丈夫だ! 多分……)


 その後、ナタリーさんが幸せそうな顔でマグダンスさんと昼休憩に行く姿を見かけて一安心した。戻ってきたナタリーさんにお礼を言われたので、上手くいったようだ。俺は店長業務を再開する。




 そして、その日の午後、ミルキアーナ男爵がお店にやってきた。

今日までほのぼの回です。

明日からいよいよ物語が動き出します。お楽しみに!

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