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53.【デートの余波】

第3章スタートです!

「おっ姉ちゃんー、おっ姉ちゃんー」


ユリは上機嫌で鼻歌を歌っている。


「わったしに姉がでっきるぞー!」

「……まだ姉じゃないぞ」

まだ(・・)、ね。分かってるって」


 どうやら昨日の寮の前での口づけをユリに見られていたらしい。朝から『姉ができる!』と大はしゃぎだ。


「それにしてもお兄ちゃんって意外と手が早いんだね。デート初日にキスするなんて――」

「あーあーあー! 聞―こーえーなーい―!」


 冷静に考えたら口づけはやりすぎだったかもしれない。しかし、昨日は気持ちが盛り上がってしまったのだ。


(やりすぎたかなぁ……でもクリスさんもまんざらではなさそうだったし……クリスさんに手が早い軽い男だと思われたらどうしよう……うぅ……)


 嫌な想像が頭をよぎる。大丈夫だと思いながらも、一抹の不安が消えない。


「ま、大丈夫だよ。クリス様なら手が早いお兄ちゃんでも受け入れてくれるって! ほら、朝礼の時間だよ。早く行こ!」

「うぅ……」


ユリに引っ張られ、休憩室に向かうとクリスさんが女性陣に問い詰められていた。


「それでそれで! 両手を掴んでなんて言ったんですか?」

「えと……その……『11本で最愛』だと言って……わたくしに口づけを……」

「きゃー!! お義兄ちゃんやるじゃん!」

「意外やなぁ。アレンはんがそんなロマンティックな台詞が言えるとは」

「きっと頑張って考えたんですよ! いいなぁクリス様……羨ましい……」


 俺は休憩室の入口で立ち尽くした。どうやら昨日の話で盛り上がっているようで入りにくい。


「なになに? 皆何しているの??」


 俺の横からユリが皆に声をかけた。


「あ、ユリピおはよー! 皆でクリス様を尋問してたの!」


 子爵令嬢を尋問するなよ! と思ったが、クリスさんは顔を真っ赤にしているものの、嫌な顔はしていない。クリスさんが輪に溶け込んでいることは喜ぶべきことだ。


(いやいやちょっと待て!)


「なんで尋問してるんだよ!」


 そもそも尋問することがおかしいという事に今更気付いた。


「いやぁ、クリス様とお義兄ちゃん昨日、寮の入口でキスしてたじゃん?」


 あっけらかんとマナが言った。


「え……見てたの?」

「そりゃ馬車が寮の前に停まったんだもん。見るでしょ」


 言われてみればその通りだ。普段、寮の前に馬車が止まることなんかない。


「だから朝食の時に聞いたの。『ファーストキスが寮の入口でよかったんですか』って。そしたらファーストキスじゃないっておっしゃるから――」

「うぅぅ……『寮の入口なんてロマンがない』って言われたのでつい……」

「クリス様怒ってな。『アレンさんはもっと素敵な口づけをしてくれた』言うから、なら詳しく聞かせてもらお思うて色々聞いてたんよ」


 ニーニャさんの話を聞いて理解した。


(あー……クリスさん、ユリとニーニャさんにはめられたな……)


 わざと煽って情報を引き出したのだろう。いつものクリスさんならこんな手に引っ掛からなかっただろうが、今日は冷静でいられなかったようだ。


 ……俺まで恥ずかしくなってきた。


「いいですね、クリス様……私もマグダンスと……うぅ」


 ナタリーさんが泣きそうな顔をしている。今日マグダンスさんはお休みなので、ここにはいない。


「えっと……やっぱりナタリーさんはマグダンスさんの事……」

「あ、アレン様には言っていませんでしたね。私とマグダンスは婚約しています」

「……はい!?」


 てっきりナタリーさんがマグダンスさんに片思いしているのだと思っていた。


「子供のころからの付き合いですからね。自然とそういう関係になって……親同士も仲良いのでとんとん拍子で婚約したんです」


 (幼馴染だったのか。道理で息ぴったりなわけだ)


「それなのにあの男……婚約したとたんデートもなければ、プレゼントもなし! 愛情表現もないし、ないないづくしですよ!」


 相当、不満が溜まっていたのだろう。だんだんヒートアップしていく。


「なんなんですかね、全く! アレン様とクリス様が甘い空気を出されてたから少しは期待したのに何にもないんですよ! あれですか。釣った魚にエサはやらないとかいうやつですか!」

「ナタリー! ちょっと落ち着き!」

「はっ!」


ニーニャさんが叱責するとナタリーさんが我に返った。


「す、すみません! アレン様。見苦しい所をお見せしました……」

「い、いえ……大丈夫です」


 普段は冷静なナタリーさんの変化に戸惑ったが、そもそもの原因はマグダンスさんにあるように思う。


(ナタリーさんの意見を聞いただけじゃ判断できないけど……ここまで不満がたまっているとなると、何とかしないとな)


 業務に支障をきたす可能性があるなら、店長として対応するべきだろう。もちろん本人が望むのなら、だが。


「あー、ナタリーさん。良かったら私からマグダンスさんに話をしてみましょうか?」

「え? ……いいんですか?」

「ええ。従業員同士のトラブル解決も店長の役目ですから」

「ありがとうございます! ぜひお願いします!」


 ナタリーさんの許可も出たので、後でマグダンスさんに聞いてみよう。


 ナタリーさんが笑みを浮かべている横で、ニーニャさんが驚いた顔をしていた。


「どうしました?」

「……意外や思うてな。アレンはんが人の恋愛に口出しするとは思わんかったわ」

「……恋愛ならよほどのことがない限り口出ししませんよ。ですが婚約していて問題を抱えているなら助けになりたいと思ったんです」


 恋愛なら好きにすればいいだろう。少なくとも店長として介入する話ではない。しかし婚約しているなら話は別だ。婚約には責任が発生するのだから。


「いや、ありがたいわ。わてとしてもなんとかしてやりたいと思うてたんやけど、わてが介入するとややこしくなりそうやったからな。アレンはんなら上手くやってくれそうや」

「……そんな期待されても困ります」

「はは。まぁ頼んますわ」


 予想以上に期待されてしまった。期待に応えられるように頑張ろう。


(そういえば他の皆は?)


 周りを見ると、ユリとマナがクリスさんに詰め寄っていた。


「それでそれで! バラを近づけてなんて言ったんですか?」

「その……『2本でこの世界は2人だけ』……と」

「何度聞いてもロマンティック!」

「お兄ちゃん色々調べたんだねぇ。それからどうしたんですか?」

「えっと……あの……私の手を取ってくださって……その…………うぅ……」

「手を取って! それでそれ――」

「――やめんか!」

「ぎゃ!」


 ユリの頭にチョップをした。


「――何するの!?」

「ユリこそ何してる! クリスさんを追い詰めるな!」

「追い詰めてないもん! マナちゃん達が聞いた話を聞かせてもらってただけだもん!」

「それが追い詰めてるだろ!」


 俺とユリが言い争っている横でクリスさんは顔を赤くしてうつむいていた。その様子をニーニャさん達は微笑ましい顔で見ている。




「朝礼始めない?……です?」

「「「あっ!」」」


 バミューダ君に言われて気が付いた。朝礼を始める時間はとっくに過ぎている。俺は慌てて朝礼を行い、皆に指示を出す。


 時間ギリギリではあったが問題なく開店することができた。


 慌ただしくもクランフォード商会の一日が始まる。

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