51.【鞭と鞭】
拷問回ですが、残酷な描写は少ないです。
時系列はサーシスを連行した日に戻っています。
【連行時 sideサーシス】
(おかしい……なぜ我は歩かされている?)
女に腕を掴まれながら我は歩いていた。歩くたびに握りつぶされた腕が痛む。だが、歩くことをやめることはできない。歩くスピードを緩めると、女が腕をひねるのだ。
(我は怪我人だぞ! 馬車で丁重に運ぶべきだろう!)
そんな我を無視して女達は話し続けている。
「絶対アレンはんは、ニーニャに落ちる思うたんやけどな」
「ふふふ、残念でしたね。でもなんでそう思ったんですか?」
「だってアレンはん、胸大きいんが好きなんやろ? だったらニーニャに落ちんわけないやん」
「……女の価値は胸だけじゃありませんよ?」
「大丈夫です! イリス様はお胸がささやかでもそれ以外の魅力が――」
「――シャル様?」
「ひっ! す、すみません」
「こ、怖いて、イリスはん」
「あら、すみません。うふふ」
「はぁ。いやそれだけやのうて、ニーニャはわてと同じでゲームとか得意なんよ。だから絶対アレンはんとは仲良くなれる思うてな」
「そういわれると、性格も相性良さそうですね」
「そうなんよ。いろんな意味でニーニャはアレンはんの好みやと思ったんやけど……クリス様みたいんが好みやったんやね。いやー残念」
どうやら話の内容は忌々しいあのガキとクリスの事のようだ。
(あのガキさえいなければ我は今頃クリスと……絶対に許さん。)
しばらく歩くとアナベーラ商会の支店が見えてくる。
「イリスはん、店の裏に担当者がいるはずやから、これ渡してきてもらえまっか?」
「分かりました。シャル様は表で待っていてくださいね」
「分かりました!」
(『これ』って……まさか我の事か!? 我を物扱いするとは……許さんぞ!)
女達を睨もうとするも、腕を掴まれたままではどうすることもできない。言われるがまま裏口に向かう。裏口には2人の男達が立っていた。
「お疲れ様です、イリス様。後はこちらで預かります」
「はい、よろしくお願いします」
そう言って女は我を差し出した。男達は我を両脇から掴むと店の中に入ろうとする。
「お、おい! 我を誰だと思っている! この手を放せ! 痛っ、痛い!」
男達を怒鳴りつけたが、無視される。折れた腕を掴まれて、強引に店の中に連れ込まれた。
店の中に入ると、地下に連れていかれる。その先には地下牢があった。
「ふ、ふざけるな! 我をこんなところに入れるつもりか!」
こんなところで過ごせるわけがない。そう思って暴れたが、抵抗むなしく、牢に放り込まれた。後から男達も入ってくる。
「さて……まずは治療をします。腕を見せてください」
男達が声をかけてくる。ようやく立場を理解したらしい。
「はっ! 遅いわ! 早くしろ!」
握りつぶされた腕を男に見せる。男は丁寧な手つきで我の指輪を外していく。
(あ!? なぜ指輪を外す? ……あー、魔道具をつけたまま治癒魔法をかけると魔道具が暴発するんだったか? くそ、早くしろ!)
男の手つきにイライラしたが、急かして痛い思いをするのは嫌なので、我慢する。
両手の指輪を外された後、腕に包帯がまかれた。
「これで足りますかね」
「10日間くらいなら持つだろ」
そう言って男達は出て行こうとする。
「ま、待て貴様ら! 何処へ行く!」
慌てて追いかけるが、途中で腕に激痛が走る。
「ぐあぁぁああ……ぐぅ……な、なんだ?」
よく見ると包帯の上から拘束具をつけられていた。拘束具の鎖は地下牢の壁に伸びており、これ以上進もうとすると、潰された腕が引っ張られる。
「な、なんだこれは! 外せ! おい、聞こえているだろう! これを外せ!」
我の叫び声を無視して男達は牢の扉を閉め、鍵をかけた。
「貴様ら……こんなことをしてどうなるか分かっているんだろうな!?」
我の叫び声を無視して男達は牢の外で何かの操作をする。次の瞬間、牢の中がとても明るくなった。
よくよく牢の中を見てみると、かなり広い牢だったが、隅に簡易的なトイレがあるだけで他には何もない。
「なんだ……なんなんだここは……」
「あー、サーシス伯爵。床の赤くなっている場所が見えますか?」
よく見てみると、部屋の中央が縦横1メートルほど赤くなっている。
「見えるが……」
「では、その上に立ってください。あ、鎖は十分に届く距離なので安心してくださいね」
「――はっ! なぜ貴様のいう事を聞かなければならん!」
「そうですか」
次の瞬間、我の身体がはねた。
「がはっ! が……ぐぅ……こ、これは……」
痛みは一瞬だったが、我には理解できた。今のは電撃だ。腕についている拘束具から電流が流れてきたのだ
「もう一度言います。その上に立ってください。立たなければ……分かりますね?」
「ぐ……うぅぅ」
言われた通りに動くのは屈辱だったが、仕方がない。屈辱に耐えながら、赤い部分の上に立つ。
「立ったぞ! これでいいのか!」
男に向かって怒鳴る。男は何も言わず、我の足元を指さした。
「なっ!」
なんと、床の赤い部分が移動しているのだ。我は慌てて赤い部分を追いかける。赤い部分の移動速度はゆっくりで、すぐに追いつくことができたが、追いついても止まることはない。
「ふざけるな!」
我は立ち止まって男にむかって叫ぶが反応はない。赤い部分は動き続け、我の足が赤い部分からはみ出た瞬間、電撃を食らう。
「がぁぁああー!!」
先ほどと違いすぐに止むことはない。全身の筋肉を無理やり縮められているようだ。呼吸をするのも難しい。
「がっう! はぁっ! はぁー! はぁ……」
ようやく電撃が止んだ。しかし、我は立ち上がることができない。全身の筋肉がいう事を聞かない。
床に伏せていると、全身を悪寒が包んだ。身体の中を冷たい手でいじくりまわされているようで気持ちが悪い。悪寒が止んだとき、男に話しかけられる。
「サーシスさん、赤い床の上に立ってください」
「た、立てるわけないだろう! 頼む、治療してくれ!」
「――もうしました」
「……は?」
そう言えば、全身の痛みが引いている。握りつぶされた腕の痛みも大分ひいていた。
「そんな……馬鹿な……」
先ほど悪寒を感じた時に回復魔法をかけられたのだろうか。そんなはずはない。
我が雇っている回復魔法使いに治療させたときはあんな悪寒はなかった。むしろ、暖かい感覚があったはずだ。
「サーシス、赤い床の上に立ってください」
「ひっ!」
我は男の指示に従って赤い床の上に立つと、赤い床が再び移動する。赤い床の移動に合わせて我は歩き続けた。
【同時刻 sideイリス】
私達はミッシェル様のお部屋で地下牢の様子を映し出す魔道具を見ていた。
「これでええんか?」
「ええ。ありがとうございます。アレンがどれだけ苦しかったか、身をもって体験したようですからね」
「……でも、回復魔法掛けるの早くないですか?」
ミッシェル様に答えると、シャル様が聞いてきた。
「もっと苦痛を感じさせてから回復した方が、調教の効果が高いですよ」
鞭をしっかり入れた方が飴の効果は高いと言いたいらしい。可愛い顔して言っていることは強烈だ。
「大丈夫ですよ。人がかける回復魔法は暖かく、心地いいですが、魔道具を使用してかける回復魔法は冷たく、全身に悪寒が走るといいます。あの男にはちょうどいいです」
要は飴と鞭ではなく、鞭と鞭なのだ。あの男に飴など必要ない。
「あとはこのまま放置ですか?」
「ええ。枢密顧問官が来る頃には、いい子になっとりますわ」
「電撃を嫌がって従順になる、という事ですか?」
「それもあります。せやけど、大事なんは歩き続ける方ですわ」
「?」
「サーシスにはこれから歩き続けてもらいやす。ずっと」
ミッシェル様は楽しそうに笑ったが、シャル様はいまいち理解していないようだ。
「ま、これは時間かかる話や。良かったら店の方に行きまへん? 飴と栄養ドリンク、新しいのありまっせ」
「! 行きましょう!」
「? イリス様、飴と栄養ドリンクに興味があるんですか? 私も欲しいです!」
「え! あ、いやぁ、シャル様には少し早いかなぁと……そうだ! アクセサリー売り場に行きませんか? 新しいデザインのがありまっせ」
「――行きます!」
(新しい飴と栄養ドリンク……今晩が楽しみだわ)
ミッシェル様に連れられて、私達はお店に向かった。
長くなってしまったので2話に分けました。本日中にもう1話投稿します。