49.【チェス販売開始】
午後予定が詰まっているので、早めの投稿です
翌日、朝一で扉を修理してもらい、通常運用を開始する。リバーシの人気もだいぶ落ち着いてきたのかお客さんの数も少なかった。
しかし、今日は多くの会頭が来るかもしれないとミッシェルさんが言っていた日だ。シャムルさんが転移して調べてたところ、今日の午後にはクランフォード商会に着くらしい。
その前に、明日から始まるチェスの販売の準備をしなければならない。すでに店内にはユリに描いてもらったポスターを貼ってあるので、宣伝は十分だろう。準備をしなければならないのは、当日設置する体験コーナーの担当者だ。
「さて皆さん。明日からチェスの発売を開始します。皆さんにはそのことで集まって頂きました」
集まってもらったのは、ニーニャさんとナタリーさん、それにユリだ。お店の運用は他のメンバーに任せている。
「明日は、店外にチェスの体験コーナーを作ります。そこでお客さんの相手ができるように、ニーニャさんとナタリーさんにはチェスのルールを覚えて頂きます。簡単には説明しましたが、私とユリを相手に模擬戦をして、分からないことがあったら都度聞いて下さい」
ユリはすでにチェスのルールを覚えているため、相手役をしてもらう。
「自分のキングを取られんように相手のキングを取るっちゅう訳やな。駒の動き覚えるんが難しそうやけどそれ以外は簡単そうやね。さっそく始めよか」
「そうですね。ユリさん、お願いできますか?」
「分かりました! よろしくお願いします!」
さっそくナタリーさんとユリが対戦を始める。
「ほなこっちもよろしゅうな」
「はい。よろしくお願いします」
(そういえば、ミッシェルさんと初めて会ったのは露店でリバーシの対戦をした時だったな。あれから色々あったなぁ)
感慨深いものを感じながら、俺もニーニャさんと対戦を開始した。
「――アレンはんは、リバーシで母と戦ったんよね?」
ちょうどそのことを考えていたので、驚いてしまう。
「そうですね。露店で対戦しました」
「しかも勝ったと……」
「そうです。まぁ、自分が開発したゲームなのでそうそう負けませんよ」
正確には俺が開発したわけではないが、少なくともこの世界の人とは経験値が違う。
「いやぁ、母はこういうゲーム得意なんよ。初見でもそうは負けへんで」
確かにあの時、ミッシェルさんはリバーシを初めて見たはずだ。それなのに、5連勝していた。
「だから楽しみにしてたんよ。アレンはんと対戦するの。わてを楽しませてくれや」
そう言って、ニーニャさんは1手目を打った。
「……模擬戦ですからね?」
俺も次の手を返す。
「勝負は勝負や! 負けへんで!」
そうしてお互い手を進めて行くうちに俺はあることに気付いた。
(さっきから同じ駒を取り合っている?)
ニーニャさんは自分のポーンを犠牲にポーンを、ナイトを犠牲にナイトを取りに来ていた。
(明らかに狙ってやってるよな……あぁ、なるほど)
おそらく、駒の数を減らして選択肢を減らしたかったのだろう。
互いに同じ駒を取り合っているので、盤面に優劣はほとんど無い。そのうえで、選択肢を減らすことで考える要素を減らし、初心者でも戦いやすい盤面に導きたかったのだろう。
(早めに気付けて良かった。それなら!)
俺は駒の取り合いに付き合うのをやめて、陣形を整えることにする。結果、ポーンをいくつか取られてしまったが、陣形が完成した。これで俺の駒は簡単には取られない。
ここに来て、ニーニャさんは俺の戦略を悟ったのだろう。一方的にポーンを取って喜んでいた時とは違い、打つ手に迷いが見える。
(さっきまでみたいに同じ強さの駒を取ることができなくなっちゃったからな。残りのポーンを取るためにナイトやビショップを犠牲にしなきゃならないぞ)
強い駒を犠牲にすることをためらったのだろう。ニーニャさんの手が縮こまってきた。そうしているうちに、盤面上に散らばっている駒を1つずつ取っていく。
(強い駒とはいえ、陣形を組んでいるこっちの駒ほどじゃないからね)
結局ニーニャさんの駒をほとんど取り、俺は勝利した。
「ありがとうございました」
「はばかりさんどした。……やっぱりアレンはんは強いな。敵わんかったわ」
「ニーニャさんも強かったですよ。特に最初の戦術はお見事です」
「――いやぁ駒の数が多すぎやから減らそ思うたんやけどな。途中から上手くいかなかったわ」
「先に陣形を作らせて頂きました。陣形を作って駒同士を連携させると駒の働きが何倍にもなります」
「個のより連携した方が強い……か。人も駒も一緒やね」
「あはは。そうですね」
その後も俺達は模擬戦を繰り返す。何度か危ない盤面もあったが、何とか全勝することができた。
「模擬戦はここまでにしておきましょう。朝礼でも言いましたが、午後からは、各商会の会頭が来るかもしれません。念のため、皆さんも備えていてください」
「はーい!」
「わかりました」
「承知したで」
その日の午後、予想通り、いくつかの商会の会頭がやってくる。皆、リバーシに興味を持っていて、卸売り契約を結びたいと言ってきた。
中には、専属の卸売り契約を結ぶよう強く迫ってくる会頭もいたが、アナベーラ商会と専属の卸売り契約を結んでいることを伝えると、大人しく引いてくれる。
(やっぱりアナベーラ商会の影響力は凄いよな。でもニーニャさんと婚約するのは……うぅ……)
ニーニャさんが働いているのを見て、俺への対応が丁寧になる会頭は多かった。おそらく、ニーニャさんもそれに気付いているのだろう。会頭らしき人が来た時には積極的に対応してくれた。
おかげで大きな混乱もなく、1日を乗り切ることができた。明日から発売予定のチェスの宣伝も行えたので、上出来だろう。
(もっと混乱すると思ってた……ミッシェルさんとニーニャさんのおかげだな。でも絶対勘違いされたよな……)
実は、何人かの会頭に『ニーニャさんと婚約しているのか』と聞かれたのだ。俺は否定したのだが、ニーニャさんは笑顔でいるだけで、否定も肯定もしなかった。そのため、俺とニーニャさんが深い仲だと勘違いした会頭が、少なからずいただろう。
(ニーニャさん狙ってたよな……でも悪い気はしないんだよなぁ……いやいや俺にはクリスさんが……ああ、もう!)
献身的なニーニャさんの対応に心動かされている俺が、確かにいることを感じる。
翌日、フィリス工房からチェスが納品される。サンプル品は見ていたが、実物はそれよりも素敵だった。
さっそく、従業員総出で設置していく。今までリバーシしか置いていなかった店内に、チェスが置かれたことで、一気に華やかになった。ユリに作ってもらったチェスの販売開始のポスターも申し分ない。
(宣伝用のポスターと販売開始のポスターでこうも印象が違うとは……さすがだな)
昨日までの宣伝のおかげか、店外には開店前から行列ができていたが、あらかじめ人員を配置できたので、大きな混乱もなく開店することができた。
開店直後、店内に人が殺到したが、マグダンスさんの指揮のもと皆で対応していく。バミューダ君も慣れないながらも頑張って列の整理をしている。
体験コーナーも大盛況だった。華やかさを出すために、女性陣に体験コーナーを担当してもらったのだが、大当たりのようだ。特に昨日訪れていた会頭達はこぞってニーニャさんと対戦しようとしている。
「例の件、なにとぞ……」
「そやなぁ。わてに勝ったら考えんでもないで?」
……危ない会話が聞こえた気もするが、聞かなかったことにしよう。
混雑はしていても順調に運用していたが、突然怒鳴り声が聞こえてくる。
「あの時助けてやったのを忘れたのか! ここはわしに譲るべきだろう!」
「関係ないでしょう。そもそもあの時だって貴方が余計なことをしなければ、大事にはならなかったんですよ!」
「き、貴様……いいから譲れ!」
「嫌です!」
どうやら年配の会頭が若い会頭に無理を言っているようだ。年配の会頭は、頭に血が上ったのか、手にしている杖で地面を強く叩き出した。身の危険を感じたのか、周りの人達は距離を取る。
そんな中、ナタリーさんが年配の会頭に向かって声をかける。
「お客様、ここでのもめ事は困ります。大人しく並ぶのと、店から放り出されるの、どちらがいいですか?」
「なっ! 貴様! わしを誰だと思っている!」
年配の会頭がナタリーさんに向けて杖を振るった。
(危ない!)
そう思った次の瞬間には年配の会頭が持っていた杖はナタリーさんの手の中にあった。
「お客様? 放り出されるのをご希望ですか?」
「なっ! ……え、ナタリーさん? ……あ、いや……その……す、すみません……」
聞くところによると、ナタリーさんはニーニャさんの護衛として割と有名な存在らしい。年配の会頭は急に大人しくなって、列の最後尾に並んだ
「ナタリーさん! 手は大丈夫ですか?」
「ありがとうございます。問題ありませんよ」
「そうですか……良かったです。それにしてもお見事です! ナタリーさん強いんですね!」
「これでもニーニャ様の護衛ですから。バミューダ君には取り押さえられちゃいましたけどね……」
そう言って謙遜していたが、会頭同士のもめ事を一瞬で収めた手腕は見事だ。この分なら、任せて大丈夫だろう。
結局この日も、大きな問題なく1日にを乗り越えることができた。俺が対応しなくても、クランフォード商会が運用できていることが誇らしい。
翌日も、お店は問題なく運用できていた。不要かもしれないが、念のため午前中は俺も待機している。
そして午後からは、待ちに待ったクリスさんとのデートだ。
予定より長くなってしまったので、デート回は次話にしました。
楽しみにしていてくださった方、もう少しだけお待ちください。
ニーニャさん視点の物語を本編完結後に投稿予定です。
本話については、そちらで違った見方ができるかも?
こうご期待!