212【最後の対談2 最後の言葉】
「モーリスの場合、ソルシャ様への態度もそう思わせてる原因の1つなんじゃないかな?」
項垂れ続けるモーリス王太子を見ていても埒が明かないので、どうせなら、マークさんが気にしていたソルシャ様の事も話しておこうと思い、俺はモーリス王太子に話しかけた。
「は? え? ソルシャへの態度?」
「うん。だってモーリス、あの日のパーティーでソルシャ様を追い詰めて楽しそうにしてたじゃん」
「お、追い詰めてなんて、俺はただ、ソルシャとの不仲を見せつけただけで……」
「いやいや。強引に婚約者に決めておいて、理由もなく嫌うってそれだけで追い詰めてるから」
ソルシャ様にモーリス王太子に対する恋愛感情が無い事は聞いている。モーリス王太子もそれは分かっているはずだ。その状態で、強引に婚約しておいて、理由もなく嫌われたら、誰だって辛いだろう。
「だ、だけど……俺と婚約したから、あいつの家は救われたわけで――」
「――だとしても、婚約者としての最低の義務ってあるよね? それに、いずれにしてもソルシャ様を傷つけたのは事実でしょ? そしてその時、モーリスは楽しそうにしていた。それを見た貴族達がどう思うかは………………分かるよね?」
「………………」
これについては、正直、貴族達がモーリス王太子を避けている理由とは、関係ないかもしれないと思っている。というのも、貴族であれば、家のために好きでもない男に嫁ぐなんてよくある話だからだ。その際、相手の男に冷遇される可能性は十分にあるだろう。それこそ、正妻を蔑ろにして、浮気三昧の男だっているはずだ。
ゆえに、俺は言葉を濁した。この言い方なら、『噓発見』の魔道具が反応する事は無いからだ。俺が濁した言葉は、モーリス王太子が勝手に推測してくれるだろう。実際、俺の言葉をうけて、モーリス王太子は考え込んでいる。
「………………………………俺は……俺はどうすればいい?」
しばらくして、モーリス王太子が俺に聞いてきた。
「どうするって?」
「俺が……皆に避けられてる原因は……何となくだが……分かった。でも、それならどうすればいいんだ?」
「まぁ……とりあえず、今身近にいる人に真摯に向き合う事じゃないかな?」
「身近って……ソルシャか?」
「ソルシャ様も含めて身近な人だよ。とにかく、身近な人と真摯に向き合って少しづつ信頼を回復していくしかないんじゃない?」
「だ、だが……それじゃ…………」
「『ハーレム』が作れない?」
「……(こくっ)」
モーリス王太子は黙って頷く。
「……なぁ、アレン。お前はどうやってハーレムを築いたんだ?」
「は?」
いきなりの質問に俺は面食らってしまった。
「いや、俺はクリス一筋だぞ?」
「そんなわけない! シャルやニーニャやお前の事を好いているのは知っている。それも正妻のクリス公認なんだろ!? どうやったんだ!?」
「いや、お前……いい加減、人の妻を呼び捨てにするのはやめろ」
1度目は許したが、さすがに2度も呼び捨てにされると許すわけにはいかない。俺は言葉に怒気を込めてモーリス王太子に注意する。
「――っ! あ、ああ。すまない。つい……気を付ける」
俺の怒気に気圧されたのか、モーリス王太子が謝罪した。
(『つい』? 『つい』ってなんだよ? こいつ、クリスの事も狙ってたのか?)
今現在、俺にとってモーリス王太子は『権力を持っている都合のいい他人』だ。友人ではないものの、敵とは思っていないし、復讐対象でもない。だが、クリスを狙っているとなれば、話は変わってくる。
「い、いや、違うぞ! 今はもうブリスタ子爵令嬢を狙っていない! 昔……そういう感情があった事は事実だが、アレンと付き合いだしてきっぱりと諦めたんだ! 本当だ、嘘じゃない!」
俺の心の内を知ってか、モーリス王太子が必死に言い訳しだした。まるで、悪い事をした事がバレた子供みたいに。
(『昔そういう感情があった』って……馬鹿なのか? それ、俺の前で言うか? さっきの話といい、そんな事、少し考えればわかるような……………………あー、そっか。分からないんだ。モーリス王太子には……)
優れた政策を打ち出したりもしているから、気付けなかった。
(モーリス王太子は、精神年齢が幼いんだ。教育係はいただろうけど、モーリス王太子が結果を残すから、何も言えなくなっちゃったんだろうな。あー、なんか色々納得した……)
モーリス王太子は、知識チートを持っているだけの子供なのだと、俺はようやく理解する。
結果を残し続けてきたため、周りの大人が、モーリス王太子に何も言えなかったのだろう。まともな教育を受けてこなかったモーリス王太子。その結果、知識チートを使って新しい政策を打ち出すことは出来るが、人の気持ちを理解したり、自分の欲望を我慢したりすることが出来ない人間になってしまったのだろう。
(ま、俺の知った事じゃないんだけどね………………はぁ……)
「モーリス。『ざまぁ』や『ハーレム』を目指すのはもうやめろ。さっきも言ったけど、今は、身近な人と真摯に向き合って少しずつ信頼を培っていくんだ。そうやって頑張っていれば、いつかお前を気にしてくれる女性が現れて『ハーレム』を作れるかもしれないし、敵対者が現れたら『ざまぁ』が出来るかもしれない。でも、それは結果であって自分から目指す物じゃないんだよ。お前がそうなった原因は、『ざまぁ』や『ハーレム』に拘って、身近な人間を蔑ろにしたからだ。……俺に言えるのはそれくらいだな」
モーリス王太子の事は、もう放置して何もしないつもりだった。落ちぶれるも復活するも、モーリス王太子自身に任せるつもりだった。
しかし、モーリス王太子の事情を察してしまった今、何も言わずにいる事は出来ない。周囲の人間に恵まれず、知識チートを正しく使えなかったら、俺も、モーリス王太子のようになっていたのかもしれないと思ってしまったのだ。
(俺は本当に周りの人に恵まれた。なら、ちょっとだけ……ちょっとだけ、俺がモーリス王太子にアドバイスをしてあげよう。後は、モーリス王太子次第だ)
「真摯に向き合う……」
「うん……さて、相談は以上か?」
「あ、ああ。以上だ。その……ありがとう」
「……ああ」
モーリス王太子に俺の言葉は響いたのだろうか。正直、分からない。だけど、これ以上は、俺の知った事ではない。
俺は、モーリス王太子が退室するのを見送ってから、応接室を後にした。