206【結婚式3 誓いの言葉】
(天使だ…………)
覚悟はしていた。表情も崩れないよう、気合も入れたはずだった。しかし、扉から入って来たクリスを見て、俺は惚けてしまう。
(綺麗で……可憐で……美人で……ヤバい)
いつも『可愛いなぁ』と思いながら見ていた愛しいクリス。だが、今日は『可愛さ』とり『美しさ』が勝っている。純白のドレスと相まって、神々しさすら感じた。
そんな、天使のようなクリスが、お義父さんに手を引かれてゆっくりと歩いてくる。
「おぉぉ……」
「美しい」
「あれがブリスタ子爵の……」
いつも美しい女性達を見ているはずの貴族達も、クリスの姿に思わず声を漏らす。
(この人が、俺のお嫁さんに……俺なんかでいいのか? 俺なんかがクリスの横に……いや、弱気になるな! 胸を張れ!)
ゆっくり近づいてくるクリスの神々しさに思わず弱気になってしまう。そんな自分を叱責し、俺は全身に神経を張り巡らせた。
(俺がクリスを選んだだけじゃない。クリスも俺を選んでくれたんだ。なら、俺が弱気になっちゃいけない! そりゃ、俺の外見は平凡だけど……それでも、クリスの夫としてふさわしい振る舞いをするんだ!)
ぱっと見の見た目は平凡でも、仕草で優雅さを演出する事は出来る。自分の見た目が平凡であることを自覚している俺は、何度も仕草の練習してきたのだ。クリスの横に立っても恥ずかしくない男になるために。
(俺は猫背気味だから意識して少し胸を張る。重心は両足の3点で均等に分散されるように意識する。手はまっすぐ下ろして指は伸ばし過ぎず、あえて少しだけ曲げておく)
マナー講師の方に教わった内容を1つ1つ思い出しながら自分の姿勢を正していく。
(そして、笑っちゃいけないけど笑顔を絶やさない。そのためには、表情を崩さないように努力しつつ、この場を思いっきり楽しむ! ……そうさ。今日は俺とクリスの結婚式なんだ。主役の俺が楽しまなくてどうする!)
表情は変えずに、俺は心で笑う。すると、こちらに歩いて来ていたクリスも、表情を変えずに笑った気がした。
クリス達が祭壇の前までたどり着いたので、俺はお義父さんからエスコート役を譲り受ける。
「……娘を任せたぞ」
クリスの手がお義父さんの手を離れた時、お義父さんが俺に言った。
「はい」
俺は大きな声ではないものの、力強く返事をする。俺の返事に、お義父さんはにっこりとほほ笑んだ。
お義父さんからエスコート役を譲り受けた俺は、クリスと一緒に祭壇の前に立つ。
「続きまして、讃美歌を歌います。皆様もご一緒にお願い致します」
進行役の方のアナウンスに従い、皆で讃美歌を歌う。幼い頃、ユリと一緒に行った教会でよく歌っていた讃美歌だ。
讃美歌を歌い終わると、次は神父様が聖書を朗読して下さってから、俺達に問いかけた。
「新郎、アレンよ。あなたはクリスを妻とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい。誓います」
「では、新婦、クリスよ。あなたはアレンを夫とし、健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい。誓います」
俺達はこの世界でも定番となっている誓いの言葉を述べる。今まで何度か聞いた事がある誓いの言葉だが、自分で誓うとこれ以上なく重い言葉なのだと実感できた。
「結構です。誓いの証として、お互い指輪を交換してください」
神父様の言葉で俺とクリスの結婚指輪が運ばれてくる。もともとこの世界に無かった指輪交換の儀式だが、プランナーさんにお願いして導入してもらったのだ。
クリスの指輪を俺が受け取り、クリスの指に、そして、俺の指輪をクリスが受け取り、俺の指に、順番にはめていく。
左手に感じる、新しい指輪の感触。誓いの証となるその指輪の重みが、とても心地よかった。
俺達が指輪を交換し終わると、神父様はその場にいる全員に語りかける。
「今、神の御前にて誓いが成されました。ここに、新郎アレンと新婦クリスが夫婦となった事を宣言致します。どうぞ、若い2人の新しい門出を、盛大な拍手で見送ってあげてください」
神父様の宣言で、教会内は拍手に包まれた。
「新郎新婦が退場致します。皆様、そのまま拍手でお見送りください」
進行役の方のアナウンスを合図に、俺とクリスは、ゆっくりと歩き出す。
「お兄ちゃん、お義姉ちゃん、おめでとう!」
「おめでとう! ……です!」
「お幸せになのじゃ」
皆、口々にお祝いの言葉を述べてくれる。皆に祝われながら、俺達は教会を後にした。
「「ふー……」」
教会を出て、扉が閉まったタイミングで、俺とクリスは同時に息を吐く。その様子がおかしくて、どちらからともなく、俺達は笑い合う。
「お疲れ様。いやぁ、緊張したね」
「そうですね。躓かないように必死でしたよ」
そう言って笑うクリスは、いつもの可愛いクリスで、神々しさこそ無くなったものの、愛しさはいつも以上だった。
「ドレス、よく似合ってるよ」
「ありがとうございます。アレンのタキシードも素敵ですよ」
緊張から解放された状態で見るクリスのドレス姿は本当に可愛らしく、ずっと見ていたい気分にさせてくれる。
「失礼致します。そろそろ、ご移動をお願い致します」
一向に移動しない俺達に、式場の方が声をかけてきた。俺達が移動しないと、教会の扉を開ける事ができず、参列者の皆が移動できないのだ。
「わっ! すみません! 行こう、クリス」
「はい! 失礼しました」
慌てて俺達は自分達の控室に向かう。それぞれの控室で少し休憩した後、一緒に披露宴の会場に移動する予定だ。
「それじゃ、また後で」
「ええ。また後で」
クリスと別れて自分の控室に入る。式の前に1人でこの部屋にいた時は、冷たい寂しさを感じたが、今はもう、寂しさなど感じない。
左手にはめられた指輪が、俺にクリスの存在を感じさせてくれるのだ。
(これが結婚……か)
心地よい暖かさを感じながら、俺は披露宴に向けて、準備を始めた。