186【断罪1 立太子の儀式】
その日、俺達はモーリス王子の招待客として王宮を訪れていた。名目上はモーリス王子の『立太子の儀式』に参加するためので、儀式の参加者は俺とクリス、ユリとマークさん、バミューダ君、そしてミーナ様だ。こういった儀式にはパートナーを連れて出席する者なのだが、ユリのパートナーとしてマークさんが名乗り出てくれた時は驚いた。
「ふふふ。これで私もアレンさん達の側でサポートできます。(ユリさんにおかしな虫を近づけるわけにはいきませんしね)」
マークさんが一緒に来てくれることは、正直心強い。後半はよく聞き取れなかったが、心配することはないだろう。
王宮の門番さんに案内されて、儀式の参加者用の控室に着いた。
「いよいよだね、お兄ちゃん」
「うん、いよいよだ」
「緊張しすぎです、アレン。気持ちは分かりますが、もう少しリラックスしましょう」
「大丈夫ですよ、アレンさん。私達皆がついてます。気を楽にしてください」
「……ミーナも大丈夫? ……です?」
「も、もちろん、大丈夫、ですわ!」
緊張するのも仕方がないだろう。俺達の本当の目的は、王子達の断罪なのだから。ミーナ様の事は、バミューダ君に任せるとして、俺は、自分のコンディションを整える事に集中する。
深呼吸を繰り返していると、周りの声が聞こえてきた。
「あれが例の……」
「『ロイヤルワラント』を授与された商品の特許権を手放したという」
「まぁ。そんなことがあって、よくこの場に顔を出せたものね。モーリス王子に申し訳ないと思わないのかしら」
「まぁまぁ。特許権は奪われたという事ですし、仕方がないでしょう。まぁ、私なら、たとえ拷問されても手放しませんがね」
「そうですね。多少成り上ろうとも、所詮は平民、というわけですか」
声のする方を見てみると、どこかで見たような顔が並んでいる。
(誰だっけ? どっかで見たような……あぁ! 裁判の時にいた貴族達か!)
ようやく思い出したその顔は、側室が告訴人を勤めた裁判で、傍聴席にいた貴族達だった。
(この期に及んでまだそっち側なのか……はは、ご愁傷様)
この場で俺達の悪口を言うという事は、彼らはモーリス王子が切り捨てようとしている側なのだろう。現に、大半の貴族達は、彼らの事を冷ややかな目で見ている。
ちなみにこの場にいる者は、伯爵位以上の上位貴族と、俺達のようなモーリス王子と深いつながりがある者だけだ。彼ら以外の反応を見るに、モーリス王子とミッシェルさんは彼ら以外の上位貴族の心を、しっかり掴んでいるのだろう。これなら、彼らさえ切ってしまえば断罪も上手くいきそうだ。
その後、王宮の方の案内で、『立太子の儀式』を行う会場に移動する。通常こういった儀式の場合、位の高い者から順番に案内され、会場の一番前にならぶのだが、俺達は、ファミール侯爵家の次に案内された。これは、モーリス王子が俺達の事を、正妻の生家であるファミール侯爵家の次に大事にしているという事を意味している。当然、側室の生家であるバージス公爵家の人達にとっては面白くない
(うわぁ、バージス公爵家の人達が凄い眼で睨んでるよ。あはは、この視線が心地いいと思う辺り、俺も意地が悪くなったな)
『立太子の儀式』を行う会場の一番前に並ぶと、先に並んでいたファミール侯爵家の人達が少しだけ驚いた表情でこちらを見る。だが、その表情はすぐに笑みへと変わった。モーリス王子の意図を察したのだろう。
そして、その後も参加者達が会場に案内されてくるが、なかなかバージス公爵家の人達はやってこない。
(もしかして、俺達が先に案内された事に怒って帰っちゃったのかな?)
本来であればありえない事だが、側室の生家より平民の俺達を優先するというのも同じくらいありえない事だ。帰ったとしても仕方ないのかもしれない。
会場に3分の2以上の参加者が入場し、『これは本当に帰ったのだろう』と思ったその時、ようやく、バージス公爵家が会場に入って来た。
(おぉ、モーリス王子、そこまでするか)
入場してきたバージス公爵家の人達は顔を真っ赤にして、怒りの表情を隠せずにいる。それも当然だろう。側室の生家であり、公爵家である自分達が、多くの平民より後回しにされたのだから。
その後入って来た者達は、控室で俺を悪く言っていた者達だけだった。彼らはなぜ、自分達の案内がこんなに遅いのか理解できず、不安そうにおろおろしたり、怒りで顔を赤くしたりしている。
(そう言えば、モーリス王子の目的って『ハーレム』と『ざまぁ』だったっけ。ちょっとやりすぎな気もずるけど……まぁ、いいか)
彼らがモーリス王子に何をしたのかは知らないけれど、それだけの事をしたのだろう。同情する気もなかったし、俺には関係ない事なので、頭を切り替える。
全ての参加者の入場が終わると、会場内に進行役の方の声が響き渡った。
「これより、国王陛下、並びに王族の皆様が入場されます。皆様、最敬礼をお願い致します」
声に従い、最敬礼を行うと、俺達の前を王族が歩いている音が聞こえてくる。その中には、カミール王子とサーカイル王子もいた。
「ご苦労。皆面を上げよ」
国王陛下の号令で俺達は最敬礼を解いて、顔を上げる。
「――は?」
「――っな!?」
「――っ!?」
直後、カミール王子とサーカイル王子、そして側室の声にならない叫び声が響いた。本来、バージス公爵家の人達がいるべき場所に俺達がいて、バージス公爵家の人達がかなり後ろにいる事に気付いたのだろう。
「ほう。これはこれは。モーリスも思い切った事をするな」
「あ、貴方! 何をのんきなことを! そこの平民! すぐにバージス公爵家の者に場所をゆずりなさい! 他の者も――」
「――控えよ、ブリンダ。『立太子の儀式』は王太子となるモーリスが取り仕切っておるのだ。おぬしが口を出すことは許さん」
「――っ!」
国王陛下に一喝されては、側室といえど、何も言い返せないようだ。顔を真っ赤にして、歯を食いしばっているものの、それ以上何かをいう事は無かった。王妃様が笑いをこらえているように見えるのは、気のせいだと思う事にしよう。
「ふむ、異論はないようじゃの。それでは、先に進めよ」
「はっ! 続きまして、モーリス王子のご入場です」
進行役の方の声が響くと、入口の扉が開き、モーリス王子が入って来る。参加者の中心に作られた道を進み、モーリス王子が国王陛下の前までたどり着いた時、再び、進行役の方の声が響いた。
「それではこれより、モーリス王子の『立太子の儀式』を開始します」
モーリス王子が国王陛下の前に跪く。その様子を側室が、国王陛下の後ろから憎らし気に眺めている。
(王子達は意外と冷静だな。モーリス王子が王太子になってもおこぼれに預かれるとでも思ってるのかな?)
そんなことを考えながら、俺は『立太子の儀式』が進むのを眺めていた。