184【王子の傷跡4 ミリア=オーティス】
「いいですか、アレン殿。くれぐれも、くれぐれも、彼女の事は内緒にしてくださいよ?」
「……それは約束できません。ですが、ご迷惑をおかけしない事は約束しますよ」
「うぅ……信じますからね?」
院長は渋々といった様子で、ミリアさんが入っている個室の鍵を開けた。
「ありがとうございます。絶対に大丈夫ですから安心してください」
院長にほほ笑んでから、ミリアさんの個室に入る。扉が開く音に反応して、ミリアさんがこちらを見た。
「……誰?」
「初めまして。アレン=クランフォードと言います。ミリア=オーティスさんですね?」
「そうだけど……なんで私の名前を知っているの? ここの誰にも言っていないはずだけど?」
ミリアさんの視線に疑惑の色が宿る。
正直、予想以上にしっかりと受け答え出来ている事に驚いた。両腕両足の惨状を見ると、もっと精神を病んでいてもおかしくはないと思ったのだが、近くで彼女を『鑑定』した事で、その理由も推測できた。これなら十分に会話が出来そうだ。
「申し訳ありません。勝手ながら私がミリアさんを『鑑定』しました」
「ああ、なるほど。それで、私が名器持ちだと知ってやりに来たのね」
「………………は?」
そう思っていたのだが、突然、話の流れが明後日の方向にぶっ飛ぶ。
「あの……おっしゃっている意味が分からないのですが…………」
「恥ずかしがらなくていいよ。あ、君、童貞なのね? んー、今の私はこんな状態だから、大したリードは出来ないけど……下の口を勝手に使っていいから。はい、どーぞ」
そう言って、ミリアさんは腰を突き出す。
(童貞って……いや、童貞だけども!)
「いえ、そうではなく……聞きたいことがあるんです」
「え? いちいち口で説明しなきゃダメ? 本能のままに突っ走ればいいのよ?」
「だから、そうじゃなくて! 貴女の過去を知りたいんです!」
「ほえ?」
ようやく話が通じたのか、ミリアさんが思案顔になる。
「それって……私の性体験を知りたいって事?」
全く通じていなかった。全身の力が抜けるのを感じる。
「そうじゃなくて――」
「――本命、ルーミル。次点、ガンジール。大穴、王子のどっちか。ってとこかな?」
「………………え?」
「君に私の事を話した人よ。……そう、ガンジールから聞いたのね」
「――!?」
(この人、心が読めるのか!?)
「読めないわよ。ただ、論理的に考えて、君がガンジールから私の名前を聞いていた可能性は高いし、何より、ガンジールの名前に一番反応したってだけ。君、商人ならもう少し腹芸を覚えた方が良いわよ?」
「…………」
確かに俺は腹芸が苦手だが、そういうレベルではない気がする。
「失礼な。私は論理的に物事を考えているだけよ。いい? 君は、アレン=クランフォードと名乗った。その名はルーミルがガンジールを操って潰そうとしたクランフォード商会の長男の名前。そしてクランフォード商会と言えば、王子達が特許権を奪った商会でしょ? つまり、君の目標はクランフォード商会会頭とその奥さんを殺した王子達への復讐。本当は今すぐ王子達を殺してやりたいけど、相手は王族だからモーリス王子が王太子に就任するまで手が出せず、今は情報収集中。そんな中、ルーミルを通してサーカイル王子の手先になっていたガンジールに会った。私の身体を見ても、嫌悪感を表さないくらい優しい君なら、ヘロイン中毒にされてルーミルの指示に逆らえなかったガンジールを責めるような事はしない。むしろ、久しぶりに会ったガンジールを気にかけて、話しかけようとする。で、君に話しかけられたガンジールは、恐らく君を責めるでしょう。薬を盛られてたいとはいえ、ガンジールにとって、ルーミルとの生活は心地の良い物だったのだから。そして、それに君が反論すれば、ガンジールは、自分達の事情を話すでしょ? その中には、私のせいでルーミルの性格がゆがんだという話が出る可能性が高い。というか、出たのでしょ? そして、聞き覚えのない名前に興味を持った貴方は、ガンジールから私について聞き出そうとするけれど、ガンジールにとってルーミルは、ヘロインの事を一番思い出す相手。途中でフラッシュバックが起きてろくに情報を得る事が出来なかった。そうなれば、医者は君に、ガンジールの前で私の話をする事を禁止する。それでも君はあきらめずに他の方法で私を探し当てた。だいぶ苦労したようね。私が茶化した時にイライラしたのが、その証拠。ようやく目当ての私に会えたのに、話が進まなかったからイライラしていたのね。少し脱線したけど、以上が、私の名前をガンジールから聞いたのだろうと予想した理由よ。論理的な誰でも分かる内容でしょ?」
理論整然と語られたミリアさんの予想は、聞けば納得できなくはないものの1から考える事など、到底不可能としか思えない内容だった。
(俺とガンジールさんの思考を完全に読み切ってるじゃん! どこが一般的だよ!)
どうも、心を全て見透かされているようで居心地が悪い。しかも、最初の下ネタ満載の会話は『茶化してた』のだと言われると、真面目に応対していた事が恥ずかしくなってくる。
「ん? ああ、別に面白がって茶化していたわけじゃないよ? むしろ8割方そっちが目的だと思ってたから、とっとと済ませてもらおうと思ったんだ。ね。今の私じゃ抵抗できないからね」
「あ……すみません」
ここに来て、俺は、ミリアさんが女性で、両手両足が使えない無防備な状態でいる事を思い出した。こんな状態で見知らぬ男性と会うのは、恐怖でしかないだろう。
「ふふ。いいって。君がイライラしてくれたから、私は安心出来たのだしね。……それで? 私の何を知りたいの?」
「単刀直入に聞きます。貴女にひどい事をして、ここに入院させたのは、サーカイル王子ですね?」
かなり不躾な質問だが、ミリアさんには、回りくどい言い回しをするよりズバッと聞いてしまった方が良いと思い、はっきりと質問する。
「ふふ。半分正解で半分外れよ。私をここに入院させたのは、サーカイル王子だけど、私にひどい事をしたのは、カミール王子とサーカイル王子、両方、よ」
「え……両方?」
「ええ。そうね……せっかくだから私の昔話に付き合ってもらおうかしら。君にとって有益な情報もあると思うから。あ、懐に忍ばせている『録音』の魔道具はテーブルの上に置いていいわよ。その方が、音が綺麗に拾えるから」
「……」
俺は言われるがまま、『録音』の魔道具をテーブルの上に置く。その様子を見た、ミリアさんは、ゆっくりと頷いた後、自分の身に起きた事について話しだした。