183【王子の傷跡3 もう一人の入院患者】
その日、俺はガンジールさんのお見舞いのために、病院を訪れていた。
おばあちゃん達は今日もミリア=オーティスを探してくれているが、相変わらず進展は無い。『もしかして、ミリア=オーティスという人物は、薬に侵されたガンジールさんの空想上の人物だったのでは?』。そんな不安が頭をよぎる。
(……分からない。でも、ミリアさんの名前を呟いた時のガンジールさん表情……あの表情は空想上の人を思い浮かべて、なんて表情じゃない。もっと別の……何か大切な事を思い返している表情に見えたんだ……きっと……多分……うぅ……)
そんな事を考えながら、俺は院長に案内されて隔離病棟へ向かう。院長は、最初の頃と違い、俺におどおどした様子は見せない。おそらく、俺に『病院の経営者』として接する必要はなく、1人の『お医者様』として接すればいいという事に気付いたのだろう。
隔離病棟の中に入り、いつものようにガンジールさんの個室に向かう。しかしこの日は、いつもと違う事が1つだけあった。ガンジールさんの部屋より2つ手前の個室にうつろな表情をした女性が入れられていたのだ。
(あれ? この前まで無人だったのに――!?)
廊下の離れた場所からは、無傷の顔と胴体しか見えず、一見、なぜ、隔離病棟にいられているか分からなかった。そんな疑問から、軽い気持ちで部屋の中をのぞいてしまった俺は、あまりの惨状に思わず吐きそうになってしまう。
(――な、なんだあれ……なんで……あんな……)
その女性の両手は所々黒く炭化しており、、両足は壊死して腐っていたのだ。。
「アレン殿? ――ああ、彼女ですか。ひどいものです。とある方々が面白半分でやったそうで……我々では手の施しようがありません。それこそ、『シャル王女の奇跡』でも起きない限り、治すことは不可能でしょう」
「面白半分って……って、『シャル王女の奇跡』?」
「ええ。なんでもシャル王女の『回復』魔法は、『欠損部位を復元させ、焼きただれた皮膚を修復し、はたまた死者さえよみがえらせる』のだとか。最初は嘘だと言われていたようですが、実際に治してもらったという方が結構いましてね。怪我人達の最後の希望となっているのですよ」
「ヘー、ソウナンデスカ。ソレハスゴイデスネ」
ものすごく身に覚えのある話を院長から聞き、俺は必死で表情を作る。返事が棒読みになってしまったが、そこまで取り繕う余裕はなかった。幸い、院長は俺の異変には気付いていないようだ。
「とはいえ、シャル王女に回復魔法をかけて頂くには、王妃様の紹介が必要らしく、我々ではとてもとても……彼女には申し訳ないのですが、自殺しないように見守る事しかできないのですよ」
「……そう、ですね」
院長は、シャル王女の『回復』魔法にかかれば、彼女の怪我も治せると思っているようだが、彼女は、俺達の『整形』でも、治す事は難しいと思う。
かなり誇張して広まっているが、『整形』で欠損部位を魔法のように回復することはないし、当然、死者をよみがえらす事も出来ない。ゆえに、彼女の炭化した腕や壊死した足を治す事は出来ないだろう。それでも一応、彼女の状態を『鑑定』してみる。
「――な!?」
鑑定の結果に、俺は驚きを隠せない。
『名称:ミリア=オーティス』
彼女こそ、俺やおばあちゃんがずっと探してきた人物その人だった。
「彼女と話をさせてください」
俺はさっそく院長に頼み込む。
「アレン殿? いきなり何を?」
「彼女の名はミリア=オーティス。彼女こそ、俺達がずっと探していた、ガンジールさんが呟いた名前の女性です」
「――!?」
院長は俺の言葉に驚きの表情を見せた。
「院長も、彼女の名前をご存じなかったのですか?」
「それが……彼女についてはほとんど何も知らないのです。『とある方』から『適当に処理しておけ』と言われまして……」
「……それ、『殺しておけ』という意味では?」
「恐らく、『あの方』の真意はそうなのでしょうね。ですが、ここは病院です。どのような理由があっても、命を絶つような事はしませんよ」
ミリアさんを助けても一銭にもならないだろうに。つくづく、この人は『お医者様』なのだと実感する。
「ちなみに、ミリアさんを連れて来た方というのは――」
「――それについては、絶対にお答えする事は出来ません」
院長がいつになく強い口調で答えた。
「そうですか……。まぁ、確かに、サーカイル王子の悪事を告発するわけにはいきませんもんね」
「ええ。口を滑らせたと分かったら、どのような目に………………――ふぇあ!!??」
(うん。やっぱり、この人、院長に向いてないな……)
この手の駆け引きが苦手な俺のカマかけに、こうもあっさり引っ掛かるようでは、経営者は向いていないだろう。
「あ、あ、あ、アレン殿!? な、な、何を、いきなり!? サーカイル王子は、今回の件と、全然全く関係ありませんよ!」
ここまで取り乱されると、カマを掛けたことが申し訳なくなってくる。
「ええ、もちろんです。私は院長の口から、サーカイル王子についての事など、何も聞いていません。そして、ミリアさんの事は、私が勝手に想像しただけです。彼女の事も、院長は何も話していませんよ」
「え? ……あ、そ、そうですよね。ええ、そうです。その通りです」
「だから、ミリアさんの事を知るために、私が、彼女とお話ししてもいいですよね?」
「ぅえ!?」
人の良い院長を言いくるめるようでさらに罪悪感が増すが、ここで引き下がることは出来ない。
笑顔で、丁寧にお願いし続けたら、院長は、ミリアさんと会話する事を許可してくれた。