182【王子の傷跡2 あの女】
「ふ、ふふ。ひ、久しぶり、ですね。私を、笑いにきた、の、ですか?」
「……いえ、ただ話をしに来ただけです」
「は、話し……ですか? あ、貴方が? 私に? ふ、ふふ。お、面白い、じ、冗談、です。わ、私、を、う、恨んで、いる、の、でしょう?」
「いえ。もう恨んでいません」
かつて俺達はガンジールさんに多くの嫌がらせを受けた。ユリが作った案内板を壊されたし、店の周りをゴミだらけにされたのだ。当時は、恨みもしたし憎みもした。だが、彼はサーカイル王子の手の者によってヘロイン中毒にされていて、サーカイル王子の命令に逆らえなかった事が分かったのだ。彼も被害者だった。今はもう、恨んでなどいない。
「お、おや。そうですか。わ、わたし、は貴方を、う、恨んで、います、けどね」
そう言って、ガンジールは自分の手を見せてきた。
「貴方、の、せいで、る、ルーミル、は、と、捕えられた。そ、そのせい、で、わ、私は、こ、このざま、です。ふ、ふふふ………………」
ガンジールの手は震えている。両手で強く握り合って、何とか震えを抑えようとしているようだが、震えは収まる気配が無い。
「ですが、あのままでは貴方は……」
ミッシェルさんがガンジールさんを捕えた時、ヘロイン中毒はもう回復の見込みがほとんど無いほど進行していた。あのまま放置していたら、今頃ガンジールの命はなかっただろう。
「あ、貴方、に、何が、わ、分かると、い、いうんです、か。わ、私、も、ミリア、も、る、ルーミル、も、ひ、必死で生きて、いた、のです、よ」
「……ミリア?」
『ルーミル』という名はミッシェルさんから聞いていたが、『ミリア』という名に聞き覚えは無い。少なくとも、ドット商会の関係者に『ミリア』という人物はいなかったはずだ。
「み、ミリア=オーティス。る、ルーミルの、姉、であり、は、反面、教師、と、なった女、ですよ」
(ルーミルさんに姉がいたのか!?)
そんな情報は、聞いていなかった。おそらく、ミッシェルさん達も知らないのだろう。
「その、ミリアさんというのは、どういう――」
「ふ、ふふ。ああ、今なら、分かります。る、ルーミルが、なぜ私に薬を渡したのか……ああ、薬、薬、薬が欲しい!」
「――っ!」
ガンジールさんの呂律が滑らかになったと思った次の瞬間、ガンジールさんは俺に襲い掛かって来た。とっさに地面に転がって、ガンジールさんの突進を避ける。ガンジールさんが、俺に襲い掛かった勢いそのままに壁にぶつかってよろけている隙に、俺は魔法銃を取り出してガンジールさんに狙いを定めた。だが、このままガンジールさんを吹き飛ばすわけにはいかない。
「――が、ガンジールさん! 落ち着いて下さい!」
「薬! 薬だ! 薬を寄越せ!」
ガンジールさんは壁にぶつかったダメージなどなかったかのように、再度俺にとびかかろうとする。
「いかん!」
廊下から声がした次の瞬間、ガンジールさんの服が青い光を放つ。
「が……ぐ……ぐぅ……」
「――ガンジールさん!」
ガンジールさんが、俺にとびかかろうとした体制のまま崩れ落ちた。急に脱力したため、頭を床に強く打ち付けたように見える。
「ガンジールさん! しっかり!」
「アレン殿、落ち着いて下さい! 患者を刺激しないよう、声を落としてください」
院長に小声で、しかし強い口調で窘められた。
「す、すみません……ですが、ガンジールさんが!」
「ご心配なく。ここの床や壁には『衝撃吸収』の特性を付与してあります。どれだけ強く頭を叩きつけようが、患者にダメージがいく事はありません」
院長の言葉を聞いて、少しだけ落ち着いた俺は、ガンジールさんを『鑑定』してみる。すると、ガンジールさんは中毒症状こそ残っているものの、外傷などは無かった。俺がほっと一息ついている間に、院長はガンジールさんを慣れた手つきでベッドに寝かせる。
「さて、魔道具を使用して『鎮静』させた以上、3時間は目を覚ましません。アレン殿、本日の所はお引き取り願えますか?」
「そうですね……分かりました。また後日、お伺いさせて頂きます」
「ええ、お待ちしております。ガンジールさんにとっても、良い刺激になるでしょう。ですが、先ほどお話しされていた、『ルーミルさん』と『ミリアさん』については、ガンジールさんとお話ししないでください」
「――っ!」
俺は思わず院長を見た。俺の眼には、院長を非難する意思が込められていたと思う。だが、院長は医者としての確固たる意志を持った眼で俺を見返した。。
「アレン殿。先ほどの会話は、私も聞いておりました。アレン殿がそのお二人についての情報を得たいという事は理解しておりますが、そのお二人は、ガンジールさんに薬物を連想させる人物なのでしょう? 医者として、そのような者についての会話を許可する事は出来ません。ご理解ください」
確かに、ガンジールさんがフラッシュバックを起こした原因は、ルーミルさんとミリアさんについて話していたからだろう。医者として、そのような会話を禁止するのは同然の事だ。
「……すみません。院長のおっしゃる通りですね。2人についての話題は避けます」
「ご理解頂けて何よりです」
俺の返事に院長は優しげな顔でほほ笑む。
(……この人。やっぱり、『病院の経営者』っていうより、『お医者様』なんだな。まぁ、おかげでガンジールさんに会えたんだけど)
そんなことを考えながら、俺は院長に別れを告げて、病院を後にした。
その後、俺は、おばあちゃんにガンジールさんから聞いた事を話して、『ミリア=オーティス』について調べて欲しいとお願いする。
「名前と『ルーミル』という妹がいた事しか分からんのか? それはなかなか難しそうじゃの……」
「うん。でもどうしても気になるんだ。確証はないんだけど、俺達に足りていない情報を埋めてくれる気がして……」
「む? むぅ……まぁ、そうじゃの。こっちの証拠は大分そろっておる。そろそろ次の目標に行くべき時なのかもしれん」
「それじゃあ……」
「うむ! 『ミリア=オーティス』という者について調べてみるのじゃ! 手掛かりは少ないが、3週間もあれば見つかるじゃろ。安心して待っとれ」
「ありがとう!」
翌日から、おばあちゃんは、ミリア=オーティスについて調べてくれた。だが、1か月が経過しても、手掛かりすら掴む事が出来ない。
「おかしい……おかしいのじゃ! これは何かあるぞ。調査人数を増やすのじゃ! なんとしても『ミリア=オーティス』を探しだすのじゃ!」
調査人数を増やし、国中隅々まで調査を行うが、それでも、ミリア=オーティスを見つける事が出来ず、時間だけが過ぎていく。
そして、ミリア=オーティスの捜索を開始して、半年が経過した頃。俺は、思わぬ形でミリア=オーティスを見つける事になる。