178【もう一人の実行犯5 妹の秘密】
残酷な描写(女性に対する暴力)があります。苦手な方はご注意下さい。
翌日、いつもより少しだけ遅い時間に起きた俺は、身支度を整え、ユリとおばあちゃんと一緒にダームさんの妹が入院している病院に向かう。
「こっちじゃよ」
おばあちゃんに案内されて着いた病院は、比較的王都の中心に近い場所にある、かなり大きい病院だった。
「国立総合病院じゃ。こんなところで襲ってきたりはしないと思うが、警戒は怠る出ないぞ。妹君の病室は最上階じゃ。行くぞ」
「「うん!」」
受付は無視して、病院の最上階を目指す。最上階には、それまでの階とは異なり、大きな病室が5つだけ置かれていた。
「ここじゃな」
その病室の1つに、『アンナ=マグゼム』という名札が掛けられている。アンナさんというのが、ダームさんの妹だろう。
「ふー……」
俺は一息ついてから病室のドアをノックする。
コンコン
「……どうぞ」
とても弱弱しい声で返事がきた。
「失礼します」
「――!?」
病室に入った俺を見て、アンナさんが驚きの表情を浮かべる。
「誰? もしかしてあの人の仲間?」
(あの人?)
ダームさんの事だろうか? それにしては、言い方に棘がある。
「突然すみません。私達はダームさんの知り合いの者です。アンナさんの病気の治療の力になりたくて、お邪魔しました」
「そう、ですか。………………貴方達、兄に黙ってここに来ましたね?」
「――! えっと、それは、その……」
アンナさんに、ずばり言い当てられてしまった俺は、何をどう説明すればいいか分からず、言いよどんでしまう。
(ダームさんをカミール王子から解放するために治療に来ましたとは言えないよな……自分のせいでダームさんが苦労していると分かったら、アンナさんの重荷になっちゃうし……どう言えば……)
俺が悩んでいると、先にアンナさんが口を開いた。
「………………事情は何となく察しました。あの人から兄を解放するために来てくださったんですね?」
「――!? ……ご存じだったんですか?」
「ええ。あの人が楽しそうに教えてくれました」
あの人、というのが誰かは分からないが、事情を知っているなら話は早い。アンナさんさえ治療してしまえば、ダームさんはカミール王子から解放されるのだ。
(…………ってあれ?)
アンナさんを『鑑定』してみたのだが、身体の中に悪い所が見つからない。どんなに注意深く見ても、精神的な疲労の色は濃いが、身体は健康そのものだった。
「お兄ちゃん?」
「どうしたのじゃ?」
ユリとおばあちゃんが、うろたえる俺を見て心配そうな声を出す。
「ふふ。私の身体に悪い所が無くて混乱されていますか?」
そんな俺達を見て、アンナさんはくすくすと笑いながら答えた。
「安心してください。私の身体に悪い所なんてありませんよ」
「――え?」
「私の病はとっくに治っています。今は健康そのものですから、悪いところなど見つかりませんよ。」
「え? え?」
(どういうことだ? アンナさんが病気だから、ダームさんはカミール王子から解放されないんじゃないのか?)
「ならば、なぜここに?」
「私は病など抱えていません。ですが、ここを離れる事は出来ないんです」
「……理由を話して頂くことは出来ませんか?」
どんな理由があるにせよ、アンナさんがここを離れられなければ、ダームさんはカミール王子の命令に逆らえない。それは新たな被害者を生む事を意味する。それを見過ごすことは出来ない。
「………………まぁ、病院の関係者なら知っている事ですし、良いですよ。お話しします。ですが、兄には絶対に内緒にしてください」
「――! 分かりました! ありがとうございます」
ダームさんに本当の理由が話せなくても、病気が治った事にして、アンナさんをここから解放すれば、ダームさんもカミール王子から解放される。ダームさんには申し訳ないが、アンナさんが嫌がるなら、わざわざ本当の事をいう事もないだろう。
「さて、どこからお話ししたらいいでしょう……皆さんは、カミール王子が兄の身体を乗っ取れる事はご存じですか?」
「はい、知っています。アンナさんもご存じだったんですね」
そこまで事情を知っているとは思わなかった。あの人とやらに聞いたのだろうか?
「ええ、知っていますよ。兄の身体を乗っ取ったあの人が、私を犯しながら教えてくれましたから」
「………………え?」
アンナさんの言葉を理解するのに、かなりの時間がかかった。ようやく、言葉の意味を理解しても、あまりの内容に言葉を出す事が出来ない。
「事の始まりは、入院して1月たった頃です。お医者様のおかげで病が治った私のもとへ、あの人がやって来たんです」
唖然とする俺達をよそに、アンナさんは話を進めた。
「病室に入って来たあの人を見て、私は感謝の言葉を述べました。そんな私を、あの人は強引に犯したんです。私は、恐怖の余り、抵抗する事も声を出す事も出来ませんでした」
アンナさんは窓の外を見ながら淡々と話し続ける。
「行為を終えた後、あの人は『いい具合だ。これは確保だな』と言いました。当時の私は意味が分からず、ただ泣いていました。その言葉の意味が分かったのは3日後、兄がお見舞いに来てくれた時です。私の病は良くなったはずなのに、お医者様が兄に『治療にはまだまだ時間がかかる』と言ったんです」
アンナさんの言葉に怒りの感情は見えない。見えるのは、諦めの感情のみだ。
「お医者様の言葉に反論しようとした時、お医者様が兄の首に魔道具を押し当てました。後から知ったのですが、その魔道具は押し当てた相手の意識に好きな幻覚を見せるという物らしく、兄の中では、そのまま、私と普通に会話している事になっているようです。そうして意識を失った兄の身体をあの人が乗っ取ったんです」
アンナさんの眼に涙が浮かぶ。
「お医者様は何事もなかったかのように部屋を出て行き、あの人は当然のように私を犯しました。この時は必死に抵抗したのですが、兄の身体の力は強く、どうすることも出来なかったのです。そして兄の声であの人は言いました。『兄に犯される気分はどうだ』、と」
アンナさんの両眼から涙が零れ落ちる。
「泣きじゃくる私を犯しながらあの人は言いました。『この事をダームが知れば、奴は自殺するだろう。奴に内緒にしたければ、病気のふりを続けるんだ。安心しろ。妊娠はしないようにしてやる』、と。その時は何も考えられませんでしたが、結局私はあの人のいう事を聞く事にしたんです。このことは兄に知られるわけにはいきません。それからは、兄が見舞いに来るたびに兄の身体を乗っ取ったあの人に犯されています。たまにあの人本人が来ることもありますが、兄の身体を乗っ取ってする方が好きみたいです。私が嫌がるのがいいみたいですね。……さて、長くなってしまいましたが、これが、私がここから離れられない理由です。絶対に兄には内緒にしてくださいね」
アンナさんはゆっくりと俺達を見た。両目から零れ落ちている涙には気付いていないようだ。
衝撃的過ぎる内容に、俺達は返事をする事が出来なかった。
アンナさんは、『ダームさんが自分のせいで、カミール王子の言いなりになっている事』は知っていますが、『ダームさんの身体を操って、女性を襲っている事』は知りません。なので、兄がカミール王子の言いなりになると分かっていても、兄の心を守るため、カミール王子の言いなりになっています