177【もう一人の実行犯4 ダーム=マグゼム】
「1年位前かな。いきなり治安部隊が来て婦女暴行の容疑で逮捕するって言われたんだ」
ダームさんが遠くを見ながら話してくれた。
「当時の俺は全然心当たり無くてさ。必死に弁明したんだけど、信じてもらえなかったんだ。『複数の証言が取れてるんだ。諦めて罪を認めろ!』って言われて俺は絶望したね。だけど翌日になると、急に釈放されたんだ。訳が分からなかったよ」
話しながら、ダームさんは『今ならあれがカミール王子から圧力がかかったんだって分かるんだけどね』とメモ帳に書いて見せてくれる。
「釈放されて家に戻れたのは良かったけど、それから近所の連中が俺を疑惑の眼で見てきてさ。まぁ、連日、被害者達が俺の家の前で『私達はこの家の男に暴行された! 間違いなんかじゃない! お願い信じて!』って叫んでたから、仕方ないけどね」
被害者女性達からしたら、捕まったはずの暴行犯がなぜか釈放されたのだ。躍起になるのも仕方がないだろう。
「当時の俺からしたら、身に覚えはないし、ただただ迷惑な話さ。まぁ、馬鹿を相手にしてもしょうがないって思って途中から完全に無視してたんだけどね。そんな中――」
『カミール王子から、近くの町に行くように命令されたんだ。俺は深く考えずその命令を実行した』
「それで戻ってきたら、近所の連中から詰められたよ。『お前なんてことをしたんだ!?』『自分が何をしたか分かってるのか』『お前はそんな奴じゃないだろ』『妹に顔向けできるのか』ってな。どうやら被害者女性達に言われて俺の後を付けてきたらしい。そこで……おっと――」
ダームさんの口が急に固まった。おそらく、『奴隷化の首輪』の継続的な命令に引っ掛かったのだろう。すぐにメモ帳を取り出して続きを書き出す。
『俺が女性に乱暴しているのを見たんだと。しかも止めようとしたら立派な格好をした兵士に止められたってさ。当時の俺は訳が分からなかったよ。王子の命令で町に行っただけで、女性に乱暴した記憶なんかなかったからね。でも、昔からの知り合いも俺を責め立てるんだ。そいつらが嘘を言っているとも思えなかった。そうしている間にもカミール王子から新しい命令が届てさ。嫌な予感しかしなかったが、俺は命令には逆らえなかった。チェーンのせいってのもあるが、妹の容体はまだよくなっていない。カミール王子に逆らう事は出来なかったんだよ』
「そんなことが続いたのに俺はなぜか逮捕されなかった。そのせいで、近所の連中が俺の家に嫌がらせをするようになってさ。壁にゴミを投げつけられるなんてのは可愛い方で、複数人で家に押し入られた事もあったよ」
『その時はカミール王子の命令で出かける直前だったんだけど……不意を突かれて一撃食らっちゃったんだよね。まぁ、何とか倒して命令通り、近くの町まで行って帰って来たんだ。そしたら、次の日に王宮に呼び出されてさ。よく知らないけどなんか偉そうな人から、不法侵入を禁止する魔道具を貰って今後絶対怪我をするな! って怒られたよ』
おそらく、カミール王子がダームさんの身体を操作するときに不都合があるからだろう。こんな貧困街の家に魔道具が設置されている理由がようやく分かった。
「それからしばらくして、俺の家にとある男女が訪れたんだ。その頃の俺は、精神的にかなり参っててさ。せっかく来てくれた2人にかなり邪険な対応をしちゃったんだよね。でも、その2人は丁寧な対応をしてくれて……全部教えてくれたんだ。これもそのうち必要になるからってその2人が置いて行ってくれたんだよ」
ダームさんが『防音』の魔道具を撫でながら言う。
(あれ? もしかして……)
俺は気になっておばあちゃんの方を向く。俺の視線に気付いたおばあちゃんは黙って頷いた。
(ああ、そういう事か)
おそらく、その2人というのはおばあちゃんの手の者なのだろう。おばあちゃんが、俺ならな直接ダームさんに話を聞きたがると思って準備したに違いない。
「ダームさん。全てを知った貴方はこれからどうするつもりですか?」
「……どうもしない。今まで通り……だよ」
「それで被害を受ける人がいるとしても、ですか?」
「うん。妹の治療はまだ終わっていない。それに――」
『このチェーンがある限り、カミール王子の命令には逆らえない。自殺も考えたけど、俺が自殺したところで、カミール王子は他の人を使い、同じ事をするだろう。なら、苦しむのは俺一人でいい』
メモ帳にそう書いてからダームさんは顔を伏せた。まるで、罪悪感に押しつぶされるように……
「話して下さり、ありがとうございます。ところで……俺ならそのチェーンからダームさんを解放できると思いますがどうされますか?」
次の瞬間、ダームさんが顔を上げて見開いた眼で俺を見た。だが、すぐに俯いてしまう。
「気持ちは嬉しいけど……ダメだよ。妹の治療はまだ終わっていないんだ」
(あ、そっか。その問題があった。でもなぁ……)
それについても疑問があった。妹さんが治療を始めたのは、ダームさんがチェーンを付けた時、つまり2年前だ。『回復』魔法があるこの世界では1月もあればたいていの病は治る。それでも治らなければ、それは不治の病だ。だから、妹さんがかかっている『2年経っても治らない、少数の医者が治療できる病』というのが気になる。
「それじゃ、妹さんのお見舞いに同行させて頂けませんか? 俺は『鑑定』魔法が使えます。何かの助けになるかも」
「……すまないがそれも無理なんだ――」
『妹のお見舞いに行く時は、俺一人で行くようにカミール王子に言われている。約束を破ったら、妹の治療を続けてもらえなくなる』
(『カミール王子に言われている』? 『病院の規則で決まっている』、じゃなくて?)
どうにもきな臭い。とはいえ、いくらダームさんにお願いしても、妹さんの治療がかかっている以上、俺達を同行させてはくれないだろう。
ちらりとおばあちゃんを見ると、黙って頷いた。この様子だと、妹さんについても、何か情報を持っていそうだ。
「分かりました。無理を言ってしまい、申し訳ありません。今日の所は失礼しますね」
「いや、気持ちは本当に嬉しかったよ。何かあったら、また来てくれ。可能な限り、力になるから」
そう言って、俺達はダームさんの家を後にした。ダームさんの家を少し離れた所で、妹さんについて、小声でおばあちゃんに聞いてみる。
「(おばあちゃん、ダームさんの妹さんの情報って何かある?)」
「(病状などは分かっておらんが、入院している病院は分かっておる。行くか?)」
「(うん! お願い!)」
「(分かったのじゃ。じゃが、今日はもう遅い。明日、朝一で病院に向かうとするかの)」
「(分かった!)」
気付けば、すでに日付が変わっていた。色々ありすぎて忘れていた疲労感が、どっと押し寄せてくる。明日に備えるためにももう休むべきだろう。
俺達はユリの『転移』で支店に戻り、眠りに就いた。