173【復讐のやり方】
「――というわけで、今後は単独行動を控えてください。店の外に出る時は今まで以上に警戒心を持つようにお願いします」
おばあちゃんを『転移』させた後、閉店作業を終わらせてから、従業員全員を集めて、これまでの経緯を話した。
「そないな事になっとったんねぇ……まぁ、何はともあれ強硬手段使う事にならんで、よかったな」
「……仲裁? 王妃様が? しかもアレン様の名前を覚えてるって……」
「ミリア様が私なんかをご存じだとは……」
ニーニャさんは最後まで話について来てくれたが、マグダンスさんやナタリーさんは、王妃様やおばあちゃんの名前が出てきた辺りから動揺してしまっている。
(まぁ、この国で一番偉い女性とその専属騎士の名前が出てきたら、普通はそういう反応になるよなぁ……)
とはいえ、『これまで以上に警戒心を持って欲しい』事は何度も伝えたので、大丈夫だろう。
「それで? 情報収集はミリア様達に任せるなら、わてらは何をすればええんや?」
「皆さんには今まで通り、お店の運用をお願いします。ただ、できれば王都のお店の運用もマグダンスさんにお任せしたいと思っています」
「――はい!?」
突然名指しされたマグダンスさんが素っ頓狂な声を上げた。
「私とユリはこれから色々準備をしなければなりません。と、なると、王都の店の運用まで手が回らないんです。突然の依頼で申し訳ないのですが、引き受けて頂けないでしょうか? あ、支店の店長室と、王都のお店の店長室を転移できる魔道具は作っておきます」
「え? あ、えっと……」
「王都のお店の従業員についてはミッシェル様とカートンさんに依頼しているので、大丈夫です。準備は終わっているので、後はお店の運用をお願いできたらなと」
「あ、はい……え? え?」
「というわけで、お願いしますね。マグダンス店長代理」
「……し、承知しました。全力を尽くします……」
少し強引に押し切ってしまったが、王都のお店の開店準備は全て終わっている。マグダンスさんの実力なら十分に店長代理を勤められるだろう。
「それじゃ、明日中に『転移』の魔道具は開発しておきます。週明けから王都のお店も開店予定ですので、お願いします。ユリ、魔道具作成の手伝いと看板の修正、お願いね」
「もちろんだよ! まっかせて!」
「他の皆は今まで通り、お願いします。くれぐれも、身の安全には気を付けてくださいね」
「「「はい!」」」
連絡事項を伝え終わった俺は、店長室の机に座って考え事をしていた。
(ここもマグダンスさんに引き渡さないとな。私物はほとんど置いてないから、準備は簡単だろうけど。それより、他の準備だ。王妃様は実行犯をあぶりだすのに2年くらいかかるっておっしゃってた。それまでに色々準備を整えておかないと)
近衛兵、それも、隊長格の人間は、そう簡単に口を割ったりしないだろう。ならば、どんな人間でも口を割らざるを得ない状況を作り出す必要がある。
(いっそ、実行犯の大切な人を狙うか? そうすれば、俺達の気持ちも少しは分かるだろう。あぁ、でも実行犯に大切な人いるとは限らないし、あんなことをしでかす奴らなら、大切な人が傷付いても大したダメージにならないかも……)
どうやったら、苦痛をより長く、より痛く与えられるか。そんなことを考えていたら、店長室の扉がノックされた。
コンコン
(誰だろ?)
「どうぞー」
「失礼します」
扉が開く。入ってきたのはクリスだった。
「クリス? どうしたの?」
「少しアレンとお話ししたいと思いまして……お時間よろしいですか?」
「もちろん」
俺は机を離れ、ソファーに座る。クリスも向かいのソファーに座った。
「こうして二人っきりお話しするのは久しぶりですね」
「そうだね……半年ぶり、かな」
俺が王都に出発する前にクリスと話した時以来だ。あの頃は、半年後にこんな事になっているなんて、思いもしなかった。
他愛ない会話を少しした後、クリスが本題を話し出す。
「アレン、色々大丈夫ですか?」
「え? 大丈夫だと思うけど……なんで?」
色々な事があったのだ。普段と同じなわけがない。だが、クリスの言っているのはそういう事ではないだろう。
「色々とアレンらしくないからです。マグダンス様を店長代理に任命された時、ミリア様とお話しされている時、どれもアレンらしくありません」
「そうかな? いつも通りのつもりだけど……」
「いつものアレンでしたら、マグダンス様に根回しなしに店長代理に任命したりしませんよ。家族であるミリア様に敬語を使うような事もしません。そして、昨日までのように恐ろしい眼をされる事もありません」
「恐ろしい眼?」
「ええ。ブリスタ伯爵領が荒れていた頃によく見た、盗賊に家族を殺された遺族達と同じ眼です」
「それは……」
「復讐に捕らわれた者の眼、なのでしょうね」
大切な人を失った人は、皆同じ事を考えるのだろう。
「でも、それは――」
「わたくしは復讐が悪い事だとは思いません。大切な方を失った人が、復讐を『けじめ』とする事は、むしろ良い事だと思います。ですが、復讐に捕らわれてはいけません。復讐に捕らわれて、周りが見えなくなってしまった者の末路は……悲惨な物ばかりでした」
「……」
……分かる気がする。王妃様に仲裁案を出してもらうまで、俺は1人で全てをやろうとしていた。あのまま突っ走っていたら、俺も……
「昨日までのアレンにこのような話をしても聞いてもらえなかったでしょう。ですが、王宮から戻って来たアレンの眼には、以前の暖かさが少しだけ戻っていました。今なら、わたくしの声も届くと思ったのですが……どうやら正解だったようです」
「……そう、だね。ありがとう、クリス。おばあちゃんとマグダンスさんにも謝らなきゃ」
「お二人とも気にされていないと思いますよ。盲目的になっていても、アレンがお二人の事をちゃんと考えているのは伝わっていましたから」
「そっか……でも、一応ね」
「ふふ。アレンらしいですね」
本当に俺は人に恵まれていると思う。失う前に気付けて良かった。
「アレン。繰り返しになりますが、復讐に捕らわれてはいけません。復讐が終わったら、ちゃんと幸せにならなければいけませんよ?」
「分かってるよ。全部終わったら、クリスと一緒に幸せになるんだ。そのためにも、もう復讐に捕らわれたりしないよ。」
「――!? え、ええ。その意気です! 微力ながらわたくしもお手伝いしますから」
「ああ。本当にありがとう、クリス」
「ふふ。これでもアレンの婚約者ですから。お力になれたのなら、幸いです」
その後、少しだけ雑談をしてから、クリスは帰って行く。
(クリスのおかげで助かったな……危うく道を間違えるところだった)
復讐を終えた後、ちゃんと幸せにならなければならない。そのためには、復讐のためとはいえ、自分に恥じるような事をしてはいけない。そのことをクリスは分からせてくれたのだ。
翌日、おばあちゃんと魔道具で連絡を取り、いつまでも敬語を使ってしまった事を謝罪し、マグダンスさんにも勝手に話を進めてしまった事を謝罪した。クリスの言う通り、2人共気にしてはいなかったが、ちゃんと謝らせてもらった。
その後はユリと一緒に復讐の方法について詰めていく。当事者以外を巻き込まず、それでいて、どうやったら、苦痛をより長く、より痛く与えられるかを2人で考えた。
ミッシェルさんから薬物を使う事を教えてもらったが、この世界にもとからある拷問だと、下手をすると、相手が対処法を用意している可能性がある。なので、この世界に無い拷問、つまり、前世の知識をフル活用した拷問を考えて、実行する準備を進めたのだ。
そして、復讐の準備を始めて、2年が経過したある日、おばあちゃんから『実行犯を見つけた』と連絡があった。
ユリと一緒に王都に行き、おばあちゃんと合流してから、人通りの少ない道で実行犯を待ち構える。おばあちゃんによると、実行犯は、仕事後にこの先のバーに行く事が多いらしいのだ。はやる心臓を抑えて待ち構えていると、2人の男が王宮からこちらの方に歩いてきた。
「あの2人?」
「そうじゃ。右の奴が隊長じゃな。左の奴は一般兵じゃが実行犯の1人じゃよ。実行犯はもう1人おるのじゃが、今日はいないみたいじゃの……」
2人がこちらに歩いてきた事で距離が縮まり、2人の会話が聞こえてくる。どうやら、この先のバーのママの口説き方について、隊長が一般兵に教えているようだ。
(俺達の両親を殺しておいて、何楽しそうにしてんだ!)
瞬間的に殺意が沸いて、魔法銃を抜きかけるが、何とか踏みとどまる。今殺すわけにはいかない。聞き出さなければならない情報があるのだ。
「ふー……よし。なら、2人とも『転移』させよう。ユリ、お願い」
「了解だよ!」
ユリが2人に対して『転移』を使う。目的地はあらかじめ相談しておいたある場所だ。2人が『転移』したことを確認してから、俺達も『転移』しようとする。
「それじゃ、行ってくるね」
「色々ありがとね! ちゃんと情報仕入れてくるから!」
「ああ。気を付けて行ってくるんじゃぞ」
おばあちゃんに見送られて、俺達は2人から少しだけ離れた場所に『転移』した。
「――誰か! 誰かいないのか!?」
実行犯の1人が醜くわめいている。
(仮にも近衛兵だろうに……転移されただけで取り乱して、みっともない)
俺は、2人の前まで歩いて行き、落ち着いた声を出すように意識しながら、2人に話しかけた。
「アイズとブルーだな?」
これにて第5章完結です! 物語は、第0章に戻ります。
次回から第6章が始まります。時系列的には、2話の後の話になります。お楽しみに!