170【王妃の仲裁】
「ミリア、ちょっと落ち着いて。そんなに焦ってもアレン君に伝わらないよ」
王妃様がおばあちゃんを窘めてくれる。
「む……むぅ。すまん。慌ててしまったのじゃ。じゃが、アレン。おぬし、分かっておるのか? 恐らく黒幕は王族じゃぞ? 王族を相手に、おぬしだけで戦うつもりか?」
「ええ。相手がどこの誰であろうと、自分の手でケリを付けます」
「……その意味が本当に分かっておるのか? 王族を狙えば、国家反逆罪に問われる。その罪は、おぬしだけでなく、おぬしの家族や縁者にまで及ぶのだぞ?」
「――!?」
そこまでは考えていなかった。クズのカミール王子やサーカイル王子、そして側室が、今はまだ、モーリス王子や王妃様と同じ立場だという事を忘れていたのだ。
「のう、アレン。おぬしは無関係の人間を巻き込んでまで自分の手でケリを付けたいわけじゃないじゃろ? ここは、わしらに任せておくのじゃ。な?」
「…………で、ですが」
おばあちゃんの言っていることは分かるし、間違いなく正しい。理性では分かっている。だが、感情が許さないのだ。俺は拳を握りしめた。
「ほら、ミリア。そうやって理詰めで相手を追い詰めるの、ミリアの悪い癖だよ。ちゃんと相手の心情も理解してあげなきゃ。でなきゃアレン君だって納得しないよ」
またしても、王妃様がおばあちゃんを窘めてくれる。
「む! わしだって孫の心情は理解しとるぞ! ゆえに、ケリはきっちりつけると――」
「――アレン君は自分の手でケリを付けたいんだよ。もう子供じゃないんだから、誰かにやってもらうだけじゃ嫌なんだよ」
「し、しかしの……」
「アレン君には、それを望むだけの力はあるよ。だからちゃんと信じてあげなきゃ。今度こそ……ね?」
「む……むぅ」
王妃様が言いにくかった俺の気持ちをおばあちゃんにうまく伝わるように代弁してくれた。
(見えないけど、やっぱりこの人、王妃様なんだよな)
どこかホンワカした雰囲気を醸し出しつつも、その観察眼と交渉術は、さすがの一言だ。おばあちゃんが、過去に父さんや母さんの事を信じられず、結婚を認めなかった事を後悔していると知ったうえでの発言なのだろう。
「それでも……わしはアレンに危険な目に遭って欲しくないのじゃ。もう家族を失うのは嫌なのじゃ……」
おばあちゃんが力なく呟いた。その姿に親近感を覚える。
(理性では分かっているけど、感情が許さないんだな……)
おばあちゃんの俺達を危険な目に会わせたくないという感情は分からなくはない。だけど、俺も譲ることは出来ないのだ。
「アレン君は自分の手で復讐がしたい。ミリアはアレン君達に危険な目に遭って欲しくないって事ね?」
王妃様が俺達の顔を見ながら確認してきた。俺もおばあちゃんも王妃様の言葉に頷く。
「だったら、話は簡単よ! アレン君、貴方に必ず復讐させてあげる。その代わり、情報収集は私達に任せなさい。もちろん、復讐の内容に私達は口を挟まないし、黒幕以外の犯人を捕まえる時も必ずアレン君に声をかけるわ。だから自分を囮にするような危ない情報収集はしないで欲しいの。どう?」
王妃様が折衷案を出してくれた。確かに俺としては、黒幕がはっきりするなら、そこを他の人に任せても問題はない。俺達の身に危険が及ばないのであれば、おばあちゃんも納得するだろう。
「……分かりました。最後を任せて頂けるなら、途中はお任せします」
「ありがとう! ミリアもそれでいいわね?」
「はぁ……仕方ないの。それでええわい」
おばあちゃんはふてくされたように返事をしたが、口元が緩んでいた。
「ふふふ。素直じゃないんだから。アレン君達に危険が及ばないと分かって嬉しいくせに」
「なっ! そ、それは……」
「そして仲介している私に感謝しているくせに。相変わらず意地っ張りなんだから」
「う、うるさいわい!」
「ま、それは良いとして、アレン君にもう1つお願いがあるの」
「……なんでしょうか?」
「復讐なんだけど、実行するのは3年後にして欲しいの」
「3年後……ですか?」
一度同意してから追加の条件を出してくるあたり、王妃様もいやらしい性格をしている。
(まぁ、それくらいじゃないと王妃様なんて務まらないんだろうけどさ)
「もしかして、モーリス王子が成人してから……って事ですか?」
「ええ、そうよ。正確にはモーリスが成人して、『王太子になってから』ね」
「…………なるほど」
モーリス王子が王太子になる事で変わるのは、カミール王子とサーカイル王子、それから側室の立ち位置だ。モーリス王子が王太子になるまでは、『まだ王太子になる可能性がある王子とその親』だが、モーリス王子が王太子になれば、『王太子になれなかった王子とその親』となる。殺すハードルがだいぶ変わるのだ。
「おっしゃりたいことは理解しました。ですが、俺としては、今すぐにでも殺したいんですが……」
「そう焦らないで。気持ちは分かるけれど、そう簡単にはいかないわよ。それに、最後の復讐は3年後になるけど、その前に情報収集で色々と動いてもらう事になるわ。多分、2年後には実行犯をあぶりだせると思うの。アレン君は、その2年で復讐のための準備を進めなさい。単純に殺して終わり、じゃないんでしょ?」
「――! な、なぜそれを……」
俺自身、先ほど認識した自分の本当の気持ちを言い当てられて思わず動揺する。
「ふふ。アレン君の眼を見れば分かるわよ。とにかく、復讐はアレン君にやらせてあげるから、情報収集は私達に任せて、復讐の準備をしていなさい。色々準備していたら、2年なんてあっという間よ。良いわね?」
「……分かりました」
「ミリアも、良いわね?」
「……分かったのじゃ」
もめ事が起きた時に、第三者がいると話がまとまりやすいと聞いた事があるが、実際その通りだ。正直、おばあちゃんに同じことを提案されても、頑なに『全部自分でやる』と言い張ってしまった可能性が高い。だが、落ち着いて考えてみると、俺は復讐さえできれば情報収集の方法は何でもよかったのだ。その事を王妃様はしっかりと理解させてくれた。
その後、『それじゃ、私は戻るわ。ミリアは、この後は休暇ね。何なら、明日も休んでいいから! ごゆっくりー』と言い残して、王妃様は執務室を後にされた。わざわざ『緊急用の非常通路』から出て行かれたのは、王妃様が執務室にいた事を隠すためかもしれない。
「はぁ……相変わらずじゃの。あのお方は。まぁ、休暇を頂けたのはありがたいが…………のう、アレン。おぬし、王都まで1人で来たわけではないのじゃろ?」
「ええ。義妹と来ました」
「そうか。義妹の名は『ユリ』といったの。せっかく休暇を頂けたのだ。ユリにも会いたいのじゃが会わせてくれるか?」
「もちろんです! それじゃ、俺の店に行きましょう!」
「よし来た! では行こうかの」
おばあちゃんが嬉しそうに執務室を後にする。
まだユリが『転移』を使える事は話していないが、おばあちゃんになら話してもいいだろう。ユリの『転移』を使えば、ユリだけでなく、クリスやバミューダ君にも、おばあちゃんを紹介できる。
(皆、おばあちゃんを見たら驚くだろうな)
そんな事を考えながら、俺はおばあちゃんに続いて執務室を後にした。