167【罪状】
「平民などに発言を許可するわけないでしょう。分をわきまえなさい」
側室が侮蔑の視線で俺を見る。
「ですが……」
「くどい! 次に許可なく発言した場合、別の罪を問う事になります」
「――!」
罪状が簡単に弁明できるものだった事が気になっていたのだが、弁明の機会を与えないつもりらしい。そこまでして俺を有罪にしたいのであれば、先ほど俺が発言した事を理由に有罪とすればいいと思うのだが、どうやら、俺が弁明できないで苦しむ様を見たいのだろう。側室や王子達がニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべている。
(どうする? クリスやミーナ様には申し訳ないけど、『転移』を使って強行突破するか? でもそれは最後の手段……できれば使いたくない。何か他に手はないか!?)
発言できない以上、俺に出来る事はほとんどないのだが、それでも何か手はないかと辺りを見渡す。だが、視界に入って来るのは、側室達と同じようにニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべている貴族達の姿だけだ。
(――ダメか!?)
穏便に済ます事を諦めて『転移』しようとしかけたその時、俺が入って来た扉が開いた。
「無礼者! 今は裁判中です! 裁判中に許可なく入室する事は――」
「――被告人に弁明の機会を与えない方が、よほど無礼じゃろ」
声を荒げる側室の発言を遮って、落ち着いた、それでいて重厚感のある声が『裁きの間』に響く。ゆっくりと『裁きの間』に入って来た女性を見て、俺は驚愕してしまう。
(母、さん……?)
入って来た女性は母さんと瓜二つの姿をしていたのだ。
「貴方は……なぜここに?」
「ん? いやぁ、何やらわしの孫に出頭命令が出されたと聞いてな。詳細を聞いたらあまりにひどい内容じゃったので、こうして駆け付けたのじゃよ」
『わしの孫』。その女性は確かに俺を見てそう言った。という事は……。
(母さんのお母さん!?)
母さんの姉、もしくは妹でもおかしくない見た目の女性が、母さんの親と聞いて、さらに強い驚愕を受けた。
「無礼な! いくら、『戦場の怪物』と言われている貴方でも、王家が出した出頭命令を侮蔑することは許されませんよ!」
「っは! 『王家が出した』、じゃと? 強引に押し付かけた側室と成人しても王太子に任命されなかった王子が『王家』を語るとはのぉ。大きく出たもんじゃ」
「……な、なんたる無礼な!」
側室は、先ほどまでのニタニタ顔はどこえ消えたのやら、顔を真っ赤にして歯を食いしばっている。
(煽り耐性低すぎるだろ……いや、まぁ、側室を煽る人なんていないんだろうけどさ)
「そんな事はどうでもよい。それより、裁判の続きじゃ。被告人の弁明でよかったかの?」
「…………その通りです」
「では、なぜか発言の許可を貰えない我が孫に代わって、わしが弁明しようかの」
祖母の言葉に、側室はさらに顔を赤くした。だが、祖母はどこ吹く風といった様子で、特に気にした様子はなく、話を続ける。
「特許権の譲渡についてじゃが、金銭を受け取っての譲渡ではなく、拷問による譲渡の強要じゃ。それでも罪になると、側室殿は言うのかの?」
「どのような事情があるにせよ、モーリス王子から『ロイヤルワラント』を授与された特許権を自分の意思で手放したのは事実です。不敬であることに変わりはありません」
「……つまり、『拷問されたとしても『ロイヤルワラント』を授与された商品の特許権を手放すべきではなかった。苦痛や、それこそ命よりも、王族への敬意の方が大事』と、そういう事かの?」
「その通りです」
(こいつ、今なんて言った?)
一瞬、我を忘れて目の前の女を殺しそうになる。いや、実際殺そうとした。魔法銃を『転移』させようとした手を祖母に掴まれた事で、ぎりぎり理性を取り戻せただけだ。
「そうか……。であれば、仕方ないのう。じゃが、裁判での発言はきっちり記録が取られておる。今の言葉、無かったことにはできんぞ」
「それはこちらの台詞です。私達への無礼な態度、無かったことにはできませんよ? 孫ともども、不敬罪で絞首刑にしてあげます」
「はて? 孫の罪はまだ決まっていないと思っとったが、気のせいじゃったかの?」
「……まだ弁明を行うと?」
「むろんじゃ。最初に言うたが、こんなひどい罪状で孫を絞首刑にするわけにはいかんのでな」
祖母の嘲笑うような発言に、側室はこれ以上ないくらい顔を真っ赤にしている。それを見て、俺も少しだけ冷静を取り戻せた。
「まだ言いますか……ではとこがひどい罪状なのか、はっきり言って頂けますか?」
「っは! これしきの事が言われんと分からんとはのう。仕方ないから教えてやろう。もう一度、罪状を述べてみよ」
「っ! いいでしょう! 罪状は、我が子、モーリスが『ロイヤルワラント』を与えた商品の特許権を勝手に他人へ譲渡したことによる、モーリスへの不敬罪です!」
「ふむ。めちゃくちゃな理屈じゃが、特許権を手放したのは事実じゃ。側室殿の言ならば、確かに不敬罪になるのかもしれん。じゃがそれが、なぜ、我が孫の罪になるのじゃ?」
「………………は?」
「まだわからんのか? 特許権を譲渡したのは我が孫の父親じゃろう? 我が孫は特許権の開発者でしかない。仮に先ほどの理屈が通るのだとして、我が孫はどのような罪を犯したのかの?」
「……ぇ?」
側室がポカンとした顔で間抜けな声を漏らす。正直、それについては俺も失念していた。祖母の言う通り、特許権を譲渡したのは父さんだ。仮にそれが罪だったとしても、俺が罰せられることはあり得ない。
「え、えっと……ち、父親の罪なのだから、子が償うのは当然の――」
「――ならば、そのように罪状を述べるべきであっただろう。述べてない以上、今回の裁判で罪に問う事は出来ん。まさか、後から罪状を変えるような恥知らずな事、側室殿はされないよな?」
「っぐ…………」
祖母に言い負かされて、側室は黙り込んだ。
「さて、弁明に反論はあるかの? 無ければ、我が孫は無罪という事で、連れて帰るが?」
「うぅ……ですが……ぐぅ……」
「うむ、反論は無いようじゃな。では、我が孫は無罪という事で裁判も終わりじゃな。我が孫よ、帰るとしようかの」
これ以上は時間の無駄と判断したのか、祖母は強引に裁判を終わらせると、展開について行けずに固まっていた俺の手を引いて、扉へ向かう。俺達が退室するまで、側室は、両手を握りしめてうつむいていた。
少しだけ、タイトル回収のための伏線を張らせて頂きました。