164【疑惑】
「はぁ……モーリス王子。街中ではもっと王子らしく振舞って下さい」
あまりにわざとらしい挨拶に思わずため息を漏らす。
「(ははは。すまんすまん、お前から誘ってもらえたのが嬉しくてな)」
「(……まぁ、良いですけど。それより、早く店内に行きましょう)」
「(おお、そうだな!)」
興奮しつつも『音声を届ける』魔道具について気付かれないように小声で返すあたりはさすがだ。
モーリス王子と一緒にメン屋に入り、いつものように個室に案内してもらう。メン料理を注文してから、たわいのない話をしていると、料理が来たタイミングで、モーリス王子が切り出してきた。
「それで? 相談ってなんだ?」
「……両親が殺されて俺達も襲われた。何とか返り討ちにして、黒幕は王族だって事まで分かってるんだが、何か知らないか?」
俺はあえて単刀直入に聞いてみる。モーリス王子は、一瞬ギョッとしていたが、すぐに冷静な顔つきになり、質問に答えてくれた。
「悪いが、俺は何も知らない。だけど、このタイミングでアレンを狙う動機がある王子は、カミールかサーカイルだろ」
「側室……って可能性は?」
「え? あー、その可能性もなくはないが……あまり考えられないな。あの人はそんなに頭の回る人じゃない。黒幕にはなりえないと思うぞ」
「……そっか。モーリスが言うならそうなんだろうな。じゃあ、黒幕は、カミール王子かサーカイル王子って事か」
「そうだな。……すまんな。俺達の争いに巻き込んでしまって」
「それはいい。でも、このまま黙っているなんてできない。黒幕かどっちか、調べるのを手伝ってくれないか?」
「もちろんだ。まずは王宮の近衛兵の動きを確認してみよう。分かり次第、連絡する」
「ありがとう。恩に着るよ」
その後は運ばれてきた料理を食べて、いつものようにモーリス王子に挨拶してから、お店に戻った。
お店に戻った俺は、1人で大きなため息を吐いた。
(大丈夫……だよな? ちゃんと冷静でいられたよな……)
正直、腹芸は得意ではないのだが、何とか誤魔化せたと思う。というのも、話の途中からモーリス王子に対して違和感を覚えたのだ。
明確な証拠はない。だが、両親が殺されたと言った時のモーリス王子の反応。黒幕は王族だと言ったのに、側室を候補から外した事。王子達には、私設兵や取り巻きの貴族がいるのに、近衛兵の動きを確認すると言った事。
一つ一つはそこまで大きな違和感ではない。でも、これだけの違和感を見逃す事は出来ない。モーリス王子が黒幕だとは思っていないが、何か隠している気がしてならない。俺はモーリス王子を完全に信じる事を止めた。
もやもやした気持ちを落ち着けてから、俺は『魔導書貸出店』に戻る。
「あ、お兄ちゃん、おかえりー」
「おかえりなさい。いかがでしたか? モーリス王子の様子は?」
『魔導書貸出店』では、ユリとマークさんが和やかに昼食を食べていた。
(なんか、うらやましいな……)
腹芸をしながらなんとか昼食を食べた身としては、そう思わずにはいられない。
「はっきりした証拠はありません。ですが、モーリス王子は何か隠していると思います」
「え!? そうなの!?」
「そうですか……彼が黒幕という事はないと思いますが、用心するに越したことはありませんね」
ユリは驚いていたが、マークさんは予想していたのか、さほど驚いた様子はなかった。
「マークさんも、モーリス王子が怪しいと思っていたんですか?」
「ええ。もともと、違和感はありました。王都を離れるアレンさんに護衛をつけないのは変ですし、近衛兵の動きを掴んでいないのも変です。敵、というわけではないのでしょうか、完全に信用する事は、危険だと思います」
マークさんも俺と同意見の様だ。確たる証拠があるわけではないので、同意見があるのはありがたい。
「おっしゃる通りですね。俺も敵だとは思っていないので、必要な情報は得つつ、こちらの情報はあまり明かさないようにします。当然、ダンビュライトの事も内緒です」
「そうですね。『利用してやる』くらいの気持ちでいると、丁度いいでしょう」
いつになく発言に黒い面が見えるのは、それだけ怒っている証拠だろう。俺も冷静を保つように努めているが、内心のどす黒い気持ちを抑えるのは、大変だった。
(もし、父さん達が襲われる事を知っていて隠していたなら……いや、落ち着け。確証はないんだ。それに完全な敵は他にいる。優先順位を間違えるな!)
その後、今後の事について話し合い、マークさんは情報収集に専念してもらう事にした。
「アレンさん、黒幕にお仕置きする時は私も一緒ですからね? 先走ってはいけませんよ?」
「もちろんです。マークさんも抜け駆けしないでくださいね」
笑顔で答えたつもりだが、ちゃんと笑えた自信がない。マークさんも笑みを浮かべていたが、非常に怖い笑いだ。
(頼もしい限りだけどね)
情報を得られたらいいなと思っていたが、予想以上に強力な見方を得ることが出来た。これならば、犯人の手掛かりも見つけられるだろう。
その後、囮を兼ねて、予定通り隣のお店で魔道具の販売を行う事を伝えてから、俺達は『魔導書貸出店』を後にした。