161【悪夢12 お別れ】
日がしっかり昇りきった頃、神父さんが数人のお手伝いさんと一緒に馬車で俺達の家にやって来た。昔、ユリを連れて教会に行った時、優しく相手をしてくれた神父さんだ。
「久しぶりですね。アレン君、ユリちゃん」
「お久しぶりです。今日は来てください。ありがとうございます。父さんと母さんの事、よろしくお願いします」
「もちろんですよ。ちゃんと送り出してあげるから、安心してください………………おや?」
神父さんは父さんと母さんの遺体を見て首を傾げる。
「これは……魂が浄化されている? 恨みや妬みも消えて? ……祝詞もなしにどうやって…… いや、しかし現実に……うぅーむ……」
ダンビュライトの首飾りは、神父さんが来る前に服の中に隠しておいた。俺が持っていることがバレたら面倒になるからと、ダンビュライトたっての希望だ。だから、神父様は父さんと母さんの魂が浄化されている事に驚いているのだろう。
まじまじと父さんと母さんの遺体を見ていた神父さんだが、やがてゆっくりと俺達の方を見た。
「お父さんとお母さんだが、もう魂が浄化されています。これなら教会で祝詞を上げなくても、ちゃんと天の国に召されますよ。辛い目にあったでしょうに……これだけ魂が清らかなのはご両親が立派な証拠です」
神父さんは俺達の父さん達が殺された事を知っているのか、『君達も辛かったですね。ですが、気をしっかり持って下さい。困ったことがあったら、相談に来てくださいね』と言ってくれる。
「ありがとうございます。1人じゃ耐えられなかったかもしれませんが、皆がいるので、大丈夫です」
俺は、クリス達を振り返りながら言った。
「そうですか……無理をしているわけではなさそうですね。ご両親とのお別れは済ませましたか?」
「はい。もう十分話しました」
「分かりました。それでは、どこに埋葬しましょうか? 教会の共同墓地が良ければ我々が運びますし、ここにお墓を作るなら、お手伝いしますよ」
通常は、遺体を教会まで運んで、神父様が祝詞を上げた後、私有地に埋葬するか、それが難しい場合は、共同墓地に埋葬する。この青いバラ園はクランフォード家の私有地なので、お墓はここに作るつもりだ。父さん母さんも、その方が喜ぶだろう。
「お墓はここに作ります。父さんと母さんの大切な場所なんです」
「それは良いですね。では、お墓作りを手伝いましょう。皆さん、馬車から棺とスコップを」
お手伝いさん達が、馬車から棺とスコップを持って、戻って来る。棺は、父さんと母さんの横に並べて置いてくれた。見るからに立派な棺だ。
「ご両親のご遺体は棺に入れてください。棺が、天の国に行くまでのご両親のお家です。何か、お渡ししたい物があれば、一緒に入れてくださいね」
「分かりました! 色々ありがとうございます」
さっそく、俺達は埋葬の準備を始める。男性陣はスコップで埋葬のための穴を掘り、女性陣が棺の中を綺麗に飾る――予定だったのだが、バミューダ君が一瞬で2人分の穴を掘り切ってくれたので、皆で棺の中を飾った。
青いバラ園から青いバラのつぼみを摘み取って、棺の中に敷き詰めていく。あらかた敷き詰めてから2人を棺に入れて、青いバラのつぼみで隙間を埋めた。最後に2人が大切にしていたものを置いてあげる。
「これ、一緒に入れてもいい?」
ユリが2枚の絵を持って聞いてきた。それは、幼い頃ユリが描いた父さんと母さんの似顔絵だ。2人共自分の部屋に飾っていたはずだが、それを持ってきたのだろう。
「お母さんの似顔絵をお父さんの棺に、お父さんの似顔絵をお母さんの棺に入れてあげるの。そうすれば、寂しくないでしょ?」
「いいね! そうしよう。見やすいように顔の近くに置いてあげなよ」
「うん!」
ユリの似顔絵を入れて埋葬の準備は完了した。お手伝いさん達が棺の蓋を持ち上げて棺の上に置く。もうすぐ、お別れだ。
「皆さん。最後の言葉をどうぞ」
神父様に言われて俺達は棺の周りに集まる。最後の言葉と言われたが、話したい事は昨夜話し切った。聞いて欲しかった事も聞いてもらう事が出来た。もう、余計な言葉はいらない。そう思っていた。
「父さん、母さん、長い間本当にありがとう! 安らかに眠ってね。クランフォード家は俺が守るから! 安心して! それから――」
「お父さん! お母さん! 2人の子にしてくれてありがとう! 私、幸せだったよ! 2人とも大好き! ゆっくり休んでね! あと――」
「僕も! お父さんとお母さんの子供になれて本当に楽しかった! ……です! 本当にありがとう! ……です! 僕、――」
最後に一言だけ。そう思っていたのだが、話し始めると止まらなかった。ユリとバミューダ君も同じ気持ちなのだろう。棺に向かって、泣きながら話し続けている。
2人も分かっているのだ。話をやめたら、父さんと母さんは埋葬されてしまう。それが嫌で話を止めることが出来ないのだ。
いつまでも話し続ける俺達をクリスとミーナ様、そして、神父様とお手伝いさん達は優しく見守ってくれた。だが、いつまでも話し続けるわけにはいかない。これでは、父さんと母さんが安心して休めない。2人を安心させるためにも、俺がしっかりしなければならないのだ。
「…………ユリ、バミューダ君。最後に皆でお礼を言おう。それで……お別れだ」
「「――!」」
2人共、はっと俺の方を見て押し黙った。
「……そう、だね。うん、分かったよ」
「……はい……です」
辛いだろうが、何とか気持ちの整理をつけてくれたみたいだ。俺達は皆で父さんと母さんの前にならんだ。
「父さん。母さん。長い間、本当に……ありがとうございました!」
「「「「ありがとうございました!」」」」
皆で揃って頭を下げる。俺達が頭を下げている間に、お手伝いさん達が棺を閉めようとしていた。
その時、ずっと聞きたかった声が聞こえてくる。
「(こちらこそ。お前達の親で幸せだったよ。ありがとな!)」
「(身体に気を付けるのよ? 皆、ちゃんと幸せになりなさい。いつまでも見守っているわ!)」
「「「「「――!!」」」」」
聞き間違いではない。それは、絶対に父さんと母さんの声だ。思わず頭を上げる。皆にも聞こえたようで、一斉に顔を上げていた。
次の瞬間、身の回りにあった、何か大切なものが、空に昇っていくのを感じた。暖かく、優しく、どこか懐かしい。そんな空気が空に昇って行き、そして消えるのをはっきりと感じたのだ。
そして、棺の蓋が閉まった。
「ちゃんと、お別れ出来たね」
「……そう、だね」
「お父さんとお母さん、返事してくれた……です」
「ええ。さすが、わたくし達の両親です」
「本当に素敵なお二人ですわ。あのお二人と家族になれた事を、誇りに思いますの」
父さんと母さんの声は、俺達にしか聞こえなかったようで、お手伝いさん達は黙々と埋葬の作業をしている。今は、2人の棺が、穴の底に並べられて、上から土をかけ始めたところだ。
2人の棺がだんだん見えなくなっていく様子に、心が締め付けられる思いだったが、なんとか耐える。
土を完全に元に戻し、父さんと母さんの名前が刻まれた墓標を置いて、お墓は完成した。
お墓の前に、父さんと母さんが愛用していた剣を置いてあげる。棺の中に入れることも考えたのだが、『二人には、ゆっくり休んで欲しい』と思い、お墓の前に置くことにしたのだ。
剣の他にもお酒や果物などをお供えして、お墓に向かって手を合わせる。
(父さん、母さん。さようなら)
心の中でお別れを言って、俺は、お墓を後にした。