155【悪夢6 失った物】
「……なんだって!?」
おじさんの顔が険しい物になる。
「まさか……」
慌てて時計を確認して、驚愕していた。
「なんてこった……俺達は丸一日寝ていたのか」
「貴方!」
「ああ、こうしちゃいられない。アレン君、ユリちゃん、今すぐ、支店に向かうんだ!」
先ほどの話で、手続きの猶予は1日くらいと言っていた。ならば、もう猶予はほとんどないのだろう。
「分かりました! 急いで馬車で――」
「――お兄ちゃん! 支店に『転移』のマーキングしておいたから、『転移』出来るよ!」
「ナイス! なら、すぐに4人で『転移』しよう!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! ユリちゃんは『転移』が使えるのかい? しかも、自分以外の人間の転移が?」
「出来ますよ! 4人までなら大丈夫です! 5人以上だとちょっと失敗しちゃいますけど……」
『転移』を修めた時に、ユリが『複数人の同時転移も出来そう』というので、実験室で人形を使って試したのだ。結果、ユリを含めて4人までなら安全に『転移』出来る事が分かった。
(5人以上になると、『転移』の範囲? がずれて身体の一部だけが『転移』しちゃうんだよな。ほんと、人形で試してよかったよ……って、今はそんなことより)
5人目の人形の左手足だけが『転移』してしまい、胴体から離れてしまった光景を思い出しながら、俺はおじさん達に聞いた。
「俺達はすぐに隣町に『転移』します。おじさん達はどうされますか?」
「なんと……複数人同時の『転移』……しかも4人とは……あぁ、いや! すまない! もちろん私も行こう。役所での手続きは任せて良いか?」
「ええ。任せてください」
おばさんが父さん達の死亡手続きを進めてくれて、おじさんは隣町について来てくれるようだ。
「よし! それじゃ、ユリ!」
「うん! おじさん、もうちょっとこっちに来て……あ、そこで大丈夫! それじゃ、行くよ!」
ユリの掛け声の直後、ぐらりと視界が揺れて、気が付いたら支店の裏口に着いていた。
「到着だよ!」
「ありがとう! さっそく中に――」
「――ですから! いきなりそんなこと言われても納得できません!」
支店の裏口に到着した俺達の耳に、大きな声が聞こえてくる。
(この声……クリス!?)
クリスが大声を出すなんて、よほどの事だ。俺は慌てて支店の玄関に向かった。
(人が多すぎる!)
お昼に来た時も込み合っていたが、今はその比ではないくらい混み合っている。
人をかき分けながら、何とか支店の玄関にたどりつくと、そこでは、クリスと役人らしき人が言い争いをしていた。
「クリス!」
「あ、アレン!」
俺の姿を見て安堵した様子のクリス。
「アレン、こちらの方が――」
「――貴方がこの商会の責任者ですか?」
役人らしき人は無表情で聞いてきた。
「はい。店長のアレン=クランフォードです。私に何か御用ですか?」
「ええ、まぁ。ダーム氏がクランフォード商会を特許権侵害で訴えております。即刻、特許権を保有していない商品の販売を停止してください」
(やはり、特許の事か! それにしても……)
「ダーム氏? 誰ですか?」
「『ダーム=マグゼム』氏。リバーシやチェスなどの遊具の特許保有者です」
(そいつが犯人か!)
思わず叫びそうになるが、必死に我慢する。
「リバーシやチェスの開発者は私です。そして特許権は私の父が保有していました。昨日、何者かに殺されましたが!」
つい語尾が強くなってしまった。背後でクリスが息を飲むのを感じたが、説明は後だ。
「それは……お悔やみ申し上げます。ですが、現在クランフォード商会が特許権保有者の許可を得ずに商品を販売しているのは事実です。また、開発者であるアレン氏には販売許可を与える権利はありません。ご理解下さい」
役人は、あくまで淡々と事実のみを告げた。
(くそ……これがお役所仕事か!)
決して役人が悪いわけではない。役人の立場であれば、当然の事なのだろう。むしろ丁寧に答えてくれるだけ、この役人は優しいのだと思う。
「……仮にこのまま販売し続けたらどうなりますか?」
「ダーム氏次第ですが、裁判になる可能性が高いかと。その場合、売り上げ金額より高額の慰謝料を支払う事になるでしょう」
特許権を強引に奪っていった奴だ。穏便に済むとは思えない。
「………………分かりました。しばらくお店は閉店します」
「賢明な判断です。………………………………店舗の貸出費用につきましては、特別処置がとれるよう、掛け合ってみます。明日、役所に来てください」
やはり、この役人は優しい人の様だ。
「すみません。ありがとうございます」
「いえ……では、失礼します」
そう言って役人は帰って行った。
「あの……アレン?」
クリスが何か言いたそうに俺を見てくる。父さん達の事を聞きたいのだろうが、まだやらなければならないことがある。
「ごめん、もう少し待って」
俺はクリスに謝ってから、大声を張り上げた。
「皆様! 誠に申し訳ありません。我々が保有していた特許権が、何者かに奪われてしまったため、クランフォード商会支店は、しばらく閉店させて頂く事になりました」
ここで、『ダーム=マグゼム』の名前を出すのは下策だろう。だけど、我々が『特許を奪われた』事はしっかりとアピールしておくべきだ。
「せっかくご足労頂いた皆様には、誠に申し訳ありませんが、ご理解のほど、よろしくお願い致します」
そう言って、俺は頭を下げた。隣にいたクリスや後ろにいたユリも一緒に頭を下げる。
反応はなかった。店に入ろうとしていた人は大勢いたのに、皆静まり返っていた。
そして、しばらくすると口々に慰めの言葉をかけてくれる。
「気にすんな!」
「気をしっかり持つんだよ!」
「困ったことがあったら、何でも言ってね!」
「新しい遊具を開発したらかいにくるからな!」
「また開店するのたのしみにしてるぞー!」
遠くから来ている人もいたはずだ。でも、急に閉店することに文句を言う人はいなかった。
(みんな、良い人達で良かった……)
「ありがとうございます! 必ずまた開店します! その時は、どうぞ、よろしくお願いします!」
「「よろしくお願いします!」」
再び俺達が頭を下げると拍手の嵐が巻き起こる。通行人が何事かと驚いていた。
「……やばい。また泣きそう」
「うん……皆良い人達だね」
「……」
クリスが何か言いたそうに俺を見つめている。
「ごめん、店に戻ったらちゃんと話すから。もう少しだけ待って」
「い、いえ……その……」
「ちゃんと……話すから」
「アレン……分かりました」
クリスがそっと背中に手を添えてくれる。クリスのぬくもりを感じて、また泣きそうになってしまう。
最後にもう一度、頭を下げてから、俺達はお店の中に入って行った。