151【悪夢2 ダンビュライト】
残酷な描写があります。
苦手な方はご注意下さい。
俺達が身構えていると、侵入者達は遠慮なく部屋に入ってきた。侵入者達は黒子のような格好をしており、顔を見ることが出来ない。
「アレン=クランフォードとユリ=クランフォードだな?」
侵入者の1人が聞いてきた。どうやら俺達の事を知っているらしい。
「そうだ……父さん達を殺したのはお前達か?」
「いや? 我々はお前達を確保しに来ただけだ。おとなしくついてくれば、痛い目を見ずに済むぞ」
「ふざけるな!」
このタイミングで押し入ってきて、父さん達の殺害に関係ないわけがない。俺は侵入者を狙って魔法銃の引き金を引く。
カチッ
「……え?」
引き金を引いても弾が出ることはなかった。
「な、なんで……」
「お兄ちゃん……なんか変。身体が……刀が重い」
「ユリ!?」
俺の横で、ユリが両手で刀を持ち上げようとしているが、切っ先が床から持ち上がらずにいる。いつもなら片手で軽々持ち上げているのに。
「何をした!?」
俺はユリを背に隠して侵入者達に向き合う。
「何を驚いている? 普通の女の子が刀など持てるわけないだろう?」
(普通の女の子?)
「ふっ。感謝するがいい。イリーガル家の……化け物の血を引くお前達を普通にしてやったんだからな」
イリーガル家は母さんの生家で、皆、強化魔法の使い手と言われている。
(こいつの言い様……まさか)
「魔法を無効化した?」
「ふははは! その通り! 魔法などという汚らわしい力、人間には不要なのだよ!」
侵入者が首飾りを大切そうに撫でた。おそらく、その首飾りが魔法を無効化しているのだろう。
(あれは……ダンビュライト?)
ダンビュライトはブリスタ領でもめったにお目にかかれない希少な石だ。そんなダンビュライトが首飾りには大量に施されていた。
(ダンビュライト……石言葉は『浄化』、『調和』、そして『解放』だったはず)
『鑑定』が使えないので、確証は持てないが、ダンビュライトに魔法の無効化の力があると思っていいだろう。
(そうか……そのせいで母さんは……くそ!)
母さんの死体を見てから、ずっと、疑問に思っていたのだ。普段の母さんであれば、たとえ10人の男に襲われても素手で撃退出来るはずだ。仮に父さんを人質に取られていたとしても、目にもとまらぬ速さで助け出せる。それなのに、なぜ、やられてしまったのか。
その答えが、魔法を無効化するダンビュライトなのだろう。
母さんの強さの源は『強化』の魔法だ。その魔法を無効化されては、成す術が無かったのだろう。
「(ユリ、俺が囮になる。合図をしたら、裏口から全力で逃げるんだ)」
「(そんな! そんなことできないよ!)」
「(いいから! ここは逃げてくれ! こいつらは俺達を確保しに来たんだ。すぐには殺さないはず。一旦逃げて、魔法が使えるようになったら助けに来てくれ)」
「(――やだ……やだよ。お兄ちゃんと離れたくない!)」
「(ユリ!)」
父さん達を亡くした直後に、俺を置いて逃げろというのは酷な話かもしれない。だが、そうも言っていられない。このままでは2人共捕まってしまう。
「あー、相談している所悪ぃんだが……2人共逃がさねぇよ?」
次の瞬間、俺は侵入者に腹を蹴られ、壁まで吹っ飛ぶ。
「がはっ!」
「――お兄ちゃん! っ! この!」
「おっと」
「――!!」
ユリが刀を持ち上げる事を諦めて、拳で殴り掛かったが、逆に拳を掴まれて腕ごとひねり上げられ、背中側で手を拘束されてしまう。
「離して! 離してよ!」
「いっちょ上がり……っと。はぁ、つまんねぇ仕事だな。先発隊がうらやましいぜ」
「隊長がじゃんけんで負けたのが悪いんじゃないっすか……先発隊にいれば俺達もおいしい思い出来たのに……」
「うっせぇ! この前はちゃんと勝っておいしい思いさせてやっただろうが! 文句言うな!」
「隊長! あの、その子はダメなんですか?」
侵入者の1人がユリを見ながら言った。
「ん? お前、そういう趣味か? 残念だが、こいつはダメだ。綺麗なまま連れてこいって命令だからな。今度、そういう機会があったら優先してやるから諦めろ」
「うっす……分かりやした……」
「あの、隊長。そっちのはいいんですか?」
別の侵入者が壁際でうずくまっている俺を見ながら言う。
「……は? お前、そっちの趣味があったの?」
「違いますよ! 『綺麗なまま』って命令なんでしょ? あれ、あばら折れちゃってますよ?」
「ああ! あっちは多少痛めつけても問題ないぞ。『頭と四肢が無事なら構わない』そうだ」
自分では分かっていなかったが、俺はあばらが折れているらしい。
(どおりで起き上がれないわけだ……)
そんなことを他人事のように考えながら、俺は頭を働かせる。
(父さん達を殺して、俺達を誘拐する理由はなんだ? しかもユリは綺麗なままでって……目的が見えない。だけど、とりあえずこの場でユリを傷つけるつもりはないみたいだ。ならば下手に暴れるより、今はこいつらに従っていた方が良いのかも)
俺がそんなことを考えていると、ふと、ユリの様子がおかしい事に気付いた。
「お兄ちゃん……骨、折れてるの?」
(ユリ?)
ユリは侵入者達に隊長と呼ばれている男に拘束されたまま、ぶつぶつとつぶやいている。
「お兄ちゃんが怪我した……私が守るって決めたのに……お母さんから任されてたのに……『私なら出来る』って言われてたのに!」
「な、なんだ!?」
隊長もユリの異変に気付いたようだ。他の侵入者達も動揺している。
「た、隊長!?」
「うろたえるな! 大丈夫だ。汚らわしい魔力は封じてある。ただの小娘に出来ることなど何もない!」
そう言って、ユリの腕をさらにひねり上げようとする。
「離せ!」
「――な!?」
だが、ユリは力ずくで拘束をほどいた。そのまま俺に近づくと『回復』魔法を俺にかけてくれる。
「お兄ちゃん! 今治してあげるからね!」
「……ぅ……ゆ……り……。お前、魔法……」
ユリの『回復』魔法のおかげで、何とか声を出せるようになった。それはつまり、魔法が発動している事を意味する。だが、いつもなら一瞬で怪我を治す『回復』魔法も、ゆっくりとしか効かない。まだ、十全に魔法を使えるわけではないようだ。
「な……なぜだ!? その汚らわしい力は、封じたはず!」
そうとは知らず、隊長が声を荒げて叫ぶ。
「ありえない……至高の宝石の前で、汚らわしい力など無力なはず。それなのになぜ……なぜその力を使えるのだ!」
混乱しつつも、命令があるためか、侵入者達はユリに手を出せずにいる。
(今の内だ! ユリが魔法を使えるなら俺だって……)
まだ、起き上がることは出来そうにないが、何とか首を動かして、首飾りに施されているダンビュライトを『鑑定』した。
『名称:ダンビュライト 状態:加工品 品質:上 所有者:ワックス=ケルビン 特性:魔力の流れを断ち切る』
いつもより時間がかかったが、ちゃんと『鑑定』する事が出来た。やはり、このダンビュライトが魔法を無効化していたらしい。だが……
(このダンビュライト……こいつらに使われることを嫌がってる?)
ダンビュライトから、悲しみや悔しさの感情を感じたのだ。
(そうか……マークさんが言ってたっけ。『加工され、アクセサリーとなったパワーストーンであれば、誰もを所有者と認める』って。お前、本当はこんな事したくないんだな? こいつらに従うの、嫌なんだな? なら……)
俺は魔法銃を起動し、隊長の頭に照準を合わせる。
(俺が解放してやるよ)
バン!
いつもより軽い銃声が鳴り響き、隊長の頭の前半分が吹き飛んだ。
この日、初めて俺は人を殺した。